マウリシオ・ショーグン
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | マウリシオ・ミラーニ・フア (Mauricio Milani Rua)[1] |
| 通称 | 踏みつけ大将軍 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1981年11月25日(31歳) |
| 出身地 | パラナ州クリチバ |
| 所属 | シュートボクセ・アカデミー →ユニバーシダデ・ダ・ルタ/キングスMMA |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 93kg |
| リーチ | 193cm |
| 階級 | ライトヘビー級(UFC) ミドル級(PRIDE) |
| スタイル | ムエタイ |
マウリシオ・"ショーグン"・フア(Mauricio "Shogun" Rua、男性、1981年11月25日 - )は、ブラジルの総合格闘家。パラナ州クリチバ出身。ユニバーシダデ・ダ・ルタ/キングスMMA所属。ブラジリアン柔術黒帯。元UFC世界ライトヘビー級王者。PRIDE GRANDPRIX 2005優勝。
卓越したムエタイ技術とシュートボクセ・アカデミー仕込みの強烈なラッシュ力を武器に、豊富なスタミナで休むことなく攻め続ける。さらに、関節技も得意としている。倒れた相手の顔面を踏みつける必殺技を持ち、「踏みつけ大将軍」の異名を持つ。UFCでは得意の踏みつけが禁止されているが、それをモノともせずにUFC王者となった。
かつての同門ヴァンダレイ・シウバがPRIDE王者であった時に「俺よりもショーグンの方が強い」と言わしめた強さを誇る。
ムリーロ・ニンジャは実兄。
目次 |
来歴[編集]
兄の影響で16歳から格闘技を始めた。格闘家になる前はモデルの仕事をしていた[2]。
2002年にブラジルの総合格闘技大会Meca World Vale Tudoでグレイシー・バッハのカポエイラを相手にプロデビュー。アグレッシブなラッシュでKO勝利。同大会では3連勝し、エヴァンゲリスタ・サイボーグに打撃で追込まれるも何とかTKOで勝利している。2003年9月6日には出場予定であった小路晃に変わりIFCライトヘビー級トーナメントに出場、1回戦の対戦相手の予定はパウロ・フィリョだったが、パウロが大会に現れず、代打で出場したムンジアル覇者のエリック・ヴァンダレイに立技でも寝技でも果敢に攻め勝利する。準決勝では優勝したレナート・ババルに経験の差で敗れ、プロ初黒星を喫した。
PRIDE[編集]
2003年10月5日、先に日本で活躍していた兄ムリーロ・ニンジャに続いてPRIDEデビューし、PRIDE 武士道で小路晃と対戦。ベテラン小路の寝技に引き込まれそうなシーンもあったものの、最後は得意の打撃で押し込みTKO勝ち。
小路戦を含めて日本人4連戦を全勝し、シウバの如く「日本人キラー」ぶりを発揮。
2005年4月23日、PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦で前GP準優勝の強豪クイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと対戦するも、強烈な膝蹴りでジャクソンの肋骨を折り、猛打を浴びせTKO勝利。兄のニンジャに判定勝ちしていたジャクソンにリベンジした。
2005年6月26日の2回戦では、アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラと対戦。得意の踏みつけはホジェリオの長い脚で阻止されたが、強烈なスタンドのパンチでダウンを奪い、判定勝ち。お互いの打投極が発揮され名勝負となったこの試合は、同年のPRIDEオフィシャルウェブサイトの年間ベストバウト投票にて3位に選ばれた。
2005年8月28日、準決勝でアリスター・オーフレイムとの新鋭対決を1RKO勝ちで制してアリスターを病院送りにし、決勝では兄弟子ヴァンダレイ・シウバを破ったヒカルド・アローナと対戦。1R2分53秒パウンドでKO勝利。23歳でPRIDEミドル級GPを制した。このヒカルド・アローナ戦で、オモプラッタを仕掛けたことが評価され、ブラジリアン柔術の黒帯を授与されている。
2006年2月27日、PRIDE.31でマーク・コールマンと対戦するが、タックルを受けた際に受身を取りそこね、肘を脱臼し49秒で敗れた。
2006年9月10日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦のワンマッチで半年振りに復帰。ザ・スネークと対戦し、スタンドでは長いリーチに苦しめられるが、グラウンドで得意の踏みつけによって勝利。復帰戦を飾る。
2006年10月21日、PRIDE初の海外開催となったPRIDE.32では、ケビン・ランデルマンにテイクダウンを奪われるも、粘り強く足関節を狙い、膝十字固めでタップを奪う。
2007年2月24日、PRIDE.33でアリスター・オーフレイムと再戦。猪木アリ状態からのパウンドでTKO勝ち。
2007年9月1日、理学療法士の女性と結婚。
UFC[編集]
2007年9月22日、UFCデビュー戦となるUFC 76でフォレスト・グリフィンと対戦。3R終了間際にチョークスリーパーで敗れる。
2007年10月3日、UFC 76以前の練習で断裂していた左膝前十字靭帯の手術を行った。
2007年12月、シュートボクセ・アカデミーを離脱し、ムリーロ・ニンジャ、アンドレ・ジダらと共に新チーム「ユニバーシダデ・ダ・ルタ」を結成した[3]。
2008年6月7日のUFC 85でチャック・リデルとの対戦が予定されていたが、手術した左膝前十字靭帯を再び痛めてしまい、欠場となった[4]。
2009年1月17日、UFC 93で1年4か月ぶりとなる復帰戦でマーク・コールマンと対戦し、右アッパーでTKO勝ちを収め[5]、PRIDE時代のリベンジを果たすと共にファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。しかし、全盛期を過ぎて衰えたコールマン相手にテイクダウンを奪われ、自慢のスタミナが切れてフラフラになった末の勝利とあってファンや専門家からは酷評された。
2009年4月18日、UFC 97でチャック・リデルにパウンドでTKO勝ちし[6]、ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。
2009年10月24日、UFC 104でUFC世界ライトヘビー級王者リョート・マチダに挑戦し、3者とも47-48という僅差の判定負けで王座獲得ならず[7]。
物議を醸した前回の判定結果を踏まえて2010年5月8日、UFC 113にてリョート・マチダとの再戦が実現。右クロスカウンターでダウンを奪い、追撃のパウンドで1RKO勝ちを収めてUFC世界ライトヘビー級王座を獲得した[8]。
2011年3月19日、UFC 128のUFC世界ライトヘビー級タイトルマッチでジョン・ジョーンズと対戦し、3RTKO負けを喫して王座から陥落した[9]。
2011年11月19日、UFC 139でダン・ヘンダーソンと対戦。5Rに渡る熱戦を繰り広げた末に判定負けを喫した。ファイト・オブ・ザ・ナイトを獲得した。
2012年12月8日、UFC on FOX 5でアレクサンダー・グスタフソンと対戦し、大差の判定負け。
人物[編集]
戦績[編集]
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 28 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 21 勝 | 18 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 7 敗 | 2 | 2 | 3 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | アレクサンダー・グスタフソン | 5分3R終了 判定0-3 | UFC on FOX 5 | 2012年12月8日 |
| ○ | ブランドン・ヴェラ | 4R 4:09 KO(右ストレート→パウンド) | UFC on FOX 4 | 2012年8月4日 |
| × | ダン・ヘンダーソン | 5分5R終了 判定0-3 | UFC 139: Shogun vs. Henderson | 2011年11月19日 |
| ○ | フォレスト・グリフィン | 1R 1:53 KO(右フック→パウンド) | UFC 134: Silva vs. Okami | 2011年8月28日 |
| × | ジョン・ジョーンズ | 3R 2:37 TKO(膝蹴り) | UFC 128: Shogun vs.Jones 【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】 |
2011年3月19日 |
| ○ | リョート・マチダ | 1R 3:35 TKO(右フック→パウンド) | UFC 113: Machida vs. Shogun 2 【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】 |
2010年5月8日 |
| × | リョート・マチダ | 5分5R終了 判定0-3 | UFC 104: Machida vs. Shogun 【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】 |
2009年10月24日 |
| ○ | チャック・リデル | 1R 4:28 TKO(左フック→パウンド) | UFC 97: Redemption | 2009年4月18日 |
| ○ | マーク・コールマン | 3R 4:36 TKO(右アッパー) | UFC 93: Franklin vs. Henderson | 2009年1月17日 |
| × | フォレスト・グリフィン | 3R 4:45 チョークスリーパー | UFC 76: Knockout | 2007年9月22日 |
| ○ | アリスター・オーフレイム | 1R 3:37 KO(パウンド) | PRIDE.33 "SECOND COMING" | 2007年2月24日 |
| ○ | 中村和裕 | 3R終了 判定3-0 | PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- | 2006年12月31日 |
| ○ | ケビン・ランデルマン | 1R 2:35 膝十字固め | PRIDE.32 "THE REAL DEAL" | 2006年10月21日 |
| ○ | ザ・スネーク | 1R 5:29 TKO(踏みつけ) | PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦 | 2006年9月10日 |
| × | マーク・コールマン | 1R 0:49 TKO(肘の負傷) | PRIDE.31 Dreamers | 2006年2月26日 |
| ○ | ヒカルド・アローナ | 1R 2:54 KO(パウンド) | PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦 【ミドル級GP 決勝】 |
2005年8月28日 |
| ○ | アリスター・オーフレイム | 1R 6:42 TKO(マウントパンチ) | PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦 【ミドル級GP 準決勝】 |
2005年8月28日 |
| ○ | アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ | 3R終了 判定3-0 | PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND 【ミドル級GP 準々決勝】 |
2005年6月26日 |
| ○ | クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン | 1R 4:47 TKO(膝蹴り→サッカーボールキック) | PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦 【ミドル級GP 1回戦】 |
2005年4月23日 |
| ○ | 金原弘光 | 1R 1:40 TKO(サッカーボールキック) | PRIDE.29 SURVIVAL | 2005年2月20日 |
| ○ | 滑川康仁 | 1R 6:02 TKO(サッカーボールキック) | PRIDE 武士道 -其の伍- | 2004年10月14日 |
| ○ | 郷野聡寛 | 1R 9:04 TKO(サッカーボールキック) | PRIDE 武士道 -其の弐- | 2004年2月15日 |
| ○ | 小路晃 | 1R 3:47 TKO(踏みつけ) | PRIDE 武士道 | 2003年10月5日 |
| × | レナート・ババル | 3R 3:07 ギロチンチョーク | IFC - Global Domination 【ライトヘビー級トーナメント 準決勝】 |
2003年9月6日 |
| ○ | エリック・ヴァンダレイ | 2R 2:54 TKO(パンチ連打) | IFC - Global Domination 【ライトヘビー級トーナメント 1回戦】 |
2003年9月6日 |
| ○ | エヴァンゲリスタ・サイボーグ | 1R TKO(パンチ連打) | Meca World Vale Tudo 9 | 2003年8月1日 |
| ○ | アンジェロ・アントニオ | 1R 0:55 TKO(サッカーボールキック) | Meca World Vale Tudo 8 | 2003年5月16日 |
| ○ | ハファエル・カポエイラ | 1R 4:00 KO(右ハイキック) | Meca World Vale Tudo 7 | 2002年11月8日 |
獲得タイトル[編集]
脚注[編集]
- ^ Indicação de Mérito Esportivo
- ^ バイオグラフィー UFC公式サイト
- ^ SHOGUN KEEPING NEW FIGHT TEAM IN BRAZIL MMAWEEKLY 2008年1月11日
- ^ [UFC]6.7 ロンドン:ショーグンの怪我再発でリデル戦は中止 BoutReview 2008年3月5日
- ^ 【UFC93】ショーグン&コールマンにかつての面影見られず MMAPLANET 2009年1月18日
- ^ 【UFC97】完敗した落日のリデル、引退勧告には… MMAPLANET 2009年4月19日
- ^ 【UFC104】リョートが防衛成功、判定にはブーイングも MMAPLANET 2009年10月25日
- ^ 【UFC113】リョートを撃破、ショーグンが完全なる王座戴冠 MMAPLANET 2010年5月9日
- ^ 【UFC128】ジョーンズ、衝撃的な強さで王座奪取に成功!! MMAPLANET 2011年3月20日
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- マウリシオ・ショーグン公式サイト
- UFC 選手データ
- PRIDE 選手データ - Internet Archive
- SHERDOG 選手データ
| 前優勝者 ヴァンダレイ・シウバ |
PRIDE GP 2005ミドル級トーナメント優勝 2005年8月5日 |
次優勝者 N/A |
| 前王者 リョート・マチダ |
第11代UFC世界ライトヘビー級王者 2010年5月8日 - 2011年3月19日 |
次王者 ジョン・ジョーンズ |