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韓 当(かん とう、? - 226年)は、呉の武将。字は義公。子に韓綜がいる。
遼西郡令支県の人で、弓術・馬術・体力に優れていた。孫堅・孫策・孫権の三代に仕え、劉勲討伐、黄祖討伐、赤壁の戦い、関羽討伐、夷陵の戦い、魏との三方面での戦いなどに参戦して武功を挙げた。石城侯・昭武将軍・冠軍太守・都督となった。
地方で軍の指揮をとる時は、将兵を励まして一致団結して守りを固め、法令を遵守したので、孫権に信頼された。
敢死・解煩兵(呉軍の特殊部隊)一万人を率いて、丹楊郡の賊を討伐し破った。それから間もなくして病気のため死去した。