ヴァンダレイ・シウバ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ヴァンダレイ・シウバ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 本名 | ヴァンデルレイ・セザール・ダ・シウバ (Wanderlei César da Silva) |
| 通称 | ジ・アクス・マーダラー (The Axe Murderer) 戦慄の膝小僧 絶対王者 ブラジルの悪魔 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1976年7月3日(33歳) |
| 出身地 | パラナ州クリチバ |
| 所属 | シュートボクセ・アカデミー →エクストリーム・クートゥア |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 88kg |
| 階級 | ライトヘビー級 |
| スタイル | ムエタイ キックボクシング ブラジリアン柔術 |
| テーマ曲 | 「Sandstorm」(Darude) |
ヴァンダレイ・シウバ[1](Wanderlei Silva、男性、1976年7月3日 - )は、ブラジル出身の総合格闘家。ブラジリアン柔術黒帯。エクストリーム・クートゥア所属。元PRIDEミドル級王者。
ニックネームは「戦慄の膝小僧」、「ジ・アクス・マーダラー」(斧の如き殺人者)。PRIDEでは、1999年の初参戦から2004年まで約5年間無敗であり、「PRIDEミドル級絶対王者」と呼ばれていた。
目次 |
[編集] 来歴
BVF、IVC、UFCを歴戦し、1999年9月12日のカール・マレンコ戦でPRIDE初参戦。
2000年1月30日、PRIDE GRANDPRIX 2000 開幕戦のリザーブマッチでボブ・シュライバーと対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち。しかし、UFCでのタイトルマッチが決定したため、5月の決勝大会には出場しなかった。
2000年4月14日、日本で行われたUFC 25でUFC世界ミドル級(現ライトヘビー級)王座を巡りティト・オーティズと対戦し、判定負け。
2001年3月25日、PRIDE.13で桜庭和志と対戦し、4点ポジションでの膝蹴りで桜庭を流血させると最後はサッカーボールキックでTKO勝ち。この一戦で「戦慄の膝小僧」の異名を轟かせ、一気にスターダムにのし上がった。
2001年11月3日、PRIDE.17で新設されたPRIDEミドル級王座をかけて桜庭和志と再戦。1R途中、立ち上がり際桜庭にフロントチョークに捕らえられるもボディスラムで左肩を叩きつけ脱臼させ、1R終了後TKOで勝利。初代PRIDEミドル級王者となった。回転の速いパンチと膝蹴り、強力なパウンドなどを武器に、以後5年以上に渡ってタイトルを保持することとなる。
2002年2月24日、PRIDE.19で田村潔司と対戦、パウンドでダメージを与え最後は右ストレートでKO、初防衛に成功する。
2002年4月28日、PRIDE.20でミルコ・クロコップと特別ルール(3分5R判定なし、グラウンドでの膠着はブレイクの後スタンドからのリスタート)で対戦、引き分ける。
2002年11月24日、PRIDE.23で金原弘光を相手に2度目の防衛に成功。
2003年8月10日、ミドル級GP1回戦に出場、桜庭と3度目の対戦となったが、桜庭のローキックにカウンターの右フックを合わせて失神させ、返り討ちにした。
2003年11月9日、準決勝で吉田秀彦を破り決勝進出を果たすと、決勝ではクイントン・"ランペイジ"・ジャクソン相手に首相撲からの15発の膝蹴りでKO、ミドル級GPの頂点に立った。この時、笑いながら首相撲でクイントンに膝蹴りを浴びせている姿をダイジェストに映し出され、その圧倒的な実力と狂気的なスタイルでPRIDEを震撼させた。また、柔道金メダリストの瀧本誠はこの試合を見て総合格闘技への参加を決意した。
2004年10月31日、ミドル級タイトルマッチでジャクソンと1年振りの再戦。またも首相撲からの膝蹴りで失神KOに追い込み、3度目の防衛に成功。
2004年12月31日、PRIDE 男祭り 2004で桜庭と4度目の対戦予定であったが、桜庭の怪我で直前に対戦相手がヘビー級のマーク・ハントに変更となった。試合は1-2の判定で敗れ、PRIDEでの無敗の連勝記録は18でストップした。
2005年は連覇を掛けミドル級GPに参戦。4月23日の1回戦で吉田を、6月26日の2回戦では中村和裕を破り、順当に勝ち進んだ。しかし8月28日の準決勝ではヒカルド・アローナにグラウンドで抑え込まれる展開が続き、判定で敗れGP連覇を逃した。シウバが同階級の選手に負けたのはティト・オーティズ戦以来5年振りのことであった。
2005年の大晦日はPRIDE 男祭り 2005でアローナとミドル級タイトルマッチで再戦。僅差の判定で下し4度目の防衛に成功。
2006年7月1日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUNDを欠場したエメリヤーエンコ・ヒョードルに代わって出場、藤田和之と対戦。体重・体格に勝る藤田を後ろに下がりながらのパンチで倒すと、サッカーボールキックを連打。藤田はシウバの脚を掴もうとするが、藤田方のタオル投入でTKO勝ち。
2006年9月10日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦のトーナメント準決勝でPRIDE.20以来の再戦となるミルコ・クロコップと対戦。1R終了直前に左ハイキックを受け、PRIDEでは初めての失神KO負けを喫する。
2006年7月8日、UFC 61の会場に姿を現し、オクタゴンの中に入りUFCライトヘビー級王者のチャック・リデルとの対戦を要求した。10月21日のPRIDE.32でも大会途中に再び対戦を要求している。
2007年2月25日、PRIDE.33で7年振りの再戦となるダン・ヘンダーソンとミドル級タイトルマッチを行ったが、KO負けを喫し、5年余りに渡って保持していたチャンピオンベルトを失った。
PRIDEの活動休止とともにUFCと再び契約し、それに前後してシュートボクセ・アカデミーから脱退。ランディ・クートゥアのジムエクストリーム・クートゥアでトレーナーに就任した。2007年12月29日、UFC 25以来7年半振りのUFC復帰戦となるUFC 79ではチャック・リデルと対戦し、0-3の判定負け。
2008年5月24日、UFC 84でキース・ジャーディンと対戦。右フックでダウンを奪い、パウンドでKO勝ち。
2008年12月27日、UFC 92でPRIDEで2連勝したクイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと3度目の対戦。左フックで失神KO負けを喫した。
[編集] 戦績
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 44 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 32 勝 | 22 | 4 | 6 | 0 | 1 | 1 |
| 10 敗 | 5 | 0 | 5 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | リッチ・フランクリン | 5分3R終了 判定0-3 | UFC 99: The Comeback | 2009年6月13日 |
| × | クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン | 1R 3:21 TKO(左フック) | UFC 92: The Ultimate 2008 | 2008年12月27日 |
| ○ | キース・ジャーディン | 1R 0:36 KO(パウンド) | UFC 84: Ill Will | 2008年5月24日 |
| × | チャック・リデル | 5分3R終了 判定0-3 | UFC 79: Nemesis | 2007年12月29日 |
| × | ダン・ヘンダーソン | 3R 2:08 KO(左フック) | PRIDE.33 "THE SECOND COMING" 【PRIDEミドル級タイトルマッチ】 |
2007年2月24日 |
| × | ミルコ・クロコップ | 1R 5:26 KO(左ハイキック) | PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦 【無差別級GP 準決勝】 |
2006年9月10日 |
| ○ | 藤田和之 | 1R 9:21 TKO (サッカーボールキック→タオル投入) |
PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND 【無差別級GP 準々決勝】 |
2006年7月1日 |
| ○ | ヒカルド・アローナ | 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 | PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI- 【PRIDEミドル級タイトルマッチ】 |
2005年12月31日 |
| × | ヒカルド・アローナ | 2R(10分/5分)終了 判定0-3 | PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦 【ミドル級GP 準決勝】 |
2005年8月28日 |
| ○ | 中村和裕 | 1R 5:24 KO(パウンド) | PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND 【ミドル級GP 準々決勝】 |
2005年6月26日 |
| ○ | 吉田秀彦 | 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 | PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦 【ミドル級GP 1回戦】 |
2005年4月23日 |
| × | マーク・ハント | 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 | PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- | 2004年12月31日 |
| ○ | クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン | 2R 3:26 KO(膝蹴り) | PRIDE.28 【PRIDEミドル級タイトルマッチ】 |
2004年10月31日 |
| ○ | 近藤有己 | 1R 2:46 TKO(踏みつけ) | PRIDE GRANDPRIX 2004 決勝戦 【ワンマッチ】 |
2004年8月15日 |
| ○ | 美濃輪育久 | 1R 1:09 KO(パウンド) | PRIDE 武士道 -其の弐- | 2004年2月15日 |
| ○ | クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン | 1R 6:28 TKO(膝蹴り) | PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦 【ミドル級GP 決勝】 |
2003年11月9日 |
| ○ | 吉田秀彦 | 2R(10分/5分)終了 判定3-0 | PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦 【ミドル級GP 準決勝】 |
2003年11月9日 |
| ○ | 桜庭和志 | 1R 5:01 KO(右フック) | PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦 【ミドル級GP 1回戦】 |
2003年8月10日 |
| ○ | 金原弘光 | 1R 3:31 TKO(踏みつけ→タオル投入) | PRIDE.23 【PRIDEミドル級タイトルマッチ】 |
2002年11月24日 |
| ○ | 岩崎達也 | 1R 1:16 TKO(パウンド) | Dynamite! SUMMER NIGHT FEVER in 国立 | 2002年8月28日 |
| △ | ミルコ・クロコップ | 3分5R終了 ドロー | PRIDE.20 | 2002年4月28日 |
| ○ | 田村潔司 | 2R 2:28 KO(右ストレート) | PRIDE.19 【PRIDEミドル級タイトルマッチ】 |
2002年2月24日 |
| ○ | アレクサンダー大塚 | 3R 2:22 TKO(ドクターストップ、鼻骨骨折) | PRIDE.18 | 2001年12月23日 |
| ○ | 桜庭和志 | 1R終了時 TKO(ドクターストップ、左肩脱臼) | PRIDE.17 【PRIDEミドル級王座決定戦】 |
2001年11月3日 |
| ○ | 大山峻護 | 1R 1:30 TKO(左フック→レフェリーストップ) | PRIDE.14 | 2001年5月27日 |
| ○ | 桜庭和志 | 1R 1:38 TKO(サッカーボールキック) | PRIDE.13 | 2001年3月25日 |
| ○ | ダン・ヘンダーソン | 10分2R終了 判定6-0 | PRIDE.12 | 2000年12月23日 |
| - | ギルバート・アイブル | 1R 0:21 無効試合(金的攻撃) | PRIDE.11 | 2000年10月31日 |
| ○ | ガイ・メッツァー | 1R 3:45 KO(スタンドでのパンチ) | PRIDE.10 | 2000年8月27日 |
| ○ | トッド・メディーナ | 1R 0:39 KO(膝蹴り) | Meca World Vale Tudo 2 | 2000年8月12日 |
| × | ティト・オーティズ | 5分5R終了 判定0-3 | UFC 25: Ultimate Japan 3 【UFC世界ミドル級王座決定戦】 |
2000年4月14日 |
| ○ | ボブ・シュライバー | 1R 2:42 チョークスリーパー | PRIDE GRANDPRIX 2000 開幕戦 【リザーブマッチ】 |
2000年1月30日 |
| ○ | 松井大二郎 | 10分2R終了 判定6-0 | PRIDE.8 | 1999年11月21日 |
| ○ | カール・マレンコ | 10分2R終了 判定6-0 | PRIDE.7 | 1999年9月12日 |
| ○ | トニー・ペタラ | 1R 2:53 KO(膝蹴り) | UFC 20: Battle for the Gold | 1999年5月7日 |
| ○ | ユージーン・ジャクソン | 1R 0:32 ギブアップ | IVC 10 - World Class Champions | 1999年4月27日 |
| ○ | エイドリアン・セラーノ | 1R 0:22 KO | IVC 9 - The Revenge | 1999年1月20日 |
| × | ビクトー・ベウフォート | 1R 0:44 TKO(パンチ) | UFC Brazil: Ultimate Brazil | 1998年10月16日 |
| ○ | マイク・ヴァン・アースデイル | 1R 4:00 KO(踏みつけ) | IVC 6 - The Challenge | 1998年8月23日 |
| × | アルトゥール・マリアーノ | 2R 13:10 TKO(カット) | IVC 2 - A Question of Pride 【決勝】 |
1997年9月15日 |
| ○ | エジディオ・ダ・コスタ | 1R 2:27 ギブアップ(パンチ) | IVC 2 - A Question of Pride 【準決勝】 |
1997年9月15日 |
| ○ | ショーン・ボーネット | 1R 1:19 KO(右ハイキック) | IVC 2 - A Question of Pride 【1回戦】 |
1997年9月15日 |
| ○ | マルセラオ・マルセラオ | 1R 0:20 ギブアップ(負傷) | Brazilian Vale Tudo 10 | 1997年7月1日 |
| ○ | ディウソン・フィリオ | 1R 3:35 KO(パンチ) | Brazilian Vale Tudo 6 【1回戦】 |
1996年11月1日 |
[編集] 人物
- 既婚者であり子供もいる。2007年からUFC参戦に伴い、シュートボクセアカデミーを円満離脱し、アメリカに家を構えている。
- 選手コール時には、両手を合わせクルクル回し相手を威嚇する仕草が印象的。ただし本人が語るところによると、実際は臆病であり試合中は常に恐怖を感じるため、本来はあの仕草で自身の士気高揚をしているにすぎないという。[要出典]試合勝利後はコーナーポストを駆け上がり咆哮することが多い。
- 18歳の時に自ら志願してブラジル陸軍に入隊していた経歴を持つ。
- マウリシオ・ショーグンやムリーロ・ニンジャなど彼の弟弟子にあたる人間に対してはとても面倒見がよく、温厚に接する。人一倍チームメイト思いとして有名。
- PRIDE.31のマーク・コールマンvsマウリシオ・ショーグン戦で、コールマンのタックルに対し、ショーグンが受け身を取り損ね、肘関節を脱臼し、試合開始49秒でTKO負け。この時、コールマンは相手の怪我に気づかずに追い打ちのパンチを放ってしまったことに対し、会場で観戦していたシウバが激怒してリングに駆け上がり、乱闘寸前となった。
- 400戦無敗の男ヒクソン・グレイシーに対して、「アイツは試合をしない」や「弱い」などの発言をしている。
- かつて3度戦った桜庭和志とは仲がよく、桜庭から受け取ったサクベルトや阪神タイガースのキャップを身につけて入場したこともある。
- 総合格闘技でデビューした頃はファイトマネーなどは一切出ず、叔父から「まともな仕事を探してあげるから、もう格闘技はやめなさい。」と体と将来を案じて言われた。
- PRIDEで稼いだファイトマネーを元に株取引に手を出すも失敗。愛車が盗難に遭うという不幸も乗り越え、現在はWANDというオリジナルブランドを展開する実業家としての顔も持つ。
- 日本のうどんが好物であり、来日の際は毎回はなまるうどんに行き大盛り肉うどんを2杯たいらげるという。また、イベントではなまるうどんの一日店長を務めた事がある。
- PRIDEの恒例イベントであった「けやき広場イベント」の「チャンピオン祭り」では、自身の握手会に来てくれたファンに自分のニット帽をあげたり、参加していないファンを気遣って握手をしたりと、ファンに対するサービス心は高い。
- 週刊少年マガジン連載中の「もう、しませんから。」に2回登場。1回目は作者の西本と似顔絵で対決して勝利。2回目は同作品の題字を毛筆で書き下ろした。その回の中で、「昔マウリシオ・ショーグンと子犬の代金をめぐってリングで戦って、完膚なきまでにたたきのめした」と語っている。
- カエルが大の苦手とジャンクSPORTSで発言している。
[編集] 獲得タイトル
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 公式サイト(日本語)
- 公式サイト(ポルトガル語)
- MySpace
- UFC 選手データ
- PRIDE 選手データ
- SHERDOG 選手データ
[編集] 脚注
- ^ PRIDE参戦当初は「ヴァンダレイ・ダ・シウバ」と紹介されていた。
| 前王者 なし |
初代PRIDEミドル級王者 2001年11月3日 - 2007年2月25日 |
次王者 ダン・ヘンダーソン |
| 前優勝者 N/A |
PRIDE GP 2003ミドル級トーナメント優勝 2003年11月9日 |
次優勝者 マウリシオ・ショーグン |

