東葛地域
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| この項目に含まれる文字「葛」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。 「葛」の文字は公式の表記「 |
東葛地域(とうかつちいき)とは、千葉県北西部のかつて東葛飾郡に属した地域(旧南相馬郡の地域を含む)の呼称である。
目次 |
[編集] 範囲
「東葛」とは「東葛飾」の略であり、元来は東葛飾郡に属した市町村全てを指す地域呼称である。即ち、船橋市、市川市、浦安市、松戸市、鎌ケ谷市、柏市、我孫子市、流山市、野田市である(なお、船橋市のおおよそ東半分は旧千葉郡である)。2004年3月31日まで松戸市にあった県の「東葛飾支庁」は、この9市を管轄していた。
しかし現在では、専ら松戸市・鎌ケ谷市以北の6市を指すことが多く、船橋市・市川市・浦安市については専ら「葛南」(かつなん)と称される。2004年4月1日に県の東葛飾支庁を改組して新設された「東葛飾県民センター」(松戸市)は、松戸市・鎌ケ谷市以北の6市を管轄し、「葛南」の3市は旧千葉郡であった習志野市・八千代市とともに「葛南県民センター」(船橋市)が管轄する。
県教育庁では従来、東葛飾出張所が松戸市・鎌ケ谷市以北の6市を、船橋出張所が「葛南」の3市を管轄し、小・中学校教職員の人事異動はこの範囲内で行われていたが、支庁の改組に合わせて管轄が変更された。
このように本来の「東葛地域」が事実上2つの地域に分かれたのは、現在専ら「東葛地域」と呼ばれる6市が常磐線・東武野田線を軸とした交通体系の上に、松戸市・柏市を核とした経済圏を構成する地域であるのに対し、「葛南」の3市は総武本線・京葉線・京成線を軸とした交通体系の上に、船橋市・市川市を核とした経済圏を構成していることが背景にあると考えられる。なお、鎌ケ谷市については船橋市との行政・経済面でのつながりも強く、「船橋地区」といった場合には船橋・習志野・八千代・鎌ケ谷の4市を指すが、「葛南」には鎌ケ谷市を含まないことが多い。
なお、現在専ら「東葛地域」と呼ばれる6市は、「葛南」に対して「葛北」と呼ぶべきであるとの意見もあり、現に「葛北」という呼称を用いる団体等もあるが、「東葛」がメジャーになっているのは、柏市にある名門校の「東葛飾高校」の存在などが背景にあると考えられる。
県立高等学校の学区は、現在専ら「東葛地域」と呼ばれる6市のうち松戸市を除く5市が「第3学区」に、松戸市は「葛南」の3市、習志野市、八千代市とともに「第2学区」に属する。ただし、松戸市からは東葛飾高校をはじめ、第3学区の高校への通学者も少なくなく、逆に第3学区から小金高校など松戸市の高校への通学者もまた少なくない。
ちなみに、「葛東」と逆に表記すると「葛西」の対語となり、旧下総国葛飾郡全域、即ち、茨城県の旧西葛飾郡(1896年、猿島郡に編入)や埼玉県の旧中葛飾郡(1896年、北葛飾郡に編入)までを含む地域を指すので注意が必要である。また、「東葛」に隣接して「南葛」・「北葛」という地名もあり、それぞれ東京都の(旧)南葛飾郡地域と埼玉県の(旧および現)北葛飾郡地域を指すが、都立南葛飾高校(葛飾区)の略称や埼玉県内の医師会名に用いられている程度で、「東葛」とくらべて一般的ではない。
[編集] 地域特性
県庁所在地の千葉市より東京寄りに位置しており、戦後急速に東京のベッドタウン化が進んだことから、千葉市の影響力が弱く、また住民は千葉都民と呼ばれ、千葉県への帰属意識が希薄で県政への関心も薄い。衆議院が中選挙区制だった時代には、この地域(千葉四区)は1票の価値が最も低い選挙区として知られていた。しかし長い間北東部・南部を重視する県から冷遇されてきたとの不満も根強く、堂本暁子知事を誕生させる原動力ともなった。県から自立し自己決定権を持つため、合併によって政令指定都市移行を目指そうという意見も出ており、最近では行政レベルでの研究会設置の動きも出てきている。
この地域を走るJR常磐線は千葉支社ではなく東京支社に属する。 ただし、これは千葉県に存在する動労千葉への対策が主目的であるとされる。
[編集] 管理教育
1980年代から90年代前半にかけ、千葉県は「東の千葉、西の愛知」といわれる管理教育の雄として知られていたが、中でも現在専ら「東葛地域」と呼ばれる6市(松戸市・鎌ケ谷市以北)において特に厳しい管理教育が行われ、中学校における丸刈りの強制や体罰などがしばしば批判の的となった。(管理教育#管理教育の地域性を参照のこと。)
現在はかつてほどの管理教育は見られないが、松戸市・鎌ケ谷市以北の6市の公立中学校では、現在も登校するとジャージに着替えなければならず、また早朝・休日も部活動があって生徒が拘束されるなどといった点は以前と変わらない。

