ホテル日航東京
| ホテル日航東京 | |
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| ホテル概要 | |
| 正式名称 | ホテル日航東京 |
| 運営 | JALホテルズ |
| 階数 | 地下1階 - 地上16階 |
| 部屋数 | 453室 |
| 開業 | 1996年3月12日 |
| 最寄駅 | ゆりかもめ台場駅 |
| 最寄IC | 首都高速湾岸線13号地出入口 |
| 所在地 | 〒135-8625 東京都港区台場一丁目9番1号 |
| 位置 | 北緯35度37分34.7秒 東経139度46分14.4秒座標: 北緯35度37分34.7秒 東経139度46分14.4秒 |
| 公式サイト | 公式サイト |
ホテル日航東京(ホテルにっこうとうきょう、英称:Hotel Nikko Tokyo)とは、東京都港区台場に所在するシティホテルで、1996年(平成8年)3月12日に開業した。JALホテルズが運営する。
2008年11月21日、「ミシュランガイド東京日本語版2009」の「快適なホテル格付け順」で、「黒い家マーク4つ」を獲得した。
目次 |
[編集] 施設概要
当施設については台場駅を挟んだ向かいのホテルグランパシフィック・ル・ダイバと共に、世界都市博覧会に間に合わせるために臨海副都心に建設していた。キャッチコピーは「大人を愉しむ、東京リゾート。」
帆船が風をはらんで帆を広げたイメージの建物となっていて、全ての客室にバルコニーが設けられるなどアーバンリゾート型ホテルとなっている。全室海を見渡せるオーシャンビューで、レインボーブリッジ・都心・品川・羽田空港方面を望める(客室は大きく分けてレインボーブリッジ方面のオーシャンビューと羽田・大井方面のオーシャンビューの2方向に分かれているので、料金や予約の際は注意すること)。
客室は5階から15階にあり、オーシャンビューは海岸沿いにあるため視界を遮るものはない。宴会場やチャペルも完備され、ウエディングも行われている。
メインロビー前の車寄せはロータリーの進行方向とは逆のスロープを登らねばならず、一般客は乗り入れられないようになっている。
[編集] 宿泊
- 総客室数:452室
- 収容人員:906名
[編集] 付帯施設
- レストラン&バー (2・3F)
- 大宴会場
- 宴会場
- スパ
[編集] アクセス
台場駅を接続する形で各方面へペデストリアンデッキが整備されている。駅周辺は立体だが各場所で1階、道路にも降りられる。
アクアシティお台場 フジテレビ センタープロムナード ― 東京テレポート駅
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お台場海浜公園 ― + ― ウェストプロムナード ― + ― ― + ←→ テレコムセンター
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ホテル日航東京2階 - 台場駅 - ホテルグランパシフィック・ル・ダイバ2階
[編集] 鉄道
[編集] その他
他にも都バスなどの一般のバス路線、また水上バスがある。
[編集] 経営会社
当ホテルはバブル期の1988年に打ち出された「世界都市博覧会」構想で、殆ど未開発地帯で占められていた東京テレポートセンター(現在の東京臨海副都心)地区を開催地とした事から、都らの誘致により1991年に日本航空出資の経営会社「東京ヒューマニアエンタプライズ株式会社」を設立し、実際の運営はJALホテルズへ委託する形で、1996年3月に臨海副都心の宿泊施設第一号として開業した。
しかし、世界都市博覧会開催は1995年に都知事に当選した青島幸男の公約により撤回され、当時の周辺は都市公団・公社系の賃貸マンションや幾つかのオフィスビル、デックス東京ビーチなどしか建設されなかった。このためか、斜向かいのホテルグランパシフィックは一旦建設を中断。開業時期を延期し、予定より2年遅れの1998年に開業している。
開業当初より未曾有の平成不況が深刻化する過程であったため、一定の収益は確保していたものの、バブル期に計画されたホテル建設費用を含めた有利子負債額が膨らんだ為、2004年2月にヒューマニア社は民事再生法申請と産業活力再生措置法に基づく事業再構築計画提出に至った。
その再構築計画では、第三者割当増資と債務の株式化によって経営基盤の安定化を計り、宿泊パッケージプランの充実等によって収益を上げるといった記述がされている。
その後、経営再建が急務となっていたJALグループの経営を担う持株会社の日本航空は、ヒューマニア社の再構築実施計画が終了する2007年3月に同社保有全株を、米投資ファンドのエートス・キャピタルに約250億円で売却した(現在もJALホテルズとして運営されている)。共同出資している伊藤忠商事も持株分を段階的に売却する方針である。
[編集] 周辺施設
[編集] 外部リンク
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