三韓

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三韓
Map ofThe east barbarian 1.png
各種表記
ハングル 삼한
漢字 三韓
英語 Samhan
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三韓(さんかん)は、紀元前2世紀から4世紀にかけての朝鮮半島南部に存在した部族とその地域。朝鮮半島南部のことを韓と言い、風俗や言語によって大きく3つに分けられたことから三韓と呼んだ。朝鮮南部の三韓の「韓」の由来については諸説あり、山東半島にいた韓族ともいうが、明確でない。

[編集] 三韓の地域

辰韓と弁韓とは居住地が重なっていたとされるが、実際の国々の比定地からみるとほぼ洛東江を境にして分かれているのが実態である。

辰韓の12カ国は「辰王」に属していたが、辰王は馬韓人であった。

[編集] 備考

朝鮮歷史
朝鮮の歴史
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* 大韓民国指定国宝
* 朝鮮半島を中国とみなす記述
Portal:朝鮮

日本書紀』では、百済、新羅、高麗(高句麗)の三国を三韓と呼んでいた。『日本書紀』だけでなく、唐でも三国を三韓と呼ぶ事があった[2]。朝鮮半島でも新羅時代から朝鮮時代まで三国を三韓と見て、自国を三韓と呼んだ。大韓帝国の「韓」も三国を指す[3]

現在のような三韓論を主張したのは韓白謙が最初であり、実学者たちによって定立された。


[編集] 脚注

  1. ^ 『後漢書』弁辰伝、弁辰與辰韓雜居 城郭衣服皆同 言語風俗有異
  2. ^ 『旧唐書』百済伝
  3. ^ 『朝鮮王朝実録』高宗36卷、34年10月13日
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