私をスキーに連れてって
『私をスキーに連れてって』(わたしをスキーにつれてって)は、1987年11月21日に公開されたホイチョイ・プロダクションズ製作、原田知世主演の映画である。『彼女が水着にきがえたら』・『波の数だけ抱きしめて』と続くホイチョイ三部作の第1作。本作品のヒットがスキーブームの火付け役となった。略称「私スキ」。
本作品内のスキー指導は、元アルペンレーサーの海和俊宏が行っており、劇中にも登場している。 矢野の吹き替えで滑走しているのは、当時のトップデモンストレーターである渡部三郎である。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
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[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
某一流企業に勤める矢野文男は、会社では冴えない軽金属部の社員。ところがいったんゲレンデに出れば、誰もが舌を巻く名スキーヤーである。今日も会社を定時に上がり、仲間とクリスマススキーへ出かける。奥手の文男はなかなか女の子と喋れず、仲間が用意した女の子にも全く興味がない。
そこへ仲間のヒロコと真理子が、雪に埋もれている女の子を見つける。文男と泉と小杉が助け出すと、その娘に文男は一目惚れ。その雰囲気を敏感に感じたヒロコと真理子は、その娘と文男を強引にくっ付けようとする。娘は池上優といい、友人と二人でスキーに来ていたのだ。優と二人きりになれた文男だが、奥手ぶりは治らない。そこへ横槍を入れてきた泉は、連れてきた女の子を文男の彼女だと優の前で言い放つ。誤解した優は文男に嘘の電話番号を教えるが、二人は同じ会社の社員だった。
[編集] キャスト
- 池上優: 原田知世
- 矢野文男: 三上博史
- 佐藤真理子: 原田貴和子
- 小杉正明: 沖田浩之
- 羽田ヒロコ: 高橋ひとみ
- 泉和彦: 布施博
- 恭世: 鳥越マリ
- ロッジのオーナー:上田耕一
- ゆり江: 飛田ゆき乃
- 課長(文男の上司):小坂一也
- 所崎: 竹中直人
- 田山雄一郎: 田中邦衛
ほか
[編集] スタッフ
- 監督: 馬場康夫
- 原作: ホイチョイ・プロダクション(松田充信、芹沢良明、亀井正道、久保正文、小杉正明、吉田浩之)
- 脚本: 一色伸幸
- 音楽: 杉山卓夫
- 監督補: 佐藤敏宏
- 監督助手:久保田延廣、鈴木幹、前田哲
- 音響効果: 斉藤昌利
- カースタント:チームシャーキー
- スキーアドバイザー: 海和俊宏
- スキー撮影: 東京福原フィルムス
- 現像: 東京現像所
- スタジオ: にっかつ撮影所
- 製作者: 三ツ井康
- 企画: 宮内正喜
- フジテレビアソシエイツ(協力プロデューサー): 小牧次郎、石原隆、金光修、小川晋一、上田常尚
- プロデューサー: 宮島秀司、河井真也
- 企画協力: 佐々木志郎、山田耕大
- 製作協力: メリエス
- 製作: フジテレビジョン、小学館
- 配給: 東宝
[編集] 主題歌
松任谷由実「サーフ天国、スキー天国」
[編集] 挿入歌
松任谷由実「恋人がサンタクロース」、「ロッヂで待つクリスマス(メロディーのみ)」、「A HAPPY NEW YEAR」、「BLIZZARD」
特筆すべき点として「恋人がサンタクロース」は、本映画と言えばこの曲の名前が真っ先に挙がるほど一般に浸透している。 主題歌を凌駕した本作品の象徴とも言うべき挿入歌であり、クリスマスの定番曲として現在も数多くのアーティストによってカヴァーされ続けている。(収録は松任谷由実の10枚目のオリジナルアルバムSURF&SNOW)
また、アルバムからシングルカットされていないにもかかわらず、映画公開5年後の第43回NHK紅白歌合戦に出場した嘉門達夫の「替え歌メドレー」 の中でサビ部分を「恋人はサンコン~」と替えて歌われたほど一映画の挿入歌としては稀有なほどメジャーな曲である。
[編集] ゲレンデロケ地
[編集] その他のロケ地
(いずれも当時)
- 六本木:当時の日産六本木ショールームビル(主人公が勤める商社の外観)
- お茶の水:日立製作所本社(主人公が勤める商社の内側。窓の外に秋葉原電気街のネオンが映っている:現在は閉館)
- これは、馬場康夫がかつて日立製作所に勤めていた関係で。
- 関越自動車道(オープニングにて練馬ICや旭が丘シェルターなどを映している)
- ラフォーレミュージアム飯倉800(表彰式の会場:現在は閉館)
[編集] 宿泊施設のロケ地
- 12月24日に部屋で優と恭世が年賀状を書きながら話すシーンは「志賀高原プリンスホテル」東館ゲレンデ前の角部屋。
- 12月31日夜、矢野たちが楽しむシーンは万座温泉にあるロッジ「ハウスユキ」のセントクリストファーの旧カフェ&レストラン。矢野が立体地図を見るシーンは「ハウスユキ」の現在のフロント付近。
- 2月14日「サロット」の発表会場に駆け込む丸いドームのシーンは「万座プリンスホテル」エントランスドーム。
- 上記3宿泊施設はいずれも現存している。
- 「ハウスユキ」のわいわいと矢野たちが新年を待つ部屋は、撮影当時の状態に近く配置を復元されており、「ハウスユキ」併設のレストラン利用者・同ロッジ宿泊者は見学が可能である。「ハウスユキ」オーナーはオーストリア国立スキー学校出身の黒岩達介(くろいわ・たつゆき)。日本のスキー指導の第一人者で、『新雪のスキー術』、『青春をスキーに』など著書多数。長年万座スキー学校校長を務めてきたが、2009年冬シーズンからはトップ指導者を後身に譲る予定である。オーストリアスキー学校後輩であるSIA総裁三笠宮寛仁(ともひと)殿下(「ひげの殿下」)とは長い交流を持っている。「ハウスユキ」所蔵のスキー板が映画の背景に登場しているが、上越高田でレリヒ少佐からスキー講習を受けた高田高専の学生だった人の板スキー、およそ100年前のヨーロッパの板スキーなど貴重なものが多数ある。矢野が立体地図を見るシーンで背景にスキー板が映っているが、左から3セット目がレリヒ少佐から講習を受けた学生の「大河原」という銘が入った木製スキー板である。
[編集] 関連商品
- VHS
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- 「私をスキーに連れてって」(1989年11月21日)
- DVD
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- 「私をスキーに連れてって」(2000年3月17日)商品コードPCBP-00210
- 「私をスキーに連れてって」(2003年11月19日)商品コードPCBG-50461
[編集] 裏話
- 当初、矢野文男を演じるのは三上博史ではなかった。実は俳優として売り出す予定だったスキーヤーがクランクイン寸前にしりごみし、出演をキャンセル。急遽スキーを滑れる俳優を探したが、スケジュールが空いている俳優がみつからず、そこで当時無名だった三上博史が大抜擢された。
- 劇中でクローズアップされているスキーブランドの「SALLOT」(サロット)は、商品化も考え商標登録を行ったが、撮影が忙しいなどのため、商品化には至らなかった。スタッフはのちに商品化をしておけばと後悔している。
- 当初、劇中で使用される予定だったクルマは三菱・ギャランだったが、当の三菱の協力が得られず断念した。その話をトヨタに持って行ったところ協力を承諾され、セリカに決まった。
- 出演者のほとんどがスキーを数回しかした事がない初心者であったが、現地での練習の結果、撮影の終わり頃には上達していた。なお、最初に撮影されたゲレンデの映像は、のちに流行した“トレイン走行”(後述)だった。
- スタッフは映画のタイトルに関してかなり悩んでいたが、結局発表直前にこのタイトルに決定した。当時候補となっていたのは「スキー天国」や「万座の恋の物語」などであった。ちなみにタイトルの由来は、楽曲「わたしを野球に連れてって 」(Take Me Out to the Ball Game)をもじったものである。
- 当初、本作の主題歌は原田知世が歌うとスタッフは考えていた。しかし、それを聞いた原田が「ユーミン(松任谷由実)がいいと思う」と提案し(松任谷は原田の代表曲の一つ『時をかける少女』の作詞・作曲を担当していた)、これを馬場監督以下その他スタッフも了承。主題歌は「サーフ天国、スキー天国」となった。
- 叶姉妹の叶美香が旧芸名「玉乃ヒカリ」で出演していた。
[編集] 本作品の社会的影響
本作品をきっかけにスキーブームが到来し、公開後から1990年代前半にかけて数年間続いた(レジャー白書によると、最盛期は1993年。スキー人口は1860万人にも及んだ)。この当時の人気スキー場ではリフト・ゴンドラの待ち時間が数十分から一時間というのも珍しくなく、高速道路の渋滞、宿が取れないなどといったことは常であった。ブームの時期がバブル期に重なっていたこともあり、新スキー場が多数オープンし、既存のスキー場ではゲレンデの拡張や既存リフト・ゴンドラの架け替えなどが相次いだ。
万座温泉スキー場は湯治場から発展してきた経緯を持ち、西武系のスキー場ではあったが、アクセスが悪い、標高が高く寒い、といったイメージから若者に敬遠され気味だったスキー場であった。ブーム以降は若い人が少なかった万座温泉スキー場が一転、スキーヤーであふれる事となった。そのあおりで、それまでは休日でも人が少なく、ゆっくり出かけても余裕の駐車スペースがあった万座温泉スキー場でも、まとまった駐車スペースは少なかったこともあり、スキー場へ向かう万座ハイウェーの料金所で、駐車スペース確保が困難であることを理由に、表万座スキー場へ誘導される程であった。
スキー人口の増加に伴い、当時非常に高価であったスキー用品の低価格化が進み、ブーム以前は10万円程度だったスキーセットがディスカウントストア等で2万円程度になるなど、ブーム以前より安価で購入できるようになった。これはスキーブームの恩恵、かつ要因であった。
本作品公開の6年後となる1993年に千葉県船橋市に日本初の大型屋内スキー場である「ららぽーとスキードームSSAWS」(通称「ザウス」)がオープン。ホイチョイ・プロダクションズによる「東京いい店やれる店」には同施設の評価が記されている。なお、ザウス自体は2002年に閉鎖、のちに解体されている。
携帯電話が一般化してない当時、劇中でアマチュア無線の無線機が仲間との連絡用に使用され、その便利さと機動力の高さがうまく表現されていたため、本作をきっかけにアマチュア無線家が急激に増えた。その急増ぶりは本作公開から3年後にアマチュア無線の呼び出し符号(コールサイン)が枯渇し、郵政省(現・総務省)の特別措置によってコールサインが追加されるほどだった(トランシーバー1台でも法律上は厳然たる「無線局」)。しかし、無線従事者でない者がアマチュア無線機をスキー場で不法利用する例が増加し、結果として不法無線局の増加を助長することにもなった。当作品に出演している沖田は正規のアマチュア無線家である。映画に出て来たトランシーバーはアイコムのIC-u2、IC-28で、「映画に出て来た無線機を」と指名買いされた。
- 4WD自動車
劇中にて4WDが2WDより断然良いといったイメージを与えるシーンがあり、「スキーに行くには4WD」というのを一般化させた。当時は4輪駆動車の車種が少なく、SUVといった言葉も無かった。実際、劇中でのゲレンデ付近の渋滞で映る車のほとんどは乗用車であった。劇中で使用されたセリカは「スキーにセリカで行くのがオシャレ」と大人気となった。また、クルマに「Naeba」、「APPI」のステッカーを貼るのも流行した。
- トレンディードラマ
トレンディー性を特徴とする本作品は、映画の題名の通り「彼女ができたらとりあえずスキーに誘う」や「ゲレンデで彼女を見つける」といった風潮を作り、ゲレンデでおしゃれをするといったことも生み出した。トレンディドラマブームはこの直後となる。
本作品において、万座プリンスホテルがイベント会場、宿泊施設として、志賀高原プリンスホテルが映画の舞台として使われていたため、ゲレンデ前のホテルとしてプリンスホテルが不動のものとなったと考えられる。本作放映以後のスキーブームからは、ゲレンデ前のプリンスホテル(多くのゲレンデ前のホテルを所有していた)から客室の予約が埋まってしまうほど、「西武系のスキー場ならプリンスへ」というのが一般化した。スキーブームの終焉後、2006年から2007年にかけていくつかのプリンスホテル、スキー場の売却があった。西武系のスキー場はコースレイアウトが良い(リフトへの接続が楽である)と有名である。
[編集] 本作品により流行、一般化したアイテム
本作品にて取り上げられたことにより流行、または一般化したアイテムを下記に記す。
- 流行アイテム
- 後半部分に松任谷由実の曲「BLIZZARD」をバックにST165型トヨタ・セリカ GT-FOURのカースタントシーンがあり、大きくジャンプするシーンが有名である。
- 一般化アイテム
[編集] 本作品により流行した行為
- スキーでのトレイン走行
トレイン走行とは、スキーをハの字にした前走者の足の間に同じくハの字にした後走者がスキーを入れ、これを3人以上の人が列車1編成のように連なった状態で滑る走法。 劇中の焼額山スキー場にて上記の行為を行うシーンがあった影響により、トレイン走行をするスキーヤーが増えた。 技術的にはスキーの初歩であるボーゲンを縦に体を密着させて行っているだけなのだが、二人三脚同様、息が合わないと簡単に転倒するため事故につながることと、他人の迷惑となるため「トレイン走行の禁止」という立て看板が焼額山スキー場に立てられた時期があった。 現在は当然ながらその様な光景は見られない。
ただ、「トレイン走行」もしくは「トレイン」などと言う言葉自体は昔からあった。これは上記のようにくっついて滑るのではなく、何名かが少し間を開けて(5mなどそれなりに離れてはいるが列に見える程度の距離)前の人のシュプールを追って一列に滑ることを指す。スクールレッスンなどでよく見かける。
今は昔からの元の意味で使われることが多いものの、地域や話の流れなどによって映画での意味になったり違う場合がある。
[編集] 本作品による流行語
- 「とりあえず」
写真を撮る際のかけ声。 沖田浩之参照。
- 「凍ってるね」
車を発進させる前にドアを開けて路面状態を確かめる行為。
- ゲレンデ美人
ヒロインである原田知世の“ニット帽にゴーグル”スタイルは女性に大流行し、「ゲレンデ美人」という言葉も生み出した。この言葉にはゲレンデにいるとき『だけ』美しく見える女性という皮肉もこめられている。
[編集] 本作品による小ワザ
- スキー板盗難防止方法
2セットのスキーの板を交互(左右互い違い)別な場所に置き盗難を防止する方法
[編集] クランクインの時期
映画自体のクランクインは3月であったが、原田知世は角川春樹事務所との契約の関係上、4月からのクランクインだった。
撮影に参加した時期がスキーシーズン終盤であったため、すべて撮れなかった場合はニュージーランドロケも考えられていたが、時期はずれの大雪が降り、志賀高原での国内撮影だけで無事クランクアップした。
[編集] 受賞歴
- 日本アカデミー賞話題賞:原田知世
[編集] 同時上映
「永遠の1/2」
[編集] 関連項目
- SURF&SNOW:松任谷由実