マスゴミ

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マスゴミとは、マスメディアを批判的に扱う際に用いられる蔑称(俗語・スラング)であり、インターネットスラングの一種である。

概要[編集]

マスコミを批判する際に使用される用語で、『マスコミ』と『ゴミ』を掛け合わせた言葉(かばん語[1]

歴史[編集]

「マスゴミ」という蔑称はインターネットスラングとしての成立以前から存在している。

古くは1966年大映映画野良犬』において、田宮二郎演じる主人公・鴨居大介が「お前らマスコミやない、マスゴミや!」と激怒する場面が存在する[1]

テレビ放送では、1992年第16回参議院議員通常選挙の際にNHKで放送された政見放送で、同選挙の立候補者である東郷健が「ソ連が崩壊したことをマスコミじゃなしにマスゴミ資本主義の勝利で社会主義の敗北だと、バカなことを言っていますが・・・」と演説した[2]

背景[編集]

マスメディアは一般的に「社会の木鐸[3](ぼくたく)」として報道を行うことを建前としている。最大手である在京テレビ局(キー局)や新聞社(全国紙)は、政府機関に対して記者クラブ制度を通じて優先的に取材することができるうえ、全国広範に情報を販売することができ、長年にわたって特に絶大な影響力を持っている。

長期の固定既得権益・都合のよい保身報道[編集]

テレビ局は、電波の使用に関して事実上寡占固定化であり、電波の使用競争が一切無いことが特に問題視されている。たとえばサラリーマンの平均年収は440万円程度[4]であるが、広告収入が落ちて赤字になってもキー局社員の平均年収は1000万円超えを崩さない理由として、日本では総務省が電波を新たに割り当てない限り新規メディアが参入できない既得権益があり、公務員的な部分があるためとも指摘される。おおむね、大手テレビ局(主にキー局)は政府関係者などの「権益」について批判的立場で報道をする一方、自らの「権益」については触れようとはしない。また、キー局社員の収入と、その下請け会社および地方系列テレビ局では、極端な給与格差が存在する一方で、「格差社会」を批判的に報道しても自らの業界の格差には触れることはない[5]。格差を批判しつつ自らは権益のもと格差社会の頂点に立つが、上場企業平均収入ランキング1位となった朝日放送夕刊フジの取材に「コメントは差し控えさせていただく」と回答をしなかった[6]

視聴率・スクープ欲しさの倫理崩壊[編集]

一方で、企業活動として激しい視聴率(利益)を獲得する競争に常時さらされている一面があり、社内・業界内での評価の対象となる高視聴率やスクープを目当てに、また『報道の自由』を大義名分に、たびたび取材活動や表現・演出(パフォーマンス)がエスカレート・暴走を起こし、モラルハザードにも通じる様々な問題とリスクを半ば恒常的に抱えている。マスコミ自身で、様々な不祥事を起こし、社会的話題を提供してきた歴史がある(マスコミ不祥事)。が、当事者の局では、自ら起こした事件や不祥事は全く報じなかったり、記事に触れても発表報道(警察発表などの会見)の文面を他人事のように読む程度で終わらせる場合が多い。当事者外の局であれば容赦なく糾弾していることから、インターネット上では当事者はもちろんのこと、糾弾した局に対しても(糾弾した局自身の過去の態度はどうだったのかと)批判を受けている。

用例[編集]

「マスゴミ」とは、このような

  • 報道の自由」や「知る権利」を楯に他者のプライバシーを蹂躙(後述の「事例」を参照)。
  • 記者クラブを作り、地方のマスコミ(ローカル局地方紙)やフリー・ジャーナリストを排除して情報を独占する行為。
  • 日常的な偏向報道によるモラルハザードの誘発。
  • 「報道の自由」を正当化し、際限なく拡大解釈する体質。もしくは「報道しない自由」の名の下に、自身に都合の悪い、自身の意図に沿わないことは報道しない

などから、もはや存在が社会の利益をもたらしていないと信用を置かれず、特権を与えるに値しない集団ないし報道内容は「ゴミ」同然であるという、皮肉を込めた批判と揶揄の表現である。

脚注[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]