南北国時代
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南北国時代(なんぼくこくじだい、남북국시대)は朝鮮史の時代を区分する用語。百済と高句麗を滅ぼした新羅(南)と高句麗の後身の渤海(北)が並立した時代を指す。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の歴史教科書にはこの用語が使われている。
目次 |
新羅の統一と渤海の成立。[編集]
朝鮮半島は北部の高句麗と南西部の百済、東南部の新羅が合わせて三国時代が成立した。4世紀には百済の全盛期、5世紀の高句麗は広開土王・長寿王の時に最強になった。新羅は6世紀に急成長し、朝鮮半島の中心部の漢江を占有して、中国との交易が可能になった。7世紀に入ると東アジアの国際関係は唐と新羅の連合と百済・高句麗・倭国・突厥の連合関係が成立した。唐と新羅の連合軍は660年に百済を668年には高句麗を滅ぼした。しかし唐は新羅も服属しようとした。676年の戦争で唐を追い出したが新羅は高句麗の領土は獲得しないまま、北部は唐によって安東都護府が設置された。一方、渤海は高句麗の滅亡後に高句麗遺民の大祚栄によって698年に建国された。渤海は朝鮮半島北部から現在の中国東北部、ロシア沿海州にかけて存在した国家である。渤海は建国後、満州の唐軍を追い出し、732年には山東半島を攻撃した。高句麗を滅亡させた新羅との関係はよくなかったが後には友好関係を維持した。渤海は日本に遣日本使を派遣し、日本も遣渤海使を派遣して日本との関係は友好だった。
用語使用について[編集]
南北国時代という用語は朝鮮の歴史を区分する用語であり、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国で使われているが、渤海をめぐる中国と韓国・北朝鮮の葛藤が残っている。南北国時代という用語が初めて登場したのは新羅後期の学者の崔致遠の『崔文昌侯全集』と高麗時代に書かれた『三国史記』の記録で渤海を北国、新羅を南国だと記録していることから始まる。そして高麗の文人の李承休の『帝王韻紀』には渤海を朝鮮(韓国・北朝鮮)の歴史で認識している。具体的に南北国時代の用語を使おうと主張したのは李氏朝鮮の正祖の時、学者の柳得恭によって主張された。当時の李朝には実学思想が広まっていた。とくに柳得恭は中国と日本の歴史書を参考して『渤海考』を著述して渤海が失ってしまった朝鮮民族の歴史だと考えた。そしてこの時から南北国時代という用語が登場し、今の韓国や北朝鮮の歴史書に使われている。
しかし中国は高句麗と渤海が中国に朝貢した自国の地方政権だと主張している。一方、ロシアでは朝鮮民族(高句麗系遺民)と靺鞨族の国家であるという意見と中国・韓国のどちらでもない第3の民族(満州の遊牧民族)の国家だと見る意見があり、渤海をめぐる隣国の戦いは解決されていない。日本では、中国の地方政権であるという見解を取る専門家は僅少であり、多くが渤海の歴史は朝鮮史でありかつ満州史であるというロシアと朝鮮の中間的見解を取っている。
批判[編集]
韓国と北朝鮮は渤海を自国の歴史だと認識し、高麗や李氏朝鮮の時から主張され20世紀の朝鮮の歴史家の申采浩によって確立された歴史観と主張している。後で朝鮮民族のナショナリズムの高揚と共に東アジア古代史における高句麗とそれを継承した渤海は朝鮮民族の歴史的なシンボルとされた。韓国の場合は高句麗と渤海は韓国史であることを強く主張し、韓国史との密接な関連付けに否定的な日本や、中国史の一部と扱う中国に対して批判を強めている。一方、
中国では渤海は唐の冊封体制下の地方政権であり、渤海滅亡後の版図は金に継承され、最終的に現代中国へと継承されているとし渤海のみならず高句麗も韓国史との明確な区別をする歴史観を主張している。一部では東北工程との関連が主張され、将来朝鮮半島が統一された際の中国国内の朝鮮族の帰属問題を予め牽制するとともに、チベットやウイグル、台湾という周辺地域への独立問題を未然に防止する政治的な意図が含まれているものとも考えられている。
中国、韓国、北朝鮮がいずれも自国中心の歴史観に依拠した主張している政治的な歴史観であり、これらの問題での妥協点を探ることは現在困難である。
関連項目[編集]
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