ソーホー (ニューヨーク)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
SoHo-Cast Iron Historic District
ラファイエット・ストリートとブロードウェイの間のグランド・ストリート沿いに見られるキャスト・アイロン建築群
ソーホー (ニューヨーク)の位置(ニューヨーク内)
ソーホー (ニューヨーク)
所在地: ニューヨーク市マンハッタンのおおよそウエスト・ブロードウェイからクロスビー・ストリートおよびハウストン・ストリートからキャナル・ストリートに囲まれるエリア。
座標: 北緯40度43分23秒 西経74度0分3秒 / 北緯40.72306度 西経74.00083度 / 40.72306; -74.00083座標: 北緯40度43分23秒 西経74度0分3秒 / 北緯40.72306度 西経74.00083度 / 40.72306; -74.00083
面積: 73エーカー (30 ha)
建築家: 複数
建築様式: ルネサンス様式、イタリアネイト様式、連邦様式
運営者: 地方
NRHP登録番号: 78001883[1]
指定・解除日
NRHP指定日: 1978年6月29日
NYCL指定日: 1973年8月14日、2010年5月11日(拡大)
グリーン・ストリートのキャストアイアン建築
現在のソーホー(ハウストン通り沿い)
キャストアイアン建築(E.V. Haughwout Building、1857年竣工)

ソーホー (SoHo) は、ニューヨーク市マンハッタンダウンタウンにある地域である。

概要[編集]

ソーホーという地名は芸術家の町として盛り上がった1970年代ごろに登場したもので、語源は、ハウストン通りの南South of Houston Street、ヒューストンとは発音しない)という意味であり、より早くから繁華街として有名だったロンドンソーホーを意識してもいる。

かつては芸術家デザイナーが多く住む町として知られていたが、近年は高感度な高級ブティックレストラン街となっている。

場所[編集]

ソーホーの範囲は異なるいくつかの定義がある。北はハウストン通り、東はラファイエット通り (en) とセンター通り(またはクロスビー通り)、南はキャナル通り、西はウェスト・ブロードウェイ (en) (または6番街)といった具合である。

さらに以下の地区と隣接する。

歴史[編集]

後にソーホーと呼ばれることになる地区では、19世紀半ばに農地が市街地化して劇場街・商業街・娼館街として栄え、キャストアイアン建築(cast-iron、鋳鉄建築[2])が立ち並ぶようになった。しかしニューヨークの拡大と市の中心の北遷に伴い、この地区は衰退し、変わって繊維・衣服工場倉庫などが入居して低賃金で移民労働者をこき使うようになった。第二次世界大戦後は、繊維工場の市外移転などで空き家が目立つようになり、1950年代には倉庫や低賃金の零細工場(スウェットショップ)などが入居するだけの荒廃した地区となっていた。

この地区は芸術家の町として1960年代から1970年代に掛けて注目されるようになった。当時は19世紀半ばに建てられたキャストアイアン建築が多く空いており、賃料が非常に安かった。上層階にあるロフト天井も高くも大きく、明るい部屋で大きな作品の制作ができるため、次第にお金のない芸術家やデザイナーたちのロフトやアトリエに転換されていった。

ロフトは本来工場であり居住目的には使用できず、ソーホーは住居地区でもないため、彼らの居住は不法居住であった。ニューヨーク市は居住用建物の基準に合わないロフトを不法占拠している芸術家を排除して、ソーホーをもとの工業地に戻そうとしたが、結局1971年にはニューヨーク市文化局などの公認を受けた芸術家に対して、ロフトでの居住と制作活動を認めるようになった。

ソーホーには、芸術家の集うレストランギャラリーライブハウスができ、多くの歴史に残る個展や朗読会などが開かれていた。1980年代以降、カウンターカルチャーの聖地であったソーホーにあこがれた富裕なヤッピーたちが住むようになったほか観光客も集まるようになり、のどかな雰囲気は急速に失われていく。

ヤッピーや観光客相手の超高級レストランや高級ブランド路面店が進出してくると、街はにぎやかになる一方喧騒がひどくなり、落ち着いて仕事や美術鑑賞のできる雰囲気ではなくなり、さらに致命的なことに地価が急騰した。やがて芸術家たちもギャラリーも、古くからの貧しい住民たちも家賃が払えなくなり、もっと賃料の安い地区に追い出されてしまった。ギャラリー街は主にチェルシー地区へ移転した。芸術家やデザイナーらはその他ロウワー・イースト・サイド地区・トライベッカ地区、ノーホー地区、ノリータ地区、ハーレム地区へ移り、さらにそれらの地区も高級化してしまい、現在はマンハッタンをも出てブルックリンにまで移りつつある。

21世紀の今日、世間に広まったイメージに反してソーホーには芸術家はほとんど住んでおらず、金持ち相手のギャラリーやブティック、高いレストラン、若い高給ビジネスマンの住まいが中心の地区となった。

ジェントリフィケーション[編集]

ニューヨークではここ何十年かでおなじみになってしまったことだが、安い地区に若者が集まった後でそこが有名になり、地価が上がり、住民が追い出されて、最後には進出してきた高級店や高級アパートしか残らないといったジェントリフィケーション(高級化現象)が玉突き状に起こっている。

アメリカやヨーロッパにおいて、行政当局による老朽・貧困化したインナーシティ再開発のため、芸術文化をきっかけにしたジェントリフィケーション(都心部の再生のための高級化)戦略をとることが多いが、往々にして地価高騰で追い出される古くからの住民や、荒廃後に住民となった移民と摩擦を起こすことが多い。ソーホーは、こうした都心再生戦略のモデルや、ジェントリフィケーションに伴う摩擦の原点となった。

ニューヨーク市ではこうした高級化によって住民が追い出されないようにするために、1982年に住民の家賃を抑制した「1982年ロフト法」を制定した。この条例の効果や、芸術家の共同所有するロフトが残ることから、一定の数の旧住民や芸術家はいまもソーホーに残っている。

歴史地区[編集]

ソーホー地区のグリーン・ストリート(Greene Street)には、1869年から1895年にかけてつくられたキャストアイアン建築群があり、市の歴史地区に指定されている。1960年代には高速道路計画が持ち上がったため一帯は撤去される運命にあったが、当時のニューヨークでは1963年ペンシルバニア駅取り壊しなど相次ぐ歴史的建築の撤去をきっかけに建築保存運動が盛り上がっており、ソーホーでもキャストアイアン建築保存運動が起こった。これが功を奏して高速道路計画は撤回され、グリーン・ストリートは1973年に歴史地区となっている。

その他の代表的な芸術家街[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “National Register Information System”, National Register of Historic Places (National Park Service), (2009-03-13), http://nrhp.focus.nps.gov/natreg/docs/All_Data.html 
  2. ^ 鉄骨構造の一種で、建築物躯体や装飾に鋳鉄品を使用した建築様式。産業革命の興ったイギリスから広まり、アメリカにも19世紀中盤には伝わっていた。

外部リンク[編集]