孫乾
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孫 乾(そん けん、生没年不詳)は、後漢末期に劉備に仕えた政治家。外交官として有能であった。字は公祐。2世紀末から3世紀初頭にかけて活躍した。
北海郡(山東省)の人。正史によれば、学問の師とされる同郷の鄭玄の推挙で、豫州刺史となった劉備の参謀(従事中郎)として仕えた。『三国志演義』では、最初陶謙に仕えていて、その死後劉備に仕えてたことになっているが、正史によれば、陶謙には仕えておらず、劉備への仕官も約1年ほど早い。主に袁紹や劉表などに対する外交交渉でその手腕を発揮し、劉備からの信頼を得ている。
劉備が蜀を領有した直後、秉忠将軍に昇進したが、間もなく病を得て死去した。
彼の没年に関しては、214年末か215年の初めの頃と思われる。

