泉浩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
獲得メダル
日本の旗 日本
男子 柔道
オリンピック
2004 アテネ 90kg級
世界柔道選手権
2005 カイロ 90kg級
アジア大会
2006 ドーハ 90kg級
アジア柔道選手権
2004 アルマトイ 90kg級
2008 済州 90kg級
泉 浩
基本情報
本名 泉 浩
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1982年6月22日(32歳)
出身地 青森県下北郡大間町
所属 プレシオス
身長 173cm
体重 93kg
階級 ライトヘビー級SRC
スタイル 柔道
テンプレートを表示

泉 浩(いずみ ひろし、男性、1982年6月22日 - )は、日本柔道家総合格闘家青森県下北郡大間町出身。柔道四段。左組手、得意技は大外刈。プレシオス所属。妻は女優の末永遥

来歴[編集]

実父はマグロ漁師[1]

小学校までを地元大間町で過ごしたのち、中学校より柔道私塾講道学舎に入門するため、単身上京し、世田谷区立弦巻中学校に入学、3年の全国中学校柔道大会ではベスト8で敗れたが世田谷学園高等学校3年の時にインターハイで優勝した。明治大学に入学後、2004年アテネオリンピックでは決勝でグルジアズラブ・ズビャダウリに敗れたものの銀メダルを獲得した[1]

2005年旭化成へ入社。9月にはエジプトカイロで開催された世界柔道選手権大会男子90kg級で優勝を果たした[2](この際、大韓民国黄禧太から、反則技となる体重掛け脇固めの反則技を受けていた)。

2008年北京オリンピックでは減量に失敗し2回戦で敗退した[3][4][5]。同年10月30日、一部マスコミによって泉が柔道界を引退して総合格闘技へ転向する可能性が報じられたが[6]、11月16日には「そういうこと(プロ転向)は考えてません」と報道を否定したものの、「(オファーが)ないと言えばウソになります」と含みを持たせた[7]

2009年6月、全日本実業柔道団体対抗大会後、旭化成の退社を表明。6月末をもって退社した[8]

2009年7月7日、記者会見で戦極参戦を表明[8]ヴァンダレイ・シウバのような打撃中心のスタイルを目指すと語った[9]

2009年9月23日、総合格闘技デビューとなった戦極 〜第十陣〜のメインイベントでアンズ・"ノトリアス"・ナンセンと対戦し、打撃で真向勝負を挑み最後は右ストレートでKO負けを喫した。ベストバウト賞を受賞[10]

2009年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜のDREAM vs SRC 対抗戦で柴田勝頼と対戦し、判定勝ち。総合格闘家としての初勝利となった。

2010年6月20日、SRC13イ・チャンソブと対戦し、TKO勝ち[11]

2010年8月25日に東京都内で行われたレスリング日本代表の合宿に特別参加、フリースタイル96kg級でのロンドンオリンピック代表を目指すことを表明した[12]

2010年10月30日、SRC15のメインイベントでジェームス・ジキックと対戦し、2-1の判定勝ちを収めた。試合後のリング上で石井慧との対戦をアピールした[13]

2010年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜ミノワマンと対戦し、パウンドによるTKO勝ちを収めた[14]

2011年7月2日、ロンドン五輪レスリング代表を目指し、レスリング全日本社会人選手権のフリースタイル96キロ級に出場したが初戦の2回戦で敗退した[15]

2014年2月22日に女優・末永遥と結婚。

エピソード[編集]

アテネオリンピック柔道日本代表には柔道一家に育った選手が多い中、大間のマグロ漁師の家に生まれ育ったという点でも注目された。アテネまで応援に来た家族が「マグロ一筋」とプリントされたTシャツを着ていたことから、このTシャツが人気となり、このデザインは2005年に大間町の町おこし組織代表者の登録商標とされ町おこしに一役かっている。

戦績[編集]

柔道[編集]

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
6 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
4 2 0 2 0 0 0
2 2 0 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ゲガール・ムサシ 1R 3:29 TKO(タオル投入) DREAM JAPAN GP FINAL 〜2011バンタム級日本トーナメント決勝戦〜
【DREAMライトヘビー級タイトルマッチ】
2011年7月16日
ミノワマン 3R 2:50 TKO(パウンド) Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜 2010年12月31日
ジェームス・ジキック 5分3R終了 判定2-1 SRC15 2010年10月30日
イ・チャンソブ 1R 4:37 TKO(パウンド) SRC13 2010年6月20日
柴田勝頼 5分3R終了 判定3-0 Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜
【DREAM vs SRC 対抗戦】
2009年12月31日
× アンズ・"ノトリアス"・ナンセン 1R 2:56 KO(右ストレート) 戦極 〜第十陣〜 2009年9月23日

レスリング[編集]

  • 2011年:全日本社会人選手権のフリースタイル 96キロ級 2回戦敗退

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 父に誓った晴れ姿 女神は微笑む”. 読売新聞 (2004年8月19日). 2010年9月7日閲覧。
  2. ^ アテネの雪辱果たし 悲願の“金””. フジテレビジョン. 2010年9月7日閲覧。
  3. ^ 減量失敗響く…泉、メダルならず/柔道”. サンケイスポーツ (2008年8月13日). 2010年9月7日閲覧。
  4. ^ 減量失敗の泉、こだわった「五輪の金」届かず”. 産経ニュース (2008年8月13日). 2010年9月7日閲覧。
  5. ^ 泉は2回戦敗退、悲願の金ならず”. 明治大学柔道部. 2010年9月7日閲覧。
  6. ^ 柔道の泉が総合格闘技転向へ 産経新聞 2008年10月30日閲覧
  7. ^ 柔道 泉浩プロ格闘家転向否定の裏事情 リアルスポーツ 2008年11月17日
  8. ^ a b 【戦極】泉浩のプロ転向記者会見(1)「1日も早く戦極の舞台で試合をしたい」 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年7月7日
  9. ^ 【戦極】泉浩のプロ転向記者会見(2)「ヴァンダレイ・シウバのようなスタイルを心がけたい」 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年7月7日
  10. ^ 【戦極】柔道銀メダリスト泉浩、デビュー戦はKO負け!瀧本、横田は勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年9月23日
  11. ^ 【SRC戦極】最強チャンピオン誕生!サンドロが金原を僅か38秒でKO、王座を奪取 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年6月20日
  12. ^ “泉、代表合宿に特別参加…レスリング”. スポーツ報知. (2010年8月26日). http://hochi.yomiuri.co.jp/battle/news/20100825-OHT1T00298.htm 2010年9月7日閲覧。 
  13. ^ 【SRC戦極】泉浩が石井慧との対戦をアピール!ウェルター級GP決勝は中村VS榎本 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年10月30日
  14. ^ 【Dynamite!!】 高谷が王座奪取!長島☆自演乙が青木をKO!石井はバンナに辛勝 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月31日
  15. ^ “泉浩、レスリングデビュー戦は初戦敗退”. デイリースポーツ. (2011年7月3日). http://www.daily.co.jp/ring/2011/07/03/0004233218.shtml 2011年7月17日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]