怪獣映画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

怪獣映画(かいじゅうえいが)は、巨大な怪獣とそれがもたらすパニックを主題とした特撮映画のジャンル。

用語[編集]

怪獣映画は、いわゆる「秘境冒険もの」や「空想科学もの」の延長線上にある作品群と解釈されるが、その定義は必ずしも明確ではない[要出典]。日本では一つのジャンルとして独自の発展をとげてきたが、国外ではそのような発展を成していない。モンスター映画という表現もあり、ややイメージが違うが、類似の範囲を示す。また、アメリカでは『ゴジラ』をはじめとする日本製の怪獣映画を、従来の「monster(怪物)」という概念とは区別して「Giantmonster movie(巨大な怪物の映画)」と呼ぶ場合がある。

いずれにせよ、現代社会に実在しない巨大な、あるいは怪奇的な生物的存在をスクリーンに登場させるという概念は映画の黎明期から行われてきた。特に恐竜を登場させるものが古く、1910年代にアニメを含む数作が作られている[1]

怪獣の存在についてはSF的な設定が多いが、戦争あるいはファンタジー的な要素も織り込まれ、怪獣が暴れることで群集が起こすパニックが主眼となる場合もあるなど、ジャンルはいずれとも特定しがたいものがある。

反面、ストーリーについては『キングコング』(1933年)『ゴジラ』(1954年)などの古典的作品を踏襲している事が多い(詳細は後述)。『怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス』(1972年)や『モスラ』(1996年)など異質の展開を試みた作品はあるが定着をみていない。円谷英二は自らのテレビ用作品『ウルトラQ』(1966年)で新機軸を試み、これは『ウルトラシリーズ』ヘ結実した。また、東宝より後発ながら、大映ではガメラという独創的な怪獣キャラクターが作られ、その映画はシリーズ化された。これは子供を主人公にした、まさに「子供の為の怪獣映画」という新たな可能性を広げたが、大映の経営破綻によりシリーズは打ち切られてしまった。後年の新生大映による「平成ガメラ3部作」は旧ガメラシリーズよりもSF性の高い、やや異質なものとなっている。

日本におけるこのジャンルの出自が『ゴジラ』(1954年)であり、そのパターンを長く踏襲していたことから、怪獣映画は戦争のメタファーであると言われ続け、1990年代以降には意識的にそれを念頭に置いた作品が防衛庁の協力の元に製作されている。

技術面[編集]

20世紀初頭にはストップモーション・アニメーションによる撮影が一般的だったが、日本においては出自たる『ゴジラ』(1954年)で採用された着ぐるみが以後も主流となる。また怪獣の表情など細かい部分の演出では、機械仕掛けを使うメカトロニクス(アニマトロニクスによる撮影も併用された。さらに20世紀末になってコンピュータグラフィックスが技術的にもコスト的にも映画で使えるレベルになり、従来の撮影技法と併用して使われている。また、過去には(特に欧米において)小動物を撮影し、合成の段階で巨大生物にするといったような低予算な作品(主にB級映画トカゲ特撮とも呼ばれる)もある。

また、日本では『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964年)のキングギドラの3つの頭と2本の尻尾や『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(1967年)のカマキラスクモンガ、『ゴジラvsビオランテ』(1989年)のビオランテの触手等はピアノ線による操演技法を採用し、人が入れないシャープな造形の怪獣の登場や、腕にはめ込んでも再現できない部分の演出に成功しており、操演技法でのカマキラスとクモンガの動き(特に移動する動き)は現在のCG技術を以ってしても再現不可能と言われている。因みに、どの怪獣の操演も各関節のピアノ線を操作するのに20名以上(クモンガの場合は20名、キングギドラの場合は25名)の人員を必要とし、クモンガの時は小道具係や照明スタッフまでもがこれに駆り出され、操作場所となっていた天井からの操演スタッフたちの汗が雨のように降り注いだというエピソードは有名である。

現在、目覚しい発達を見せているCG技術だが、前述の通り、実際の撮影ではこれら諸技術を適宜組み合わせて使用しており、それで全てをまかなっているわけではない。たとえば『ジュラシック・パーク』では主として遠景のブラキオサウルスはCG、近景のティラノサウルスはメカトロニクス、ヴェロキラプトルは着ぐるみといった構成になっている(勿論、これも大まかな説明である)。日本の怪獣映画では、例えば『ゴジラ』において細かい動きが必要とされるシーンはストップモーションを使っており、『キングコング対ゴジラ』では生きたタコの接近撮影も使用している。最近の『ゴジラ』シリーズでも細かい動きや局所的なアップカットにはメカトロニクス、派手な特殊効果にはCGが使われている。

文芸面[編集]

ストーリー展開[編集]

怪獣映画というものを文芸的側面から見た場合、そのストーリー展開はおよそ二つのタイプに大別される。ひとつは『キングコング』に代表される様な「秘境への冒険」や「怪物の発見・捕獲」などを発端にした展開。そしてもうひとつは「水爆実験」や「環境汚染」、「薬害」、「宇宙探査」、「隕石落下」など科学的事象を発端にして、古生物の復活・現存生物の怪獣化・宇宙から未知の生物が襲来(または繁殖)といった、或る程度のSF性を持った展開である。東宝の『ゴジラ』をはじめとする日本の怪獣映画の場合、後者のタイプが多い。しかし、ゴジラの映画はシリーズ化されるにつれてSF性や人間ドラマが薄められ、ゴジラの活躍そのものを主軸にしてストーリーを転がし、次々に現れる新怪獣との対決を見せ場にした「怪獣対決もの」ともいうべき内容にシフトしていった。大映の『ガメラ』も同様であるが、ガメラの場合はむしろ子供たちに楽しんでもらう為の「現代のお伽噺」を目指し、明確な意図を持って怪獣対決路線へ進んでいった。 東宝ゴジラシリーズとは別の方向性を示す怪獣映画の模索を図り、外国資本を取り入れ、欧米で人気の古典的怪物「フランケンシュタイン博士の人造人間」に着想を得たホラー色の濃い作品『フランケンシュタイン対地底怪獣』、そして『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の2本を作ったが、この路線は定着しなかった。

「怪獣」の扱い[編集]

作中における怪獣の扱い方(「設定」および「描写」と言い換えても良い)についても、欧米と日本とではずいぶん違う。欧米の作品に登場する怪獣(または怪物)は生物学的な意味での敵、すなわち「人間の天敵」として扱われる場合が多く、したがって人や家畜を捕食する場面などで観客の恐怖感を煽る。しかし日本の怪獣映画の場合、怪獣それ自体があまりにも強大で、特殊な超能力を持っているのが当り前な作品が多く、怪獣の存在が明らかになった時点で「人類滅亡の危機」というスケールの大きな話になってしまう。つまり日本では怪獣は「人類社会をおびやかす敵」として描かれ、人類の文明に対する警告者、報復者、不条理な破壊者として観客を恐怖させる。その暴虐ぶりも欧米の怪獣とは違い、ビルを押し倒したり列車を転覆させたり船を沈めたり飛行機をたたき落としたりなど、人々が働いて作ったもの(すなわち「文明の利器」)を破壊することに終始する。こうした描写は日本製怪獣映画の特色ともいえるが、決して日本の作品に人畜を捕食する怪獣が皆無という訳ではない。また、欧米の作品にも文明破壊者的な大怪獣(イギリスの『怪獣ゴルゴ』など)は存在する。

代表的なモンスター[編集]

怪獣映画一覧[編集]

日本[編集]

日本以外[編集]

怪獣映画を作った人々[編集]

特技監督[編集]

音楽[編集]

  • 伊福部昭 - ゴジラをはじめ多くの怪獣映画音楽を担当した。第1作の『ゴジラ』では、有名なテーマ音楽のほかにも実験的な音響を多く手がけた。怪獣映画の音楽をメドレー形式でまとめた『SF交響ファンタジー』(全4作)という演奏会用オーケストラ作品がある。
  • 佐藤勝 - 岡本喜八監督作品や黒澤明監督作品の音楽を数多く手がけた作曲家だが、『ゴジラ』シリーズの音楽も4本担当している。前述の伊福部昭が重厚で勇壮な作風であるのに対し、佐藤勝の音楽は軽快で優しく、ときに劇的な盛り上がりを示すのが特徴である。『ゴジラの逆襲』(1955年)ではスコアを末尾から逆に演奏した音源を逆転再生して聴かせたり、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』(1966年)では怪獣映画の音楽に初めてエレキギターを導入する等、意欲的かつ実験的な仕事も遺している。
  • 古関裕而 - 1964年東京オリンピック開会式での選手入場行進曲『オリンピックマーチ』や読売巨人軍の応援歌『闘魂こめて』などの作曲者として知られている。怪獣映画の音楽は『モスラ』(1961年)一作だけだが、劇中の挿入歌『モスラの歌』は現在でもファンの間で唄い継がれている。

出典[編集]

  1. ^ 大洋図書(2001),p.8

参考文献[編集]

  • 大洋図書発行、『新映画宝庫 Vol.1 モンスターパニック 超空想生物大百科』、(2001)

関連項目[編集]