川口悠子

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Pix.gif 川口 悠子
Yuko KAVAGUTI
Figure skating pictogram.svg
2010 EC Podium Kavaguti Smirnov.jpg
2010年欧州選手権での川口悠子とスミルノフ
基本情報
代表国: ロシアの旗 ロシア
生年月日: 1981年11月20日(30歳)
出生地: 愛知県
身長: 157 cm
パートナー: アレクサンドル・スミルノフ
元パートナー: アレクサンドル・マルクンツォフ
デヴィン・パトリック
コーチ: タマラ・モスクビナ
元コーチ: Nikolai Velikov
Igor Moskvin
振付師: Tatiana Druchinina
元振付師: Nikolai Velikov
所属クラブ: Yubileini
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 213.15 2010 欧州選手権
ショートプログラム: 74.16 バンクーバー五輪
フリースケーティング: 139.23 2010 欧州選手権

川口 悠子(かわぐち ゆうこ、ロシア語: Юко Кавагути, ラテン文字転写: Yuko Kavaguti, 英語: Yuko Kawaguchi, 1981年11月20日 - )は愛知県出身、千葉県船橋市育ちのロシアアメリカ日本女性フィギュアスケート選手(ペア及び女子シングル)。ペア競技では、ロシア代表として出場の2010年バンクーバーオリンピックで4位入賞。2009年世界選手権2010年世界選手権では2年連続で3位。2010年欧州選手権優勝、2001年世界ジュニア選手権2位。パートナーはアレクサンドル・スミルノフアレクサンドル・マルクンツォフなど。英語、露語とも流暢である。

目次

[編集] 経歴

5歳のころにスケートを始め、小学校3年生から本格的にスケートに取り組んだ。当初は女子シングル選手として活動し、1997年全日本ジュニア選手権女子シングルで3位となり、1998-1999シーズンからはISUジュニアグランプリに参戦。JGPメキシコ杯では優勝を果たした。同シーズンの全日本ジュニア選手権ではショートプログラムから精彩を欠き総合10位に留まった。

1998年の長野オリンピックに出場したエレーナ・ベレズナヤを見て「自分もエレーナのようになりたい」と思い、現コーチであるタマラ・モスクビナにすぐに手紙を送り、その後も何度もコーチをして欲しいと嘆願した。モスクビナは「ロシアに来るには難しいし、治安も悪い。無理だ」と川口を諦めさせようとしたが、川口が諦めずに何度もお願いしてくるため「自分と一緒にトレーニングするのは、大変である」ことを判らせようと2つの難しいテストを行った。そのテストに川口は合格し、モスクビナの元でトレーニングすることを許可された。

1999-2000シーズンよりアレクサンドル・マルクンツォフとペアを組みペアスケーティングへ転向、1999年全日本ジュニア選手権では優勝を飾る。翌2000-2001シーズン、ISUジュニアグランプリに参戦し、JGPメキシコ杯で優勝、JGPハルビンで3位となり初出場のJGPファイナルではペア日本代表選手として初表彰台となる3位。2001年世界ジュニア選手権では、ペア日本代表選手として初の表彰台となる銀メダルを獲得した。

2001-2002シーズンからシニアクラスに完全転向し、ISUグランプリシリーズに出場。第70回全日本選手権ならびに第71回全日本選手権で連覇を果たしたが、2003年5月、アレクサンドル・マルクンツォフとのペアを解消。同年9月にロシアのサンクトペテルブルク大学に入学。

2004年夏、デヴィン・パトリックと新たにペアを結成し、2004-2005シーズンより競技会に復帰した。第73回全日本選手権で優勝。翌2005-2006シーズンからは所属をアメリカに移し、2006年全米選手権に出場するが15位に終わり、シーズン後にデヴィン・パトリックとのペアを解消した。

2006年4月アレクサンドル・スミルノフとペアを組み、2006-2007年シーズンよりロシア所属となる。同シーズンのロシア杯で3位、2007年3月ロシア代表として2007年世界選手権に出場し、9位。ロシアが同国籍を持たない選手を代表に選出したのは初めてであった。

2007-2008シーズンはスケートカナダロシア杯ともに3位となり、初のグランプリファイナル進出を決めた。グランプリファイナルではショートプログラムとフリースケーティングともに転倒があり5位に終わった。2008年ロシア選手権で初優勝を飾り、2008年欧州選手権2008年世界選手権のロシア代表に選出された。2008年欧州選手権ではショートプログラムで4位スタートとなったものの、フリースケーティングで3位となり総合3位、初出場でメダルを獲得した。また昨年に続いて出場となった2008年世界選手権では大きくパーソナルベストを更新してメダルまであと一歩に迫る4位となった。

2009年1月、バンクーバーオリンピックにロシア代表として出場することを目指し、同国の国籍を取得した[1]。 日本は二重国籍を認めないため「国籍が日本でなくなるということは重大な決断なので、そうするからには五輪でメダルを取りたい」と発言[2]2009年世界選手権ではショートプログラム2位、フリースケーティング3位となり総合3位となった。

2010年1月、2010年欧州選手権ではショートプログラム、フリースケーティング、総合得点の全てにおいてパーソナルベストを更新して初優勝。フリーではISU歴代最高得点も更新した。

2010年2月、バンクーバーオリンピックにロシア代表として初出場。SPでは3位の好発進だったが、フリーではミスが重なり総合で4位入賞となった。フリーではスロー4回転サルコウに挑戦するつもりであったが、演技直前にコーチに回避するよう命じられ、気持ちの切り替えができないまま演技に臨んだという[3]。続く2010年世界選手権では2年連続の総合3位となった。

[編集] 学歴

[編集] 主な戦績

[編集] ペア

大会/年 99-00 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09 09-10 10-11 11-12
冬季オリンピック 4
世界選手権 15 13 14 9 4 3 3 4
欧州選手権 3 2 1 2
四大陸選手権 8 9 7
世界国別対抗戦 2
ロシア選手権 1 1 1 2 棄権
全米選手権 15
全日本選手権 1 1 1
GPファイナル 5 5 5 3
GPロシア杯 3 3 2 2 1 2
GPNHK杯 棄権 5 2 1
GP中国杯   1
GPスケートカナダ 3 1
GPスケートアメリカ 6 5
GPエリック杯 6
ニース杯 1 1 1
世界Jr.選手権 2
全日本Jr.選手権 1
JGPファイナル 3
JGPハルビン 3
JGPメキシコ杯 1

[編集] 詳細

2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年12月8日-11日 2011/12 ISUグランプリファイナルケベックシティ 4
61.37
3
126.40
3
187.77
2011年11月11日-13日 ISUグランプリシリーズロステレコム杯モスクワ 2
65.17
2
132.67
2
197.84
2011年11月11日-13日 ISUグランプリシリーズNHK杯札幌 5
55.02
1
122.49
1
177.51
2011年11月4日-6日 ISUグランプリシリーズ中国杯上海 1
64.45
1
122.29
1
186.74


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年4月24日-5月1日 2011年世界フィギュアスケート選手権モスクワ 5
62.54
4
124.82
4
187.36
2011年1月24日-30日 2011年ヨーロッパフィギュアスケート選手権ベルン 2
69.49
1
134.12
2
203.61
2010年12月25日-29日 ロシアフィギュアスケート選手権サランスク 2
68.15
2
133.29
2
201.44
2010年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズロステレコム杯モスクワ 1
61.91
1
120.79
1
182.70


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月23日-24日 2010年世界フィギュアスケート選手権トリノ 2
73.12
3
130.67
3
203.79
2010年2月14日-15日 バンクーバーオリンピックバンクーバー 3
74.16
7
120.61
4
194.77
2010年1月18日-24日 2010年ヨーロッパフィギュアスケート選手権タリン 2
73.92
1
139.23
1
213.15
2009年12月25日-26日 ロシアフィギュアスケート選手権サンクトペテルブルク 1
78.01
1
142.60
1
220.61
2009年12月3日-5日 2009/2010 ISUグランプリファイナル東京 6
62.30
5
120.71
5
183.01
2009年11月6日-7日 ISUグランプリシリーズ NHK杯長野 1
68.9
2
124.15
2
193.05
2009年10月23日-24日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
61.62
2
118.52
2
180.14


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月17日-18日 世界フィギュアスケート国別対抗戦2009東京 2
65.08
2
120.07
2
185.15
2009年3月24日-25日 2009年世界フィギュアスケート選手権ロサンゼルス 2
68.94
3
117.45
3
186.39
2009年1月20日-1月25日 2009年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ヘルシンキ) 3
65.38
2
117.39
2
182.77
2008年12月24日-28日 ロシアフィギュアスケート選手権カザン 2
65.18
1
135.91
1
201.09
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル(高陽) 6
55.42
4
112.03
5
167.45
2008年11月21日-11月23日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 2
58.76
1
110.51
2
169.27
2008年10月31日-11月2日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(オタワ) 1
65.02
2
111.95
1
176.97
2008年10月15日-19日 2008年ニース杯ニース 2
51.07
1
103.33
1
154.40


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) 3
71.42
4
119.91
4
191.33
2008年1月21日-27日 2008年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ザグレブ) 4
61.25
3
106.00
3
167.25
2007年12月13日-16日 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ) 6
51.74
5
110.01
5
161.75
2007年11月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 4
62.94
3
118.77
3
181.71
2007年11月1日-4日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ) 3
60.00
3
105.19
3
165.19
2007年10月19日-21日 ニース杯ニース 1
61.18
1
107.95
1
169.13


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年3月19日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) 4
62.07
10
101.55
9
163.62
2006年11月24日-26日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 3
59.46
3
109.04
3
168.50
2006年11月9日-11日 ニース杯ニース 1
51.97
1
100.09
1
152.06


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) 1
45.95
1
80.43
1
126.38


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年3月24日-30日 2003年世界フィギュアスケート選手権ワシントンD.C. 12 14 14
2003年2月10日-16日 2003年四大陸フィギュアスケート選手権北京 6 7 7
2002年12月19日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) 1 1 1
2002年11月28日-12月1日 ISUグランプリシリーズ NHK杯京都 6 5 5
2002年10月23日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカスポケーン 5 5 5


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2001年12月21日-23日 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 1 1 1

[編集] 女子シングル

大会/年 1997-98 1998-99
全日本Jr.選手権 3 10
JGPハンガリー 8
JGPメキシコ杯 1

[編集] 詳細

1998-1999 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
1998年10月14日-18日 ISUジュニアグランプリ ハンガリー(ブダペスト) 7 9 8
1998年9月9日-13日 ISUジュニアグランプリ メキシコ杯(メキシコシティ) 1 1 1

[編集] プログラム使用曲

シーズン SP FS EX
2010-2011 ツァラトゥストラはこう語った
作曲:リヒャルト・シュトラウス
月の光
作曲:クロード・ドビュッシー
白鳥
作曲:カミーユ・サン=サーンス
いつも何度でも
曲:木村弓
2009-2010 白鳥
作曲:カミーユ・サン=サーンス
感傷的なワルツ Op.51-6
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
美しく青きドナウ
作曲:ヨハン・シュトラウス2世
美しく青きドナウ
作曲:ヨハン・シュトラウス2世
ブルース
曲:ゲイリー・ムーア
2008-2009 歌劇「道化師
作曲:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ
美しく青きドナウ
作曲:ヨハン・シュトラウス2世
2007-2008 序奏とロンド・カプリチオーソ
作曲:カミーユ・サン=サーンス
映画「ある愛の詩」より
作曲:フランシス・レイ
ブルース
曲:ゲイリー・ムーア
2006-2007 ピアノ協奏曲
作曲:カミーユ・サン=サーンス
ブラジル風バッハ
作曲:エイトル・ヴィラ=ロボス
映画「ヴァン・ヘルシング」より
作曲:アラン・シルヴェストリ

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

  1. ^ 共同通信配信記事MSN産経ニュース (2009年1月17日). “川口悠子がロシア国籍を取得 フィギュアペアで五輪目指し”. 2009年7月23日閲覧。ほか、「フィギュア川口 ロシア国籍取得 ペアで五輪メダル目標」として『朝日新聞』2009年1月18日付朝刊、第14版、第17面に掲載
  2. ^ Press Net Japan共同通信 (2009年1月17日). “川口がロシア国籍を取得 フィギュアで五輪目指し”. 2009年12月4日閲覧。
  3. ^ 「川口ぼう然4位…ロシア50年ぶり屈辱」『スポーツニッポン』2010年2月17日

[編集] 外部リンク

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