拘束

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語義

【(公信性が伴い、法的強制力も強い)国会審議や法令での定義、又は最高裁規則による説明(人身保護法の場合)】

「拘束」とは人身(身体)の自由を奪ったり、又は制限すること。

(「・・・制限される如何なる場合をも含む」とする《拘束される観点の言葉使い》下記、【国会による定義】での国会議事録参照や、人身保護規則3条《拘束する観点の言葉使い》参照。)

尚、刑事事件によって発生した拘束であっても、その拘束が不当だという主張で自由回復を請求する人身保護法による裁判は、原則として民事訴訟法の手続でされる。《 人身保護規則 33条、46条》)

また、「身体の自由を拘束」する場合の一部として「身体の拘束」がある。つまり、単純に体を動かなくさせられる場合にも、拘束という言葉を使う。その際に使われる道具を「拘束具」と呼ぶ。

【語義としては公信性は上記に比べて、やや希薄な社会通念的な語義】

さらに、比喩的な用例としては、就職活動などで、人材確保のために行われる内定者の囲い込みのことを俗に拘束という。

「身体の自由を拘束」(人身保護法2条)

 憲法18条、同31条、同34条などで保障される「人身(身体)の自由」(人身の自由) について、「拘束」という概念を利用して「拘束されてない状態が身体が自由な状態」と背理法で定義、権利保障せんとしたのが人身保護法(2条)、人身保護規則(3条)である。

【「行動」という用語による「拘束」の語義解釈について】

一、岩波広辞苑(第二版八刷)

行動:「①或る事を行うこと。しわざ、おこない。②人や動物の、外部から観察しうる全体的な反応。」

(の意味なら・・・

1、内臓器官の動作などは「しわざ、おこない」とは言えず、更に外部から観察もしえない。

2、よって、この語義では内臓器官の動作などは「行動」には含まれない。

3、一方、内臓器官などの外部から観察しえない身体各器官でも、すべての身体各器官の動作の自由の権利も保障してるのが憲法以下の法全般である。

(原則として英米法の憲法3章では、法令で禁止、制限されてない行為、諸活動は自由である。

その延長として、そもそも人間の創造性を認め、手続(法)を重視する英米法の憲法の直接付属法である人身保護法では「人身の自由」についても、「行動」などの概念によって具体的な直接定義する思想ではない《憲法においても各自由の権利は概念による定義だけ》ので、手続法として、「身体の自由とは・・(行動の)自由だ。」と具体的には直接的定義はせず、「拘束以外が自由」という論理、つまり背理法で定義しようとしている。)

4、上記広辞苑での語義での「行動」という概念を基準にして自由の保障範囲とするのでは、「内臓の働きを奪ったり制限することは拘束(一種の犯罪)でない。」ということになり、それは根本的に憲法の権利保障の範囲に矛盾することだから(自由の保障範囲が狭くなり)国民にとって不適切であることは自明の理である。

である。)

ニ、他のネット上の説明では

http://www.naruto-u.ac.jp/~rcse/s_deadman/tsld002.htm

「死人にできないこと」

(の語義の場合なら内臓器官などの動作も含み広範な意味になる。)

などもあり、結局、社会通念としては、今日に至っても「行動」の語義は曖昧で不安定である。法令で明示的な定義もされてない。

よって、このような曖昧、不安定な語義の言葉を恣意的に使う法解釈(*1)手法は合理性に欠ける(合理的な論理展開、正しい筋道の追駆を阻害する)もので、社会的な混迷、混乱を誘導し、現実問題から乖離した(特に公的機関の)恣意的で誤った法運用を誘導する社会的な不正義である。

(*1例:仙台高裁平成八年人ナ第二号人身保護事件決定での解釈説明などの「身体に直接的な抑制が継続的に加えられることにより行動の自由が制限されている状態」のように「行動」という語句による解釈)

また、このような「行動」といったような曖昧、不安定な用語による「拘束」での語義解釈、法解釈は(下記、国会議事録参照)国会無視の恣意解釈であることも明らかである。


【関連法規との整合性】

更に、現実問題として、昨今での関連法規(例、ストーカー規制法など)との整合性にも欠けるものであって、現実問題から乖離した解釈となっていることも明らになってきた。

ストーカーは、他人の身体の自由に対して抑制を加えるものにしても、その抑制のしかたは、直接的でもなければ継続的でもない者が多く、しばしば言説すら発しない。しかし、いろいろな手段をもって局所において(官憲など他人が見てないところで)他人の動作などの自由を抑制したり奪うものである。

そのストーカ行為を禁じることが憲法違反とならないのは、身体に直接的な抑制を継続的に加える言動がなくても、局所において他人の動作の自由を繰り返し(直接的でもなければ継続的でもないが)抑制したり奪ったりする行為(たとえば、無言電話を何度もかけたり、何度も道路に待ち伏せて他人の自由な歩行などを抑制したり)が、身体の自由の権利を侵害する「拘束」の一種だからである。

よって、「拘束」の語義を「行動」という不安定、曖昧な概念だけで解釈することは、社会の実情にそぐわないことが最新の法整備の面からも明らにされている。


【人身保護法の由来】

(拘束の語義が狭義に定義解釈されるようになると、その社会はどういう結果をもたらすか、という経験則の歴史の記述。「歴史から学ぶ」ため。)

もともと、本邦の人身保護法の範となったのは、英国でマグナカルタ以来、醸成されていた人権思想が一段と明確になった英国の市民革命清教徒革命時代に生まれたヘイビアス・コーパス・人身保護法(イギリス)に由来する。

当時の英国社会で蔓延していた宗教差別、政治差別によって、身体を不当に拘束することによって訴訟詐欺(代表例としては準詐欺を利用した不当な遺産相続)などをする経済的弾圧や、宗教弾圧や政治的弾圧などのための拘束など反国教派に対する弾圧が、封建制から政教一致制(チャールズ2世体制)に至って激しくなり、それが契機となって市民革命清教徒革命として更に不満が噴出し、それまで続いてきた悪しき慣習も一機に見直され、その結果生まれたものである。

後、それは「信教の自由令」(「宗教的寛容の令」とも呼ばれる「The Act of Toleration 1689」)などの色々な権利保障制度を波及的に生じることになり、今日の英米法での近代的基本的人権保障制度の原型となった。

(以上、法案草稿者・小林一郎著「人身保護法概論」、国会証人としての証言など参照)

日本国憲法は、精神的自由(思想・良心、信教、学問などの自由)については、憲法18条を除けば、人身の自由より先の問題として扱い、また一般通念でもそのような優先順の価値観の国民が多いが、実際の英米法での歴史が証明するところでは、それら精神的自由の概念、保障制度は、人身保護法(イギリス)によって、人身の自由の保障制度が整備された後に発生、整備されたということである。


【出典なき「行動」の用語による語義狭義解釈の意図、法的効果】

一、そもそもかのような「行動」による解釈は、国会定義に反して「拘束」の語義を極めて意図的に狭義に解釈するために使用した恣意的な用語であって、とにかく、その意図がどのようなものだったにせよ、そのような用語による解釈では結果として国民の権利たる法益(この場合は特に身体の自由の権利)も必然的に不当、不正に狭められることになっている。

二、この法制度による司法による救済対象は「拘束」の語義が狭いほど少なくなる。つまり「なるべく仕事を減らしたい。」とか「なるべく仕事しないで済むようにしたい。」という司法役人にとっては拘束の語義が狭いほど都合がよくなる。

三、つまり、かのような「行動」による解釈だけでは、法曹全般をして「請求者は裁判所に来て救済請求したのだから行動の自由はあるわけで拘束されていない。」といったような、知能犯によるストーカーのような局所での狡猾な拘束(車椅子生活者や弱視者などの身体障害者や傷病者や老人、子供など、動作、行動面での身体的弱者に対する拘束や、彼らと面談や通話せんとする者の局所での動作、行動に対する拘束)を放置看過する職務怠慢や、差別による警察の民事介入、職権濫用や訴訟詐欺を正当化させたり、弁護士、裁判官の差別による故意の救済不作為による訴訟詐欺や未必の故意による傷害、殺人などの犯罪を正当化させる結果を招くことになることも、法の由来の英国や本邦での歴史的な教訓、経験則として自明の理である。

(小林一郎著「人身保護法概論」、国会議事録参照のこと)


【国連規約人権委員会の最終勧告での「懸念」の背景、関連性】

http://homepage2.nifty.com/jinkenken/kiyaku.htm

かのような「拘束」の語義での不正、不当な解釈は、国連規約人権委員会の最終勧告に述べられているように、「公権力による人権侵害」を正当化する為の解釈として利用されるということを示す典型例でもある。

国連規約人権委員会の最終勧告が出された根本的な原因は、中世、西欧の市民革命において発祥した、「公権力による人権侵害に対抗するための制度的枠組」、歴史的経験則を、まったく無視するような本邦での現行の法曹慣習にある。

つまり、そのような、国民の権利を公権力が侵害して放置、隠蔽するという公権力の性質に対して国連は経験則から、日本だけに限った問題ではないものとして、司法、法務、弁護士会など法曹三者の自浄作用に頼り切って公権力だけに法解釈を委ねるべきではないという観点から、「(公権力から)独立した機構」を設立することが必要と勧告している。

【法案草稿者の国会証言】

法案を草稿した小林一郎氏が国会証人として国会で説明したところでは、この身体自由の保障制度による法益は「動作の自由」とされ、「行動の自由」ではない。

保障される身体の自由が、語義曖昧な「行動」に対してでなく、「動作」に対してなら、外部からは見えない内臓器官を含む身体の各器官すべての働きに対しても保障され、歩行なども動作の組み合わせによる行為として保障されることになり、すべての身体(各器官)の自由が保障されることになる。

憲法36条で禁止される「拷問」や「残虐な刑罰」は、随意動作(隋意筋などの動作)に対してだけ禁止されるのではなく、身体各器官全ての不随意の動作(不随意筋などの動作)に対しても禁止されるわけであるから、敢えて「身体の自由」を直接的定義することが許されるなら、小林一郎国会証人(法案草稿者)の証言のように、身体自由の保障は「動作の自由」に対する保障とするのが正当である。

(仙台高裁の定義説明では裁判書のどこにも、法、規則について憲法違犯の意思表示はされていない。にもかかわらず明らかに国会定義とは全く異なる意味の恣意的解釈である。

つまりは国会のような相手が強い集団には諂うが、一方では陰では弱い立場の国民個人に対しては、密室裁判のドサクサ紛れで国会無視をするというように公信性が極めて希薄である。

つまり国会証人(しかも法案草稿者)の証言のほうが、密室裁判での恣意的定義する裁判官の言うことよりは、はるかに公信性が高い。


「…法益というものは、身体の安全というものではないのであって、動作の自由なんでございます。……」

(小林一郎証人・法案草稿者の説明として参議院司法委員会昭和23年3月23日国会議事録第五号)

【「身体に直接的な抑制が継続的に加えられることにより・・・」(仙台高裁)の解釈との対比】

国会が全会一致で採決した法案の審議の過程(下記国会議事録参照)では「拘束」の定義説明では、「軟禁など」や、「制限せられる如何なる場合も含める趣旨」、「廣い意味を表す用語として使用したのであります」と極めて広い意味として定義説明されており、「軟禁」の語義においてすら既に「身体に直接的な抑制が継続的に加えられること」でないことも明白であるから、よって仙台高裁による「身体に直接的な抑制が継続的に加えられることにより」の語義解釈は「拘束」の語義を不正に狭義に解釈し、もって法益の範囲を狭め国民の権利を不正に制限するように誘導する結果をもたらしたことが明らかである。

【国会による定義】

「…。自由を拘束されるということは、これは身體の自由が侵害せられるすべての場合を包含するのでありまして、逮捕、監禁、抑留、或いは抑制、拘禁、軟禁など、苟くも身體の自由を奪われ、又は制限せられる如何なる場合も含める趣旨であります。 拘束という文句は、この廣い意味を表す用語として使用したのであります 。…」

(昭和23年3月30日、参議院司法委員会・梶田専門委員による人身保護法案での語義説明、国会議事録第九号参照) 尚、衆議院も以下のように同様。

「…。『自由を拘束される』と申しまするのは、身体の自由が侵害されるすべて場合を包含するのでありまして、逮捕、監禁、抑留、抑制、拘禁、軟禁等々、いやしくも身体の自由を奪われ、または制限される如何なる場合をも含める趣旨であるのであります。拘束という文句は、この廣い意味を表す言葉として用いたのでございます。…」

(昭和23年5月27日、衆議院司法委員会・泉参議院専門委員が上記、参議院での説明と全く同じ語義で説明。国会議事録第二一号参照)

○尚、両院とも、人身保護法は上記の語義の前提に、司法委員会および本会議で総員賛成(全会一致)で可決されている。

参議院、衆議院での定義説明での相違点:

・丁寧語での相違点がある。

・「自由を拘束される」の部分で、参議院議事録では「」がついてないが、衆議院では「」つきとなっている。

「」の必要性は審議に参加する委員の音声では、速記係りは判断できないものである。

しかし、参議院の後に審議された衆議院の議事録では、「」は音声ではないのに、速記、筆記係りは、波風が立つかもしれないのに敢えて参議院とは異なって「自由を拘束される」と「」をつけて強調した記法にしている。

つまり、筆記(速記)係りは、そのように「」で強調するように、司法委員会での委員長や外議員らによって許される、か又は指図されるようになっていたことが覗える。

それは、「自由を拘束される」(政府側の調査委員による説明が「身体の拘束」ではなく、何故「自由を拘束」なのか)という概念、表現についての重要性の認識が審議の過程で、時の経過とともに司法委員会委員全般、国会議員全般、各会派全般にわたって浸透し、その表現の重みが増していった反映と推察される相違点である。

【法案草稿者の関連参考資料】

「身体の自由を奪い、または制限する一切の行為をさす。」、「拘束の有無は事実によって決せられるべきことがらであって、その呼称の如何を問わない。」「…広範囲の行動の自由を許しながら、その自由に制限を加える場合、所謂軟禁の場合も抱合する。」

(法案草稿者・小林一郎著「人身保護法概論」96頁)


よって、中世の西欧における市民革命に由来する人身保護法の法案草稿者や国会の意図、立法精神は、仙台高裁の「身体に直接的な抑制が継続的に加えられることにより行動の自由が制限されること・・・」などという「行動だけが自由」という前提で極めて狭義に解釈することによって結果として法益を狭めるのとは、全く逆の方向性をもっていたことが明らかである。

(上記の補足説明)

封建制

そもそも人身保護法(国会定義)は、戦前の特高などによる不当拘束の経験もさることながら、 それ以前、中世の英国(だけではないが)封建制の社会では地方の役人、地方の権威者が全てを定義・管理する非自由な社会だったという歴史的経験則を範としている。封建制から政教一致制に至り、反国教派による市民革命清教徒革命によって国王と国教の権限が減じられる一方、国会が確立された。そしてその法令では「身体の自由についても直接定義しない(自由は具体的に直接定義してはならない)」という、反封建制の経験則にも、もとづいている。 つまりマグナカルタ時代、生い立ち時には、封建制の時代では、「具体的定義で認められていない権利は存在しないこと」という文化だったから「人身の自由」などの保障は概念的にはマグナカルタなどで保障されていたが(明治憲法も同様)、それでは手続上での地方の役人や権威的立場にある人などの恣意解釈によって、いろいろな不当な拘束が蔓延したのでその解決策として人身保護法が生まれたのである。

(また「臣下の臣下は臣下でない」という封建制文化で生まれたゆえに、自由回復の救済請求は国王法院宛(現実的には「たてまえ」、形式になってるだろうが、日本でも本質的には初審から最高裁の監視つきで審理)となる。よって救済は地方行政権限でなく国王権限(国王軍)によってなされた。「人身保護法概論」参照)

とにかく、そこでは「自由」に対して具体的に直接的定義する記法をとれば、具体的定義されてなかった発見、発明など新たな活動行為に対して地方役人や宗教裁判は、「具体的に権利として認めていないから違法だ。」とか「聖書に書いてないから、それは邪教、魔法」とされた「封建制」の悪しき慣習の歴史の教訓にも、もとづいている。

しかし仙台高裁(司法)は封建制社会の定義手法に逆戻りする解釈手法をした。つまり国会や法案草稿者などは「拘束とは身体の自由を制限などする、あらゆること。拘束状態以外が自由な状態」と自由を背理法で定義したのに逆らって、仙台高裁は、「身体の自由とは行動の自由である。」という具体的直接定義を暗黙にしておいたうえで、その前提で「拘束とは行動を制限することだ。」と、封建制時代の自由の解釈に逆戻りする解釈手法をとったのである。

英米法の憲法の直接付属法(上記国会議事録参照)で手続法である人身保護法で、国民の代表者たる国会が全会一致で決めた「拘束」の語義が不正、不当に狭められることは、国会が禁止した人権侵害である拘束が、そのぶん正当化されることであって、それは同時に、公的機関の処分、執行や国民諸活動において「国民の権利」(憲法前文:自由のもたらす恵沢。国政の権威の由来である国民が享受すべき福利)が、そのぶん不正、不当に狭められることを意味する。

人身保護規則での語義説明】

規則3条では人身保護法2条で使われる「拘束」の語義について、上記、国会での定義の下に「逮捕、抑留、拘禁等」と「等」を使って省略形の表現で説明をしている

関連項目