イースト・ヴィレッジ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
East Village, Manhattan
—  都市地域  —
ロウアー・マンハッタン内の位置
地図
座標: 北緯40度43分39秒 西経73度59分09秒 / 北緯40.72750度 西経73.98583度 / 40.72750; -73.98583
アメリカ合衆国
ニューヨーク州
ニューヨーク市
地区 ニューヨーク市議会地区2
地方 マンハッタン・コミュニティ・ボード3
命名 1960年代
通り 2番街, 1番街, アベニューA, バワリー, セント・マークス・プレイス
ZIP 10009, 10003 and 10002
下院選挙区 8, 12 and 14
州議会 地区64, 66 and 74
上院選挙区 地区25 and 29
地下鉄 2番街 (F train), アスター・プレイス (4 6 <6> trains), and 1番街 (L train)
イーストヴィレッジの一角2番街6丁目

イースト・ヴィレッジ (East Village) は、ニューヨーク市マンハッタンダウンタウン地区である。

概要[編集]

マンハッタン南西部、グリニッジ・ヴィレッジの東からイースト川に至る、ハウストン・ストリートから14丁目の間の地域の名称である[1]

かつてはロウアー・イースト・サイド (en) の一部と見なされていたが、20世紀半ば頃から独立した地域と見なされるようになった。1950年代からビートニク (en) の拠点となり、1960年代後半からは多くの学生、芸術家、音楽家、そしてヒッピーたちが住み着くようになった。こうして「ニューヨークのボヘミア」とも呼ばれ、自由奔放な若者やアーティストなどが多く居住する地区となった。ニューヨークのカウンターカルチャー運動の中心地として、様々なアート運動が起こった。この地では、パンクロック[2]ニューヨリカン (en) 文学[3]などの盛り上がりを見せた。また、抗議運動や暴動がこの地域でたびたび起こった。1990年代初頭までは治安も悪く、中心部にあるトンプキンス・スクエアでは麻薬取引などが横行していた。90年代半ば頃から行われたジェントリフィケーションにより、現在では若者向けの「ヒップな街」に生まれ変わりつつある[4]バーレストランが多く、夜になると活気のある地域である。

セント・マークス・プレイス (en) を中心とする地区西部には日本人経営によるレストランや商店も多く、マンハッタンの中でも最も日本人の多い地域のひとつである。

方角 区境 隣接地区
FDRドライブ イースト川
西 ブロードウェイ グリニッジ・ヴィレッジ
ハウストン・ストリート ロウアー・イースト・サイド (en)
14丁目 グラマシーストイフェサント・タウン (en)

イースト・ヴィレッジに含まれる地区:

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ F.Y.I., "When did the East Village become the East Village and stop being part of the Lower East Side?", Jesse McKinley, The New York Times, June 1, 1995; accessed August 26, 2008.
  2. ^ In Rocking East Village, The Beat Never Stops, Karen Schoemer, The New York Times, June 8, 1990.
  3. ^ Another Nuyorican Icon Fades, Santiago Nieves, New York Latino Journal, May 13, 2005.
  4. ^ Kugel, Seth, "An 80-Block Slice of City Life", The New York Times, September 19, 2007.

外部リンク[編集]