労働

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

労働(ろうどう、: Labor)とは、

  • からだを使って働くこと[1]
  • 経済学人間自然に働きかけて、生活手段や生産手段などをつくり出す活動のこと[2]

概説[編集]

人間と自然との関係にかかわる、ある種の過程を「労働」と呼んでおり[3]、人間が自身の行為によって、自然との関係を統制し、価値ある対象を形成する過程を「労働」と呼んでいるのである[3]

人間というのは古今東西、つまり太古の昔から現代にいたるまで、どの地域でも、何らかの生産活動をして生きてきた[4]。実は、そうした生産活動を「労働」だと解釈するようになったのは、近代以降のことである[4]

生産活動は、いつの時代であれ、何らかの表象体系(意味づけの体系)と関わりがある[4]。人間が行っている現実の生産行為とそれを包みこんでいる表象とは、バラバラではなく、一体として存在している[4]。別の言い方をすると、何らかの生産活動があれば、それを解釈し表現する言葉が伴うことになり、こうした言葉には特定の歴史世界像(世界観)が織り込まれているのである[4]。労働について語る、ということは、言葉で織り成された労働表象を語ることでもある。人間が自然との間に、生産活動を通しつつ関係を持つということは、こうした表象に端的に現れているような、ある時代特有の世界解釈を身をもって生きることでもある[4]。(→#歴史

資本主義社会では、労働は倫理的性格の活動ではなく、労働者の生存を維持するためにやむをえなく行われる苦痛に満ちたもの、とされるようになった[5]マルクス主義においては「資本主義社会では、生産手段を持たない多くの人々(=労働者階級)はみずからの労働力商品として売らざるを得ず、生産過程に投入されて剰余価値を生み出すため生産手段の所有者(=資本家階級)に搾取されることになる」と説明されるようになった[3]。(→#歴史

現在、国際労働機関では、望ましい労働の形としてディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現を目標に挙げている。


歴史[編集]

未開社会[編集]

未開社会(現代文明の感化を受けていない社会)の人々も、昔も今も、文明化された現代人と同様に生産活動を行っている[4]。生産形態が狩猟採集であれ、農耕であれ、人々は生活手段を獲得して、それを共同体のメンバーに分配する[4]。未開人の生産活動と、現代人の「労働」とは、見かけは同一のようではあるが、その生産活動を実際に生きて解釈するしかたというのは、現代人のそれとは異なっている[4]。未開社会の生産当事者にとっては、生産活動は宗教芸術倫理を生きているのであって、決して文明人が言うところの「労働」をしているのではない[4]

古代ギリシア[編集]

ヘシオドスの文献に書かれているように、農業活動は同時に宗教的行為であり、また共同体の規範が重層した倫理であった[4]。近代的な意味での「労働」ではなかった[4]

また、古代ギリシアのポリスで活動していた職人らの生産活動は、テクネーポイエーシスと呼ばれていたのだが、それは事物の本性が現れる事態に立ち会う行為、であって、持続的有用物を製作し、それを通じ閉じた宇宙の中で自己の位置を確認し、またそれを他人から承認されることであった[4]。つまり現代人が言うような「道具によって自然を制服する労働」ではなかったのである[4]

旧約聖書[編集]

旧約聖書の一書、創世記第3章19節では労働はアダムに科したである、とされた[6][7]、と説明されることもある。

第3章19節:(省略)あなたが大地に戻るまで、あなたは顔に汗して、食物を得ることになろう。(以下略)[7]

プロテスタンティズム[編集]

プロテスタントは労働そのものに価値を認める天職の概念を見出した。この立場では、節欲して消費を抑えて投資することが推奨される。このようなプロテスタンティズムの倫理こそが史的システムとしての資本主義を可能にしたと考えた者にマックス・ウェーバーがいる。ただ、スイスの宗教改革者達の意見によれば、キリスト教宗教改革16世紀中世末期))時、ローマ教会の「むやみやたらに施しを与えるという見せかけの慈善を認めていた」ことに対抗するために「真のキリスト教徒は勤勉と倹約の徳を」と強く主張しなければならなかった背景があったという[8]ヨーロッパの国家はその影響により、「労働は神聖なもの」「働くことは神のご意志」とされていて、労働しない者は国家に反逆するもの(国家反逆)とされていた。たとえばフランスでは1656年に「一般施療院令」とその強化令が発せられ、労働をしない者を(らい)施療院だった建物を転用して収容した[9]

マルクス経済学[編集]

労働価値説に基づくマルクス経済学では、労働そのもの・労働手段・労働対象の各々は労働過程を構成する。この労働過程は、人間と自然との間の物質代謝の一般的な条件(マルクス)であり、自然を変化させて生活手段を作り出すばかりでなく、自分自身の潜在的な力をも発展させる。いわば道具を作る動物a tool-making animal(フランクリン)として人間を捉えるこの立場からは、労働手段の使用こそが人間の労働の本質であって、人間を動物から区別するものは労働である(しかし、現実には理論的に動物と人間は区別できない。人間は動物の部分集合なのである。)。労働行為は超歴史的なものとされ、これがいかに社会的制約を受けるかという視点から歴史哲学にも連結する。また私的な労働は、その成果である生産物が商品として交換されて社会的労働となることによってはじめて、社会的分業の一部となる。またラテン語のalienato(他人のものにする)に由来する疎外された労働が語られる。

近代経済学[編集]

近代経済学では、労働は家計(労働供給側)における非効用として捉えられる。この立場では、労働は節約されるべき費用であるにすぎない。反対に余暇は効用として捉えられているが、これは主として個人的な私生活における娯楽を想定したもので、古代ギリシアにおける公共生活に携わるための閑暇とは異なるものである。

日本の法律[編集]

日本国憲法においては、労働基本権労働運動、「勤労の義務、権利」などの概念や規定が記されている。

労働基準法労働組合法労働関係調整法男女雇用機会均等法最低賃金法労働安全衛生法労働契約法

国際労働基準[編集]

国際労働基準は、国際労働機関(ILO)が制定した条約・勧告の総称である。ILOでは人類の平和と継続的な発展のために人道的な労働基準の決定とその基準を国際的に守ること(すなわち国際労働基準)が必要であるとしている。その根拠として二つ挙げられている。

まず、労働基準を定める理由としては、不正・劣悪な労働条件が社会不安や貧困を引き起こす原因となり、多くの人民に困難や苦しみを与えるばかりでなく、結果として紛争や戦争の原因となり世界の平和を脅かすこととなるからである。

また、国家単位でなく国際的に決定する理由として「いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となるから」(ILO憲章より引用)である。障害となる根拠としては労働条件を守らないことで不当に製品の金額が安くなる(ソーシャルダンピング)などが挙げられる。

しかし、日本は常任理事国でありながら下記条約のほとんどを批准しておらず、現在有効な条約183のうち48条約しか批准していない。下記条約のうち批准しているものは最低賃金決定制度(第26号・第131号)のみであり、労働時間・休暇に関してはひとつも批准していない。

具体的な労働条件としては以下のようになっている。

労働時間(第1号・第30号・第47号)
労働時間は一日あたり8時間以内、かつ一週あたり48時間以内とされている。適用されない者としては「監督の立場にある者」や「秘密の事務に従事している者」などである。また、特定条件のもとでは特定日に8時間を越えたり、特定週に48時間を越えたりすることは許されるが、この場合でも3週間の労働時間の平均が1日8時間・1週48時間を超えてはいけない。業種により多少の違いがあるが、工業・商業・事業所など通常の労働者に対して同程度の労働時間となっている。
休暇(第14号・第18号・第132号)
週休は週に一日以上。有給休暇は1年勤務につき3労働週(5日制なら15日、6日制なら18日)以上となっている。また、休暇は原則として継続したものでなければならないが、事情により分割を認めることもできる。ただし、その場合でも分割された一部は連続2労働週を下回ってはならない。また、「休暇権の放棄等は国内事情において適当である場合は禁止または無効とすること」となっている(フランスでは休暇権の放棄は禁止されている)。
賃金(第26号(日本も批准)・第95号・第131号(日本も批准))
すべての賃金労働者に対して最低賃金を定め、かつ随時調整できる制度が必要である。最低賃金としては、労働者が家族を養える一般的賃金や生活費や社会的集団の生活水準を考慮したものでなければならず、また、経済的な要素(生産性や雇用の維持・発展性など企業側から見た要素)も考慮しなければならない。最低賃金制度の設置、運用及び修正に関しては、関係ある代表的な労使団体と十分協議する必要がある。

労働者の定義[編集]

労働者[編集]

  • 労働基準法第9条では「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義される。
    • 使用者の指揮命令を受けて労働力を提供し、その労働の対価として賃金を支払われる者は、本条でいう「労働者」に当てはまる。契約の形や名称にかかわらず、実態としての雇用契約(民法第623条)が締結されていると認められるかどうかが基準となる。また第116条で労働基準法の適用が除外される者が列記されている。
  • 労働安全衛生法第2条では「労働基準法第9条に規定する労働者(同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人を除く。)」と定義される。
    • 労働安全衛生法と労働基準法とは一体としての関係に立つことから、本条の労働者の範囲は労働基準法と同一と考えてよい。
  • 労働契約法第2条では「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」と定義される。
    • 本条でいう労働者の範囲は労働基準法とほぼ同一であるが、労働契約法では家事使用人が適用除外となっていない点で労働基準法とは異なる。
  • 労働組合法第3条では「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」と定義される。
    • 本条では労働基準法とは異なり「使用される者」という要件が課されていない。したがって失業者も含まれるものとされ、また勤務時間の管理を受けず時間的・内容的に自由に業務遂行を行う者も含まれうる。
  • 職業能力開発促進法第2条では「事業主に雇用される者(船員職業安定法 (昭和23年法律第130号)第6条第1項に規定する船員を除く。第95条第2項において「雇用労働者」という。)及び求職者(同法第6条第1項に規定する船員となろうとする者を除く。以下同じ。)をいう。」と定義される。

法律により労働者の定義は異なっている。例えば、労働基準法では、失業者や求職者は労働者に含まれないが、労働組合法および職業能力開発促進法では失業者も含まれる。この理由は、労働基準法が使用者と労働者の間での労働基準を規定した法の観点によるからである。

勤労者[編集]

勤労者財産形成促進法第2条において「職業の種類を問わず、事業主に雇用される者」と定義される。労働者、船員その他これらの者と同等の関係にある国家公務員地方公務員は勤労者である。
自営業主や家内労働者、労働基準法等で労働者として取り扱われない者は、概ね、勤労者ではない。

奉仕者[編集]

日本国憲法第15条において、すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではないとし、公務員が奉仕者としての立場にあることを明確にしており、国と公務員は労働契約を結んでいないという立場で、労働関連法規を適用していない。
奉仕とは、本来、報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の活動を行うことをいう。奉仕者とは、労働の対価として賃金を受け取る者では無い。このため、公務員への支払いに所得税を課税することには問題がある。そして、公務員は労働者の定義には該当しない。
また、民間の労働者とは違うので、公務員のいわゆる「労働」条件を民間とあわせるべきという法律上の根拠や理論的根拠は存在しない。
しかしながら、近年では、ストライキ権など公務員に労働観関係法規を適用しようという動きもあり、「労働」時間や賃金水準については先行して民間の労働者に準拠させる動きが強まっている。

未組織労働者[編集]

労働組合に参加していない労働者。

労働者の権利[編集]

国際労働機関では、労働者の基本的権利に関する原則として次のものを挙げ、加盟国に(個々の条約の批准・未批准に関わりなく)推進かつ実現する義務を課している。

(a)結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認
(b)あらゆる形態の強制労働の禁止
(c)児童労働の実効的な廃止
(d)雇用及び職業における差別の排除

労働関係の機関[編集]

就職[編集]

職業[編集]

労働組合[編集]

労働形態[編集]

以下のようなものがある[要出典]

賃金を得ない活動はボランティアと呼ばれる[要出典]

情報通信ネットワークの発展につれ、IT機器等を活用して働くテレワークというワークスタイルなどが出現し、労働の形態は多様化しつつある。

労働政策[編集]

脚注[編集]


出典
  1. ^ 大辞泉
  2. ^ 広辞苑 第五版 p.2845
  3. ^ a b c ブリタニカ百科事典
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n 哲学思想事典 pp.1736-1737
  5. ^ 基本的人権3 東京大学社会科学研究所 東京大学出版会 1968年 p201-202
  6. ^ 知識ゼロからの聖書 大島力 幻冬舎 2011年 ISBN 9784344902244 p28-29
  7. ^ a b 水墨創世記 司修・画、月本昭男・訳 岩波書店 2011年 ISBN 9784000237260 p26
  8. ^ 宗教と資本主義の興隆、上巻―歴史的研究― リチャード・ヘンリー・トーニー著 出口勇蔵・越智武臣訳 岩波書店 1956年 ISBN 9784003421116 p183
  9. ^ 精神障害のある人の人権 関東弁護士会連合会 明石書店 2002年 ISBN 9784750316215 p39-40

参考文献[編集]

関連項目[編集]