ローズ・ヒル (マンハッタン)

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座標: 北緯40度44分31秒 西経73度58分59秒 / 北緯40.742度 西経73.983度 / 40.742; -73.983

レキシントン・アベニュー沿い25丁目と26丁目の間に建つ69連隊武器庫

ローズ・ヒル (Rose Hill) は、ニューヨーク市マンハッタン地区である[1]。この地区は、北にマーリー・ヒル、南にグラマシー[2]、東にキップス・ベイ、南西にフラットアイアン・ディストリクト (en) そして北西にノマド (en) と隣接する。ローズ・ヒルの名前は主に18世紀と19世紀に使われていたが、21世紀にはあまり使用されることがなくなっている。このため、現在ではノマドの一部であると認識されることもある[3]。この地区は、マンハッタン・コミュニティ・ボード56にまたがっている。

歴史[編集]

218 東25丁目

ローズ・ヒルの名前は、1747年11月にニューヨーク植民地議会の議員であったHon. John Watts (1715–1789) がジェームズ・デランシー (en) から買い取った農園に付けられた[4][5]。これはイースト川からおおよそ現在のパーク・アベニューと21丁目から30丁目の間に広がる130エーカー (0.53 km2)の土地であった。彼の父、Robert Wattsはエディンバラ近郊の"Rose Hill"出身であったため、農園の名はこれを記念して付けられた。1775年に、この農園は息子のJohn Watts (1749—1836)に相続された[6]

この農園内の母屋はアメリカ独立戦争中の1779年にイギリス軍によって焼き払われた。また、ローズ・ヒル農園の一部は1780年代に売却された。1786年、Nicholas Crugerは"144ポンド"でこの農園の北一帯(現在の29丁目から30丁目と2番街から3番街のあたり)の不動産を買い取った[7]。1790年、ローズ・ヒル農園のすべての資産が売りに出された[8]

1811年委員会計画によって、この一帯にも碁盤目状の街路を整備することが決定され、この土地は分割された。

1831年、かつてのローズ・ヒル農園の南西の区画にはグラマシー・パークが建設された。

ランドマーク[編集]

金色に光るニューヨークライフビルの夜景
ニューヨーク州上訴裁判所庁舎

カリー・ヒル[編集]

レキシントン・アベニュー沿いの25丁目から30丁目の間は、多くのインディアン・レストランやスパイス・ショップが並ぶため、カリー・ヒル (Curry Hill) と呼ばれている[9]

交通[編集]

ニューヨーク市地下鉄

ブロードウェイ沿いにはBMTブロードウェイ線23丁目駅 (en) および28丁目駅 (en)(N Q R W 系統の列車)が、パーク・アベニュー・サウス沿いにはIRTレキシントン・アベニュー線23丁目駅 (en) および28丁目駅46 <6> 系統の列車)が位置している。

ニューヨーク市バス

パーク・アベニューマディソン・アベニュー沿いに北行きのM1, M2, M3路線が、5番街沿いに南行きのM5路線が走っている。また、3番街レキシントン・アベニュー沿いには北および南行きM101, M102, M103路線が、1番街2番街沿いには北および南行きのM15, M15 SBS路線が走っている。23丁目沿いにはクロスタウン・トラフィックM23路線が走っている。

脚注[編集]

  1. ^ Harrison, Karen Tina (2001年4月1日). “Neighborhood Report: Rose Hill; It's the Final Furlong For a Loved OTB Parlor”. The New York Times. https://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=950CE7D7153FF932A35757C0A9679C8B63 2008年8月18日閲覧。 
  2. ^ Reichl, Ruth (1998年4月15日). “Restaurants; Helping to Put Rose Hill on the Map”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1998/04/15/dining/restaurants-helping-to-put-rose-hill-on-the-map.html 2014年11月21日閲覧。 
  3. ^ Sternbergh, Adam (2010年4月11日). “Soho. Nolita. Dumbo. NoMad?”. New York. 2014年12月25日閲覧。
  4. ^ MacBean, William M. (1922). Biographical Register of Saint Andrew's Society of the State of New York. Vol. I: 1756-1806. http://www.bklyn-genealogy-info.com/Society/1785.St.Andrew.Bio.html 
  5. ^ (John Watts), Dorothy C. Barck, ed., "Letter book of John Watts: merchant and councillor of New York", New-York Historical Society Collections, 61 (1928:xiii).
  6. ^ John Watts' will is abstracted in "New York gleanings in England", The New -York Genealogical and Biographical Record (April 1905:116f).
  7. ^ Gray, Christopher (2006年4月2日). “A House That's Shy About Revealing Its Age”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2006/04/02/realestate/02scap.html 2010年7月16日閲覧。 
  8. ^ New-York Daily Advertiser: February 9, 1790, page 4
  9. ^ Ensminger, Kris (2008年10月10日). “Good Eating Curry Hill More Than Tandoori”. The New York Times. http://events.nytimes.com/2008/10/12/nyregion/thecity/12rest.html 2014年1月19日閲覧。 

外部リンク[編集]