元町 (神戸市)

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元町商店街東入口
ラ・ルーチェ(三浦啓子作)
鯉川筋(大丸前スクランブル交差点)

元町もとまち)は、兵庫県神戸市中央区にある地名である。東京銀座大阪心斎橋などと共に、老舗が並ぶ名門高級商店街である元町通商店街が有名である。

この項では元町駅周辺の商業・業務・観光集積地域について述べる。

概要[編集]

東側に連続している三宮や西・南西側に連続している神戸駅周辺とともに、神戸市及び神戸都市圏都心地域(中心業務地区)を構成する繁華街官公庁街であり、神戸都市部における観光の拠点の一つでもある。

元町地区の東端には、港から山麓までを結ぶ鯉川筋(メリケンロード)が南北方向に走っており、三宮エリアとの境界線となっている。東西方向には、並行して走るJR神戸高速鉄道の高架が地区を大まかに二分しており、北部は主に官公庁・住宅地、南部は商業・観光地となっている。 おおむね以下の地域によって構成される。(北から順に)


交通[編集]

鉄道駅[編集]

航路[編集]

中突堤旅客ターミナル中突堤中央ターミナルを参照のこと。

道路[編集]

元町商店街[編集]

2番街は存在しない
商店街出口

神戸は、六甲山の山並みと神戸港のある海にはさまれた街で東西に細長く伸びている。元町は、その神戸の中心部にあり、西は神戸駅徒歩約10分の地点から、東は大丸神戸店の前まで東西1.2kmに店が建ち並ぶ。通りは、東端の1丁目から西端の6丁目までに分かれており、それぞれがアーケード街となっている。

江戸時代の元町は商港である兵庫津の海運業や酒造業が集まる西国街道沿いの商業地として栄え、明治維新を経て1874年明治7年)に「元町通」と改称されたことで元町商店街として整備されるようになる。 この元町通の南側に外国人居留地が整備されるとハイカラな物が並ぶ商店街として知られるようになり、やがて1927年昭和2年)開店の大丸神戸店と1928年昭和3年)開店の三越神戸店を東西の入口に構え、昭和初期までモボモガが闊歩するハイカラな商店街として知られ、元町をそぞろ歩くことは銀座の銀ブラ、心斎橋の心ブラに対して元ブラと言われた。 1933年昭和8年)にはそごう神戸店が三宮に開店し、戦後復興で三宮が神戸の中心地として整備されるまで、神戸駅から三宮まで続く商業の中心地として元町は隆盛を極めた。

現在でも、服飾店や喫茶に混じって靴とバッグの店が目立つ。美術工芸や古美術の店も少なくない。港町らしく「舶来雑貨」の店もちらほらあり、戦後復興で整備された三宮と比べて昔日の神戸の雰囲気を残している。近年では、旧居留地の商業地化や南京町が観光地として整備されたことなどもあり賑わいを取り戻しつつある。それに伴って元町の大丸神戸店は、三宮のそごう神戸店から神戸市域における地域一番の座を取り戻してその差は毎年広がっている。

元町通1~2丁目にかけて中華街である南京町と隣接している。元町本通のアーケード街は6丁目まで続く。3丁目のウインズ神戸B館を過ぎたあたりから人通りがまばらとなり、5丁目より先になるとシャッターを下ろしたままの店も目立つようになる。かつては、6丁目の最西端に三越神戸店が立地していたが、1984年昭和59年)に撤退し、跡地はホテルシェレナとなった。代替に、3丁目の商業ビル「パルパローレ」を借り上げる形で小型店舗で支店名を変えて営業していたが、それも、2004年平成16年)1月31日をもって閉店した。

高架下[編集]

JR神戸線の元町駅から神戸駅にかけての高架下は、闇市時代の雰囲気を濃厚に漂わせる元町高架通商店街となっている。バッタ屋(中古家電店)、古道具屋、古書店などのほかに若者向けの衣料品店も多く、独特の雰囲気で人気を集めている。

元町商店街の東端、鯉川筋を挟んで東側に大丸神戸店はある。
兵庫縣里程元標

名所・文化施設[編集]

元町商店街の西端にある。元は、現在地の南300メートルの地点にあったが日本国有鉄道(国鉄・現JR西日本)高架化により、湊川神社参道入り口右側に移転する。その後、2004年(平成16年)に再び元の地点に近い現在地に移転される。
元町商店街の中にある。読みは「はしうど」と難読。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]