ワーキングプア
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ワーキングプア(working poor)とは正社員並み、あるいは正社員としてフルタイムで働いてもギリギリの生活さえ維持が困難、もしくは生活保護の水準にも満たない収入しか得られない就労者の社会層[1]のことである。
直訳では「働く貧者」だが、働く貧困層と解釈される[2]。
これまでに見られた典型的な失業者をはじめとする貧困層とは異なり、先進国で見られる新しい種類の貧困として2006年以降、問題視された。
ここでは特に断り書きがない限り、日本での事例について述べる。
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[編集] 不明確な定義
ジャーナリズムから出た用語であるため学術的な定義があるわけではなく、政府および法令上でも明確な定義づけを行っていない。2007年10月4日の第168回通常国会本会議で当時の内閣総理大臣福田康夫は
「いわゆるワーキングプアについては、その範囲、定義に関してさまざまな議論があり、現在のところ、我が国では確立した概念はないものと承知している。これまでに、いわゆるワーキングプアと指摘された方々は、フリーター等の非正規雇用、母子世帯、生活保護世帯等であって、このような方々の状況については、既存の統計等によってその把握に努めるとともに、働く人全体の所得や生活水準を引き上げつつ、格差の固定化を防ぐために成長力底上げ戦略に取り組むなど、対応を図っているところである」
と答えた[3]。
厚生労働省の勤労者生活課長は、2007年7月31日の「平成19年度第3回目安に関する小委員会議事録」において、
「ワーキングプアということ自体の確立した定義がないので、どこがワーキングプアとは統計的にはなかなか言えない」
と述べている[4]。
経済協力開発機構(OECD)は2009年の雇用見通しのなかで、日本では現在の景気低迷以前から、ワーキングプア(働く貧困層)が、貧困層の80%以上を占めていたと指摘。これは、OECD加盟諸国平均の63%を大きく上回っている。また、日本は職に就いている人が最低1人以上いる家計に属する人の11%が貧困だと指摘。OECD加盟国のなかでトルコ、メキシコ、ポーランド、アメリカに次いで5番目の高さとなっている。そして、日本の税と所得再分配制度は、「労働者の貧困緩和にはほとんど効果をあげていない」と述べている[5]。
[編集] 経緯
1990年代以降のグローバリゼーションの流れに対応して、政府・財界の主導のもと、労働市場の規制緩和・自由化がすすめられた。派遣労働の段階的解禁はその表れだが、その他パートや契約社員含め、非正規雇用の全労働者に占める割合は90年代後半以降一貫して増え続けている。これら非正規雇用は企業にとっては社会保障負担の軽減や、雇用の調整弁としての活用という点で、人件費を大幅に削減することを可能にする。したがって、労働者から見ると、多様な就業形態を可能にする一方で、雇用の継続は不安定で、雇用保険や労働災害といった社会保障も正社員に比較して不十分であることが少なくなかった。
他方、90年代の日本経済は長期停滞にあえぎ、リストラなどで職を失う労働者が続出した上、「就職氷河期」と呼ばれる世代は就職活動において正規雇用として職を得ることが困難となり、非正規の不安定な形で職に就くことが少なくなかった。日本の雇用慣行では新卒として正社員の職を得られなかった場合、その後に安定した職業に就くチャンスが少ないため、氷河期世代にはその後も長らく非正規雇用として働き続けている者も多い。
こうして、労働市場の流動化と経済の長期停滞といった要因が複合的に絡み合い、ワーキングプアに代表される低賃金労働者が増えていったと考えられる。
このような流れは少しずつ進行したが、大きく注目されたきっかけはNHKによる#ドキュメンタリーの放送である。
[編集] 規模
ワーキングプアにあたる所得の世帯数は2002年現在、日本全国で約650万世帯ほどと推定され2006年以降、社会問題として採り上げられるようになった。推計根拠は総務省の就業構造基本調査。これに基づいて試算すると、ワーキングプアの規模は次のとおり[6]といわれている。
労働者単位で見ると民間企業で働く労働者の平均年収は、1997年には467万円であったが、以降は減少傾向で推移しており、2006年の平均年収は435万円と9年連続で減少した。また、年収200万円以下の労働者も増加しており、2006年には1023万人、労働者全体の22.8%を占め、1985年以来21年ぶりに1000万人を突破した[7]。
[編集] 人件費削減
ワーキングプアが大量に発生した要因として、企業の人件費削減の流れが指摘されている。
企業は
- 賃金水準の抑制。法令で認められた最低賃金に近い額まで引き下げる。
- 安価な労働力確保を目的とした海外への進出
- 賃金の高い正社員の新規採用の削減
- 人件費が安価で売上等状況に応じて雇用調整を行いやすいアルバイトやパート、契約社員、派遣社員といった非正社員を増やす[8]
などにより、総人件費の抑制を図った。企業が労働者に支払った給与の総額は1997年には221兆円であったが、2007年には201兆円にまで減少している。[9]なお非正社員への置き換えについては製造現場への派遣行為を禁じていた労働者派遣法旧規程が2006年に緩和された事による、大企業の製造現場における偽装請負といった法令違反も発覚した。
- 賃金水準の抑制
- 労働者の賃金水準は、低下傾向にある[10]。
- 賃金の高い正社員の新規採用を減らす
- 新規採用の減少については、リクルートワークス研究所の公表資料を参照。
- 正社員の採用については新卒が主流なため、新卒で就職できなかったりあるいはいったん正社員となっても自発的な離職、倒産やリストラなどの非自発的離職で職を失うと特別な技能や国家資格などがあるか、即戦力となれるだけの経験・技量がある(と求人先に認められた)場合を除き、定職に就くのは厳しく、ホワイトカラーでの就職はほぼ不可能であり、ブルーカラー全般の職種しか残されていない。また派遣・アルバイト等の経験がどれだけあっても責任ある仕事を任されないためキャリアとして認めない傾向が強く、正社員への道は極めて狭い[11]。
- 非正社員を増やす
- 非正社員の増加は、企業収益に関わらず、コスト削減等の競争力を維持を行いたい企業は非正社員でまかなえる業務は非正社員でまかなおうとする傾向があるため、構造的なものと言える。例えば、コンビニエンスストアにみられるように企業間のサービス競争の中で24時間体制(の深夜労働または年中無休)での労働になり、なおかつ最低賃金+割増賃金でしか雇用しないなど過酷な勤務も増えた。
- グローバル化により低賃金の中国人労働者などが競争相手となるため(累計経費を抑えられる海外発注にされる)、下請企業が受け取る代金は低下圧力を受けた。特に零細企業でその傾向が激しい[12]。アメリカではプログラマーなどの専門職ホワイトカラーですら人件費の安い中国、インドなどに仕事を奪われ、ワーキングプアに陥るケースが続出した。そのため、景気が回復しても安価な中国人労働者との競争の問題が克服されない限り非正社員が減るとは限らない。
[編集] 所得階層別の推移
所得階層の推移を見ると1998年以降、年間所得が300万円以下及び2000万円以上の階層の給与所得者が増加する一方で中間階層では給与所得者が減少している。
| 区分 | 1998年 | 2008年 | 推移 |
|---|---|---|---|
| 〜100万円 | 3,294 | 3,831 | 537 |
| 100〜200万円 | 4,639 | 6,844 | 2,205 |
| 200〜300万円 | 6,783 | 7,520 | 737 |
| 300〜400万円 | 8,118 | 7,771 | -347 |
| 400〜500万円 | 6,587 | 6,300 | -287 |
| 500〜600万円 | 4,796 | 4,347 | -449 |
| 600〜700万円 | 3,485 | 2,811 | -674 |
| 700〜800万円 | 2,428 | 1,991 | -437 |
| 800〜900万円 | 1,647 | 1,348 | -299 |
| 900〜1,000万円 | 1,103 | 875 | -228 |
| 1,000〜1,500万円 | 1,995 | 1,656 | -339 |
| 1,500〜2,000万円 | 394 | 355 | -39 |
| 2,000万円〜 | 177 | 224 | 47 |
| 合計 | 45,446 | 45,873 | 427 |
資料出所:民間給与実態統計調査(国税庁)
[編集] 外国での事例
外国では一般に、ワーキングプアの定義について「労働力人口のうち貧困状態の者」とされている。
アメリカ合衆国の連邦労働省労働統計局は、ワーキングプアを「16歳以上で1年間のうち少なくとも27週間以上、職に就いているか職を探すかしているにもかかわらず、公的な貧困線を下回る所得しか得られない者[13][14]」と定義し、1987年から調査を行っている[15]。2007年9月の報告書では、2005年のアメリカの貧困率は12.6%(3,700万人)で、このうち770万人がワーキングプアであると述べている[14]。
韓国では1997年の経済危機をきっかけに非正規化が一気に進み、韓国の非正規社員率は55パーセントで日本の過去最高である33パーセントを超えている[16]。
台湾では、2007年時点で人口の約1%にあたる22万人がワーキングプアとなっており、その数は増加傾向にあるという[17]。増加の要因は、派遣労働の増加にある[17]。
途上国の例では、国際労働機関が「労働力人口のうち一日の可処分所得が1US$以下の者」としている[18]。
[編集] 各国のワーキングプア解決への取り組み
ワーキングプアは日本だけの問題ではなく、他の先進国でも既に同様の問題が引き起こされている。
韓国では「非正規保護法」という派遣社員(非正社員)の増加を規制する法案を成立させた。これは2年以上勤めた非正社員を正社員化させなければならないものであり、違反した企業には最高1000万円の罰金という厳しい規制を課している。しかし、現実には「非正社員が2年勤務の法実施の直前までの期間雇用とした上で、再雇用をしない」という手法で正社員化を阻止する事例が増えており、非正規雇用の長期継続化が避けられる反面、雇用の継続自体を困難とする事態となっており、企業側にとって有利な抜け道と不備があるざる法で、実質的にはあまり効果が出ていない[16]。
アメリカでは州立大学に企業の講師を招き、最先端バイオテクノロジーに関する授業料を格安で低所得者に学ばせ、地域の安定した労働者に育て上げる取り組みがなされている。
イギリスでは若者に職業訓練を受けさせ、その期間中は生活費を支払い就職できるまで見守る取り組みが国を挙げてなされている。
日本ではワーキングプアに陥りやすい母子家庭の自立支援策として高等技能訓練促進費(養成期間の後半三分の一に一定額の給付を行う)という資格補助制度が導入されている。しかし実態に即していないなどの批判があり、予算の執行割合も低い[19]。
[編集] ドキュメンタリー
- NHKスペシャル
- モーガン・スパーロックの30デイズ 第1話:最低賃金で30日間(WOWOW 2006年3月19日)
- 地球特派員2006「アメリカ 格差社会の底辺で〜ワーキングプアの現実〜」(2006年11月19日 NHK BShi、12月3日 NHK BS1)
- BS世界のドキュメンタリー「貧困へのスパイラル」▽アメリカ格差社会の実態 前後編(NHKBS1。2005年アメリカ、パブリックポリシープロダクションズ/en:WGBH制作 2005年11月5日)
- このドキュメンタリーは3年以上にわたり、4つの家族に密着して取材している。
[編集] 脚注
- ^ 「改正最低賃金法が成立 ワーキングプア解消狙う」 朝日新聞 2007年11月28日
- ^ 「フルキャスト再び事業停止――厚労省方針 処分中に派遣」 朝日新聞 2008年9月29日付夕刊、第3版、第14面
- ^ 第168回国会本会議第5号(衆議院会議録情報)
- ^ 平成19年度第3回目安に関する小委員会議事録(厚生労働省、2007年7月31日)
- ^ OECD雇用アウトルック2009
- ^ 朝日新聞 2006年11月4日・週末特集be-b(青色)の「be word」という記事による。執筆者は都留文科大学教授の後藤道夫。元の正式論文は「過労をまぬがれても待っている「貧困」」 週刊エコノミスト 2006年7月25日号、P34〜36
- ^ 平成18年民間給与実態統計調査(国税庁)
- ^ 非正社員の増加、賃金の低さは2006年の読売新聞の特集「【連載】ワーキングプア」で取り上げられている
- ^ 国税庁『民間給与実態統計調査』
- ^ 国税庁『民間給与実態統計調査』
- ^ 正社員になりにくいことの出典としては、朝日新聞 2006年11月4日・週末特集be-b(青色)の特集記事がある。渋谷のヤング・ハローワークの話として「即戦力を求めがちな企業側はアルバイト経験しかない人材を好まない傾向」があり指導官が「未経験者でも育ててゆく姿勢でもう少し門を広げてほしい」と述べているが、これは法的な強制力を有するものではない。他にも同趣旨の記事は多く報道されている。単行本では岩波新書『格差社会』(橘木俊詔)や『労働ダンピング』(中野麻美、2006年)などを参照されたい。
- ^ 『NHKスペシャル』「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」(2006年12月10日放映)
- ^ A Profile of the Working Poor, 2000 (U.S. Department of Labor, Bureau of Labor Statistics, March 2002)
- ^ a b 井樋三枝子. "アメリカの貧困対策の現状、外国の立法、No.235、pp.186-196、2008年3月". 2009年4月26日 閲覧。
- ^ A profile of the working poor(MONTHLY LABOR REVIEW ONLINE, October 1989, Vol. 112, No. 10)
- ^ a b 『NHKスペシャル』「ワーキングプアIII 解決への道」(2007年12月15日放映)
- ^ a b 「貧困層が22万人を越える、ワーキングプア増加が主因―台湾」 Record China 2008年2月26日
- ^ Nomaan Majid. "The size of the working poor population in developing countries, EMPLOYMENT PAPER, 2001/16". 2009年4月26日 閲覧。
- ^ 「母子家庭「使えぬ」就業支援」 朝日新聞 2007年10月22日
[編集] 文献
- バーバラ・エーレンライク 『ニッケル・アンド・ダイムド ― アメリカ下流社会の現実』 曽田和子 訳、東洋経済新報社、2006年7月、ISBN 4-492-22273-1
- ポリー・トインビー 『ハードワーク ― 低賃金で働くということ』 椋田直子 訳、東洋経済新報社、2005年6月、ISBN 4-492-22264-2
- 原著:Polly Toynbee, Hard Work: Life in Low-pay Britain, January 2003
- デイヴィッド・K・シプラー 『ワーキング・プア ― アメリカの下層社会』 森岡孝二 訳、岩波書店、2007年2月、ISBN 978-4-00-025759-6
- 原著:David Shipler, The Working Poor: Invisible in America, February 2004
- 門倉貴史 『ワーキングプア ― いくら働いても報われない時代が来る』 宝島社、2006年11月、ISBN 4-7966-5533-6
- NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班 『ワーキングプア ― 日本を蝕む病』 ポプラ社、2007年6月、ISBN 978-4-591-09827-1
- 湯浅誠 『貧困襲来』 山吹書店(人文社会科学書流通センター扱い)、2007年7月、ISBN 978-4-903295-10-7
- 布施哲也 『官製ワーキングプア―自治体の非正規雇用と民間委託』 2008年6月、ISBN 978-4-8228-0870-9
[編集] 関連項目
- 一億総中流
- オンコールワーカー
- 格差社会
- 蟹工船(貧しい労働者を描いた小説)
- 下流社会
- 公共職業安定所
- 歯科医師過剰問題
- 自己責任
- 市場原理主義
- 車上生活者
- 職務給
- 新自由主義
- 俗流若者論
- 同一労働同一賃金
- 年越し派遣村
- ニート
- ネットカフェ難民
- 貧困の再生産
- 貧困の文化
- プラウト主義経済
- ブラック企業
- プレカリアート
- マックジョブ
- ホームレス
- 労働基準監督署
[編集] 外部リンク
- キーワード「格差社会/ワーキングプア」(しんぶん赤旗)
- 大揺れ雇用(ヨミウリオンライン特集)
- 「働けど貧困」(アサヒコムニュース特集)