土屋品子
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つちや しなこ
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| 生年月日 | 1952年2月9日(60歳) |
| 出生地 | 東京都港区 |
| 出身校 | 聖心女子大学 |
| 前職 | 料理研究家 フラワーアーティスト 短大・大学客員教授 |
| 所属政党 | (無所属→) (無所属の会→) 自由民主党 |
| 親族 | 父・土屋義彦 姉・市川桃子 |
| 公式サイト | 土屋品子 |
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| 選挙区 | 埼玉県第13区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 1996年10月21日 - 2009年7月21日 |
土屋 品子(つちや しなこ、1952年2月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の前衆議院議員。
目次 |
[編集] 経歴
土屋義彦(元参議院議長・前埼玉県知事)・栞の次女として東京都に生まれる。姉は市川桃子。
共立女子高等学校、聖心女子大学文学部歴史社会学科卒。父の庇護の下、テレビ埼玉で自らの名を冠した料理番組を永らく持たせてもらい、県民に浸透度を上げた。
1996年の第41回衆議院議員総選挙に無所属で初当選以来、埼玉県第13区で4期連続当選。
初当選後、新井将敬、石破茂、船田元、望月義夫ら自民党公認漏れ組で院内会派『21世紀』を結成し、政党交付金要件を充足。清水勇人を公設秘書に採用した。
無所属の会時代の2000年の第42回衆議院議員総選挙の政見放送は、司会に大学後輩の細川珠生を起用したプロモーションビデオ仕立ての構成で、ビキニ姿まで披露した。
2001年9月自民党に入党し、翌年外務大臣政務官に登用される。
2003年7月、政治資金規制法違反で姉が逮捕され、母や父も東京地検特捜部の事情聴取を受け(後に不起訴処分)県知事辞職に追い込まれたことで、『土屋王国』と呼ばれた一族支配に対する批判が高まったものの、直後の第43回衆議院議員総選挙では父譲りの強固な後援会組織と小泉ブームに乗じ、民主党の武山百合子に500票余りまで肉迫されながらも辛勝した。
2004年に政治家の年金未納問題が注目された際に、未納が発覚している。
2005年には姉が自己破産したが、同年の第44回衆議院議員総選挙は郵政改革ブームで争点化せずに済み、再選を果たした。
2006年発足した安倍内閣では環境副大臣に就任。北京オリンピックを支援する議員の会所属。日韓議員連盟幹事。日本さくらの会理事等。
2009年の第45回衆議院議員総選挙でも公明党の推薦を受け、前年死去した父の遺影を掲げて遊説したが、民主党の新人森岡洋一郎に惨敗し、比例復活もならず落選、議席を失った。
土屋の落選の結果、自民党の選挙区支部長は空席となった。自民党埼玉県連は支部長を独自に改めて公募で選考することにしたが、自民党本部は2009年末、衆院選で落選した公認候補について「惜敗率60%以上で65歳以下」を基準に小選挙区支部長を内定し、次期衆院選の立候補予定者とする方針を決めた。土屋は党本部基準に合致していたため県連の選考の前に既に内定者となった。一方県連は2010年1月に支部長の第一次選考を行った。土屋もこれに応募したが、県連の選考委員の一部から土屋の支部長復帰に異論が出たため県連は判断を先送りした。しかし2010年8月、自民党本部は内定結果を各都道府県連に通知。2010年11月、党本部は県連の結論を待たずに土屋の支部長復帰を決定。小選挙区支部長の決定権は党本部にあるため、土屋が次期衆院選自民党公認候補として立候補することが事実上決定した。
[編集] 著書
- 『四季を咲く』(鈴木薫共著、CD付生け花写真集)1992年8月、阪急コミュニケーションズ ISBN 4484922169
[編集] 関連項目
- 自由民主党国会議員一覧
- 日本の女性国会議員一覧
- 山谷えり子 - 自民党参議院議員。大学の先輩。
- 清水勇人 - さいたま市長。元公設第一秘書。
[編集] 外部リンク
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 江田康幸 |
第8代:2006 - 2007 |
次代: 桜井郁三 |