馬韓

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
馬韓
Map ofThe east barbarian 1.png
各種表記
ハングル 마한
漢字 馬韓
英語 Mahan
テンプレートを表示
朝鮮歷史
朝鮮の歴史
櫛目文土器時代
無文土器時代

箕子朝鮮
辰国
三韓


箕子朝鮮

衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 馬韓

漢四郡
三国 任那 百済 高句麗
新羅
熊津安東都護府
南北国 統一
統一
渤海
後三国 新羅 後百済 後高句麗 渤海
高麗
双城 東寧 耽羅
元朝
高麗
李氏朝鮮
大韓帝国
日本統治時代
連合軍軍政期
大韓民国 朝鮮民主主義人民共和国
Portal:朝鮮

馬韓(ばかん)は、紀元前2世紀末から4世紀中葉に、朝鮮半島南部に存在した部族集団である三韓の一つ。帯方郡の南、黄海に接し、東方は辰韓(後の新羅)、南方はに接していた。後の百済と重なる場所にあった地域である。

馬韓人は定住民であり、穀物を植え、養蚕を行っていた。それぞれの部族には酋長がおり、大きな部族の酋長を臣智(しんち)と言い、それに次ぐものを邑借(ゆうしゃく)と呼び、集落に城郭は無く、五十余国が存在した。その内の伯済国が百済になったとする説もある。

後漢書』辰韓伝、『三国志』魏書辰韓伝によると、秦の始皇帝の労役から逃亡してきた秦の遺民がおり、馬韓人はその東の地を割いて、彼らに与え住まわせ辰韓人と名づけたという。また、『三国志』魏書弁辰伝によると、馬韓人と辰韓人は言語が異なっていたという。

後漢書』には「初、朝鮮王準為衛滿所破、乃將其餘衆數千人走入海、攻馬韓、破之、自立為韓王。(初め、朝鮮王準が衛満に滅ぼされ、数千人の残党を連れて海に入り、馬韓を攻めて、これを撃ち破り、韓王として自立した。)」と記されており、衛満箕子朝鮮を滅ぼした際に箕子朝鮮の最後の王、準王は数千人を率いて逃亡し、馬韓を攻め落として韓王となって馬韓を支配したという。

馬韓54カ国[編集]

関連出所。[1]

  • 感奚国
  • 監奚卑離国
  • 乾馬国
  • 古臘国
  • 古離国
  • 古卑離国
  • 古爰国
  • 古誕者国
  • 古蒲国
  • 狗盧国
  • 臼斯烏旦国
  • 狗素国
  • 狗奚国
  • 內卑離国
  • 怒藍国
  • 大石索国
  • 莫盧国
  • 萬盧国
  • 牟盧卑離国
  • 牟水国
  • 目支国
  • 伯濟国
  • 辟卑離国
  • 不彌国
  • 不斯濆邪国
  • 不雲国
  • 卑離国
  • 卑彌国
  • 駟盧国
  • 桑外国
  • 小石索国
  • 素謂乾国
  • 速盧不斯国
  • 臣濆活国
  • 臣蘇塗国
  • 臣雲新国
  • 臣国
  • 兒林国
  • 如來卑離国
  • 冉路国
  • 優休牟涿国
  • 爰襄国
  • 爰池国
  • 一難国
  • 一離国
  • 日華国
  • 臨素半国
  • 咨離牟盧国
  • 支半国
  • 支侵国
  • 捷盧国
  • 楚離国
  • 楚山塗卑離国
  • 致利鞠国

脚注[編集]