サウス・ストリート・シーポート

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South Street Seaport
サウス・ストリート・シーポートの位置(ニューヨーク内)
サウス・ストリート・シーポート
所在地: ニューヨーク市マンハッタンのBurling Slip (John Street) とPeck Slip、Water Streetとイースト川に囲まれたエリア
座標: 北緯40度42分22秒 西経74度0分12秒 / 北緯40.70611度 西経74.00333度 / 40.70611; -74.00333座標: 北緯40度42分22秒 西経74度0分12秒 / 北緯40.70611度 西経74.00333度 / 40.70611; -74.00333
面積: 3.5エーカー (1.4 ha)
建築家: 複数
建築様式: グリーク・リバイバル
運営者: 私営
NRHP登録番号:

72000883[1]

サウス・ストリート・シーポート歴史地区
所在地: ニューヨーク市マンハッタンのおおよそイースト川ブルックリン橋、Fletcher Alley、パール・ストリート、そしてサウス・ストリートに囲まれたエリア
面積: 41エーカー (17 ha)
建築様式: グリーク・リバイバルロマネスク
NRHP登録番号: 78001884[1]
NRHP指定日: 1978年12月12日
NRHP指定日: 1972年10月18日

サウス・ストリート・シーポート (South Street Seaport) は、ニューヨーク市マンハッタン区のかつて港だった歴史地区である。イースト川に面するこのエリアの波止場や倉庫街は小売り施設として利用されており、波止場には古い帆船などが展示されている。

概要[編集]

ファイナンシャル・ディストリクトに隣接し、フルトン・ストリート (en) がイースト川に行き当たる場所にある。このシーポートはファイナンシャル・ディストリクトとは別にニューヨーク市歴史建造物 (en) に指定されている。このエリアにはダウンタウンで最も古い建築のうちのいくつかが見られ、19世紀初頭に改修された商業用の建物が集中している。他にも改修された帆船やかつてのフルトン魚市場、また近代的なショッピングモールも建てられ、ショッピングや食事、ブルックリン橋の景色、そして夜景も楽しむことができる。このシーポートの入り口にはタイタニック・メモリアル灯台 (en) がある。

歴史[編集]

1950年代後半まで、古いen:Ward Line社の埠頭(ピア15, 16と17の一部)はほとんど空きスペースとなっていた。1967年にサウス・ストリート・シーポート博物館がPeterとNorma Stanfordによって設立された。博物館としてオープンした当初、この博物館の主な目的は教育的な歴史地区にすることであり、出店する店は1820年から1860年頃のこの港の全盛期の働く様子を再現するというスタイルを取っていた。

1998年に連邦議会指定の"アメリカ国立海事博物館"の一つとなったとき、サウス・ストリート・シーポート博物館はニューヨーク市のかつての港の跡地、12 スクエアの区画を占める歴史地区であった[2]。この博物館は30,000平方フィート (2,800 m²)以上の展示スペースと教育施設を持ち、展示ギャラリー、19世紀の印刷店、考古学博物館、海事図書館、船舶センター、海洋生物保存ラボ、そしてアメリカでも私有のものとして最大の歴史的船舶団を保有していた。

船団リスト:

¹ 天候の良い日はこれらの船はニューヨーク市内の水上周遊を一般に向けて行っている。
² これらの船はアメリカ合衆国国立公園局によってアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定されている。
³ これらの船はアメリカ合衆国国立公園局によってアメリカ合衆国国家歴史登録財に指定されている。

このシーポートの当初の目的は、フルトン・ストリートの南西のシャーマーホーン・ロウ (en) として知られる建築群の区画を保存することであった。これらの区画はニューヨーク市の帆船産業が衰退するにつれ、一部の古物商以外からの関心は薄れ、取り壊しの危機にあった。そのためこれらの建築物や帆船を取得し、歴史を保存することが当初の目的であった。

ほぼ全ての建物とシーポート地区全体は、観光客に19世紀中頃のニューヨークの海上貿易に関する景観や生活を体験させることを目的にしていた。現在このシーポートに停泊している歴史的帆船は、Flying P-LinerPekingそして博物館船などである。フルトン・ストリート近くの一角は石畳やショップバーそしてレストランが保存されている。

ブリッジ・カフェ (en) は、"ニューヨーク市に現存する最古の飲酒施設"であると主張しており、以前売春宿が入っていた建物で現在も営業している。

シーポートは2012年のハリケーン・サンディ・サンディで大きな被害を受けた。en:The Howard Hughes Corporationは、シーポートの最も重要なショッピング街であるピア17を2013年に取り壊し、2015年までに新しい施設を建設すると発表した[3][4]

現在[編集]

19世紀初頭のシャーマーホーン・ロウの商業建築群

1982年にジェームズ・ラウスによって観光地としての再開発プロジェクトが行われた[5]。ピア17のフルトン魚市場は新しいビルとして建て直され、その隣りには大きな近代的なショッピングモールが建てられ、1983年にオープンした。ここは現在も多くのショップやフードコートが入っている。外の波止場ではイースト川ブルックリン橋そして対岸のブルックリン・ハイツ (en) の景色を楽しむことができる。これらの施設の所有者はen:The Howard Hughes Corporationである。

ポピュラーカルチャーにおけるサウス・ストリート・シーポート[編集]

ピア17

Crysis 2」でも、ピア17が登場する[6]

交通手段[編集]

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]