小宮山尊信

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小宮山 尊信
名前
愛称 コミ
カタカナ コミヤマ タカノブ
ラテン文字 KOMIYAMA Takanobu
基本情報
国籍 日本
生年月日 1984年10月3日(24歳)
出身地 千葉県
身長 175cm
体重 71kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム 横浜F・マリノス
ポジション MF/DF
背番号 13
利き足 左足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2006- 横浜F・マリノス 57 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年1月1日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

小宮山 尊信(こみやま たかのぶ、 1984年10月3日 - )は、千葉県出身で横浜F・マリノス所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー

目次

[編集] 来歴

市立船橋高校3年時に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を果たしている。当時のチームメイトに青木良太大久保裕樹小川佳純原一樹、1学年後輩に増嶋竜也カレン・ロバート鈴木修人佐藤優也がいる。

高校3年時にU-18日本代表に選ばれ、オランダ遠征に参加している。又、イビチャ・オシム監督時代の日本代表合宿に招集された経験を持つ。

大学在学中の2006年、特別指定選手として横浜F・マリノスに登録されリーグ戦ナビスコ杯1試合ずつに出場している。その後、2007年から横浜F・マリノスに正式加入した。

2008年、ペナルティーエリア外からのゴールはリーグ最多の5ゴールだった。

[編集] プレースタイル

強靭なフィジカルと豊富なスタミナ、そして左足からの精度の高いクロスを武器とする左サイドバックである。サイドを駆け上がるだけでなく、中央に切れ込んで右足で強いシュートを打つ事も出来る。守備が全般的に軽いことと判断がやや遅いことが課題であるが、これらは試合を重ねるごとに改善が見られている。2008年シーズンからは左ウイングバックとしてレギュラー出場している。これにより守備への負担が軽減し、開幕戦からゴールを決めるなど、攻撃にさらなる磨きが掛かっている。最近ではペナルティエリア手前の左斜め45度の辺りから強烈な右足でのミドルシュートを決める事が増えた事から、このエリアを「小宮山ゾーン」と小宮山本人が称し、ファンやサッカー関係者にも認知されつつある。

[編集] エピソード

  • 父親は元ボクサーである。本来右利きであった小宮山に、左でもプレーできることの重要性を説いたという。また、高校時代に右足を骨折し、その後1年半左足だけで練習をした結果、左利きへのスイッチが完成したという。そしてその左足が利き足となっているが、左サイドから切り込んで、元々の利き足の右足でのプレーも得意としているため事実上は両足利きである。
  • チームが低迷していた2008年8月23日、小宮山は全体練習で寝坊遅刻してしまい、罰金10万円の支払い及びチームメートの手によって丸坊主にされてしまった。翌日、コーナーキックのこぼれ球を押し込んで勝利しマン・オブ・ザ・マッチ(マリノスがホームで白星を挙げた際、優秀選手1名に与えられるもの)の賞金10万円で罰金をチャラにした。
  • 日本A代表候補合宿 2007年5月13日に初招集。その2日前にプロC契約からA契約に移行したばかりだった。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 横浜FM 37 J1 1 0 1 0 - 2 0
2007 横浜FM 13 J1 25 0 5 0 1 0 31 0
2008 横浜FM 13 J1 31 7 4 1 2 0 37 8
2009 横浜FM 13 J1
通算 日本 J1 57 7 10 1 3 0 70 8
総通算 57 7 10 1 3 0 70 8
  • 2006年は特別指定選手として出場。

[編集] 経歴

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 関連項目


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