東京臨海副都心

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

東京臨海副都心(とうきょうりんかいふくとしん)は、東京都が策定した7番目の副都心であり、複数の特別区に跨がる442haのエリアである。

東京湾埋立地10号地に属する江東区有明と、同埋立地13号地に属する東京都港区台場江東区青海品川区東八潮からなる。全域が埋立地であり、東京都都市整備局東京都港湾局が主に計画管理している。

公式愛称はレインボータウン。また、都知事の石原慎太郎が(港区台場だけのことではなく)臨海副都心全体を指して「お台場」と呼んだことから、マスコミや官公庁でもお台場と呼ばれるようになった。都市景観100選受賞地区。2015年度までに全体の完成を目指している。

船から見たお台場(台場)
パレットタウン大観覧車(青海)
東京ビッグサイト(有明)

目次

[編集] 地区

主に、以下の4地区に分かれて計画・開発が行われている。

  • 台場地区 (だいばちく、港区台場一・二丁目) - 通称:お台場
  • 青海地区 (あおみちく、江東区青海一・二丁目・三丁目・四丁目及び品川区東八潮)
  • 有明北地区 (ありあけきたちく、江東区有明一・二丁目)
  • 有明南地区 (ありあけみなみちく、江東区有明三・四丁目)

[編集] 概要

江戸時代末期に黒船対策として造った大砲台場の建設が、この地区の埋め立ての始まりである。1940年(昭和15年)の東京港開港以来、本格的な突堤建設や埋め立てが始まった。船の科学館と隣接地で1978年(昭和53年)から前期・後期およそ1年間開催された宇宙科学博覧会(宇宙博)では、1,100万人を超える来場者を集めた。この頃は一帯すべてが建設予定地であり、建物は船の科学館と海運企業の倉庫・コンテナ置き場・材木業者の作業場と事務所くらいしかなかった。

1979年(昭和54年)に、都知事に鈴木俊一が就任すると、臨海副都心開発の検討が始まった。1979年(昭和54年)のマイタウン構想懇談会、1982年(昭和57年)の「東京都長期計画」、1985年(昭和60年)の「東京テレポート構想」、1986年(昭和61年)の「第二次東京都長期計画」である。

臨海副都心の建設はバブル景気絶頂期の1989年から始まった[1]。建設期間は27年である。3期に分かれている[2]。臨海副都心はオフィス街として開発される予定であったため、東京都は企業誘致を積極的に行った。しかし、バブル崩壊で企業進出のキャンセルが相次ぎ、開発計画の見直しを迫られることになった。

1995年(平成7年)、都知事に青島幸男が就任。計画第二期が始まる1996年(平成8年)3月からは、臨海副都心の大掛かりなスタートデモンストレーションも兼ねて「世界都市博覧会」の開催が予定されていた。しかし青島都知事は、臨海副都心開発見直しを掲げ、世界都市博覧会を中止した。だが開発計画自体は止めなかった。

1999年(平成11年)、都知事に石原慎太郎が就任。開発事業を推進する方向で動いた。 このころになると、ようやく建築物も増え始め、本社屋を当地に移転したフジテレビが牽引役となり、地元の活性化運動もあって大規模イベント会場の誘致が進んだ。近年ではアミューズメントやショッピング施設が次々に開業し、海の景色と広々した空間も手伝い、新しいファッショナブルなイメージを持つエリアとなっており、週末の気軽な観光地として賑わっている。

[編集] 歴史

[編集] 第一期

[編集] 第二期

[編集] 第三期

[編集] 主な施設

レインボーブリッジと自由の女神像
FCGビル(奥)とアクアシティお台場、メディアージュ(手前)
ホテル日航東京
パレットタウン
テレコムセンター
フジテレビ湾岸スタジオ
船の科学館
東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾートとホテルトラスティ東京ベイサイド
有明コロシアム

[編集] 台場地区

主要施設

商業施設

ホテル

オフィスビル

公園

住宅施設

  • シーリアお台場一番街
  • シーリアお台場三番街
  • シーリアお台場五番街
  • トミンタワー台場一番街
  • トミンタワー台場三番街
  • トミンハイム台場五番街
  • 都営台場一丁目アパート
  • THE TOWERS DAIBA

学校

  • 港陽小・中学校
  • にじのはし幼稚園

[編集] 青海地区

商業業務複合施設(2012年(平成24年)春予定開業予定)

(事業者 東京建物・2014年予定開業予定)

  • オフィス、商業施設、都市ミュージアム、ライブラリー

(事業者 森ビル・2013年12月予定開業予定)

商業施設

(閉鎖後)

  • オフィス、展示施設、ホテル、コンベンション施設、商業施設、エンタテイメント施設(観覧車含む)

(事業者 森ビル、トヨタ自動車・2016年3月までに開業予定)

オフィスビル

研究・研修機関

公共施設

公園

[編集] 有明北地区

主要施設

複合施設

  • 商業施設、オフィス、住宅、イベントホール

(事業者 住友不動産・2015年1月一部開業予定)

商業施設

公園

公共施設

学校

住宅施設

  • オリゾンマーレ
  • ガレリアグランデ
  • ブリリアマーレ有明
  • シティタワー有明
  • ブリリア有明スカイタワー
  • 有明北地区超高層マンション(計画中、2014年1月竣工予定)

[編集] 有明南地区

商業施設

オフィスビル

ホテル

学校

研究・研修機関

病院

公園

[編集] その他

[編集] 暫定施設の閉鎖

臨海副都心の土地のいくつかは東京都が暫定的な貸出を行っている土地である。臨海副都心地区の開発を進めていた1990年代後半、バブル崩壊の影響で企業の進出意欲はどん底であった上に、当時は交通の便も悪かった台場地区の買い手がつかなかったため、東京都が確実に事業者を募るため廉価で10年間の期限をつけ土地を暫定的に貸し出したことによる[3]。貸出期限付きの用地はパレットタウン大江戸温泉物語、東京テレポート駅前のバーミヤンとサンクスの3ヶ所あり、10年で土地の返還をする契約となっている。

パレットタウンもこの契約で誕生した暫定施設であったが、結果として大成功を収めた。当初の予定では2010年(平成22年)6月観覧車も含めたパレットタウン全体を閉鎖する計画で、利用者や都の幹部からも疑問の声が寄せられていた[4]が、同地区は現在パレットタウンでの事業を展開している森ビルトヨタ自動車自身が814億円で購入することになり[5]、暫定施設であったパレットタウンから商業施設やホテル、オフィス、車の展示施設などを含む複合ビルや新型観覧車への建て替えが行われ、2013年(平成25年)に開業の予定であった。

しかし、経済状況の変化などから2009年(平成21年)11月に建設計画が延期されて既存施設の営業が延長される見通しとなり[6]2010年(平成22年)1月、東京都と森ビル・トヨタ自動車は2016年3月までに新施設を開業させることで合意した[7]

[編集] 赤字と借金

臨海副都心の事業費は、東京都だけで2兆4300億円である[8]。事業費をまかなうために、約5200億円の地方債を起債し[9]、他の特別会計からの借り入れも行った。第三セクターを設立し、地域内都市基盤の早期整備を図ってきた[10]

2001年(平成13年)、東京都は「臨海副都心事業会計」を、黒字の「埋立事業会計」「羽田沖埋立事業会計」と統合した(三会計統合[9]。臨海副都心事業会計は、5290億円の累積赤字と8815億円の借金を抱えていた。「東京都臨海地域開発事業会計」を作る事で、帳簿上は赤字と借金の一部が帳消しになった。しかし5185億円の地方債と金利負担は残った。

2005年(平成17年)、東京ファッションタウンタイム二十四が事実上破綻し、民事再生手続きの開始を申し立て[11]、手続きを進めた結果、翌年3月、この手続きが終結した[12]

2006年(平成18年)、東京テレポートセンター東京臨海副都心建設竹芝地域開発が事実上破綻し、民事再生手続きを申し立てた[13]。これらは東京都の度重なる事業支援にも関わらず、1957億円の累積赤字と1440億円の債務超過、3355億円の借金を抱えていたが、民事再生手続きを進めた結果、翌年4月、この手続きが終結した[14]

2009年(平成21年)度からは、最初の地方債の大量償還期(第一の山)を迎える。単年度で1000億円を越える借金の返還が必要である[9][15]

2002年(平成14年)の「臨海副都心開発事業の長期収支試算」によると、「都有地運用収入等の収入の累積が基盤整備関連経費や都債償還金等の支出の累積を上回る」のは2019年の見込みである[9]

[編集] ヒートアイランド

臨海副都心開発前の同地区は埋立地で、ほとんどは更地だった。そこに多くの高層ビルが建造された結果、東京湾からの海風が遮られ、東京都心部でのヒートアイランド現象がさらに進行したという批判がしばしば提起されている[16]。これに対し、東京都港湾局では臨海副都心の南側、さらに東京湾に張り出した中央防波堤内側埋立地での整備が予定されている海の森公園を起点とし、有明の森テニス公園を経由して皇居代々木公園に至る「風の道」の整備により、ヒートアイランド現象の緩和を計画している[17]

[編集] 臨海副都心を舞台とした作品

メルトダウンによる死を目前をしたゴジラデストロイアと決戦を繰り広げた。なお、この作品ではまだ“お台場”ではなく、“臨海副都心”や“13号地”という表現が用いられている。なお、東京都市博の中止に伴い、脚本にもある程度の影響が出たとプロデューサーの富山省吾が語っている。
ガイアと地球の砂漠化を企む怪獣メザードが決戦を繰り広げた。

[編集] 交通・地理

[編集] 鉄道

[編集] バス路線

[編集] 高速道路

[編集] 水上バス

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 東京都港湾局 (2006年3月3日). “臨海副都心開発の今後の取組み~総仕上げの10年間~”. 2009年10月6日閲覧。
  2. ^ 東京都港湾局 (1997年). “まちづくり推進計画(臨海副都心開発の基本方針)”. 2009年10月6日閲覧。
  3. ^ お台場 にぎわいどこへ パレットタウン2年後撤去 NIKKEI NET 2008年8月2日
  4. ^ 2008年(平成20年)8月2日日本経済新聞朝刊、その他より
  5. ^ 「臨海副都心青海ST区画の進出事業予定者の決定について」 東京都報道発表資料、2008年(平成20年)10月8日、2008年10月8日閲覧
  6. ^ 森ビル・トヨタ、お台場の大型商業施設の建設先送り 日経ネット 2009年11月6日、2009年11月6日閲覧。
    ヴィーナスフォート、アウトレット開設 12月、23区で初 日経ネット 2009年11月6日、2009年11月6日閲覧。
  7. ^ お台場新施設、16年3月までに開業 都、森ビル・トヨタと合意 日経ネット 2010年1月8日、2010年1月8日閲覧。
  8. ^ 東京都港湾局 (1997年). “まちづくり推進計画(事業費)”. 2009年10月5日閲覧。
  9. ^ a b c d 東京都港湾局 (2002年3月4日). “臨海地域開発財政基盤強化プラン”. 2009年10月5日閲覧。
  10. ^ 東京都港湾局 (1997年). “まちづくり推進計画(事業手法)”. 2009年10月5日閲覧。
  11. ^ 東京都産業労働局 (2005年3月31日). “東京ファッションタウン株式会社及び株式会社タイム二十四に係る民事再生手続の開始申立てについて”. 2009年10月6日閲覧。
  12. ^ 東京都産業労働局 (2006年3月29日). “東京ファッションタウン(株)及び(株)タイム二十四の(株)東京ビッグサイトへの吸収合併等について”. 2009年12月21日閲覧。
  13. ^ 東京都港湾局 (2006年5月12日). “臨海三セクの民事再生手続の開始申立てについて”. 2009年10月5日閲覧。
  14. ^ 東京都港湾局 (2007年4月16日). “株式会社東京テレポートセンター、東京臨海副都心建設株式会社及び竹芝地域開発株式会社の再生手続終結について”. 2009年12月21日閲覧。
  15. ^ 臨海地域開発の財政基盤強化策検討委員会 (2006年3月3日). “臨海地域開発財政基盤強化プランの更なる取組み”. 2009年10月5日閲覧。
  16. ^ その一例として、東京商船大学(現在の東京海洋大学)助教授だった渡邉豊(現在は北海道大学准教授)が指摘した論考がある。海洋政策研究財団ニューズレター第50号 [1]、2002
  17. ^ 東京都港湾局「臨海副都心 TOKYO WATERFRONT CITY 日本語版」23-24p 「-臨海地域- 臨海副都心とベイエリア/緑あふれる東京の再生に貢献する「海の森」と「風の道」」 (PDF)

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語