レイ・ハリーハウゼン

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Ray Harryhausen
レイ・ハリーハウゼン
レイ・ハリーハウゼン
レイ・ハリーハウゼン(2007年5月、ロンドンにて)
本名 レイモンド・フレデリック・ハリーハウゼン
Raymond Frederick Harryhausen
生年月日 1920年6月29日
没年月日 2013年5月7日(満92歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
死没地 イングランドの旗 イングランドロンドン
職業 ストップモーションアニメーター
ジャンル 特撮映画
活動期間 1953年 - 1981年2002年
配偶者 ダイアナ・リビングストン・ブルース
公式サイト www.rayharryhausen.com

レイ・ハリーハウゼン英語: Ray Harryhausen1920年6月29日 - 2013年5月7日 [1])は、アメリカ合衆国特撮映画の監督・特殊効果スタッフで、ストップモーション・アニメーター。映画史上、20世紀の映画における特撮技術の歴史を作ってきたといわれる人物である。1950年代から1970年代に活躍し、多くの特撮SF・ファンタジー映画を手がけた。

生い立ち[編集]

カリフォルニア州ロサンゼルスにて、ドイツからの移民である父・フレデリックと、母・マーサの子として生まれる。なお、ドイツ時代の同家はヘレンハウゼンドイツ語: Herrenhausen)と綴られていたが、アメリカに移住した際に現在の名であるハリーハウゼンに改められた。

1994年の映画『ビバリーヒルズ・コップ3』ではカメオ出演している。

業績[編集]

内部にアーマチュア(可動式骨格)を仕込んだ人形を1コマずつ撮影するモデルアニメーションの分野で評価されており、リアルな動きで作り出された映像は世界の人々を驚嘆させた。特に評価が高いのは、「ダイナメーション」と呼ばれる手法で、これは俳優の演技をスクリーン・プロセスでコマ送りで投影しながらそれに合わせて人形を動かすもの。従来、俳優と人形のカラーでの合成には、人形の撮影時にライトの熱で色温度が変化してしまい、実際に映写した際に俳優に対して人形の色が目まぐるしく変わってしまうという難点があったが、ハリーハウゼンは人形の撮影の際、コマ毎に色温度を修正するフィルタを入れる事を生み出し、この問題を解決。これにより人形と人間の同時演技(例えばミニチュアと人間の格闘シーン)が光学合成なしで可能となり、後のハリウッド映画の特撮人気を爆発させた[2]

映画『キング・コング』(1933年)におけるウィリス・オブライエンに影響され、ストップモーション・アニメーション映画の仕事に就く。

学生時代から自主制作でストップ・モーション映像を作り始め、高校生の折にオブライエンと面識を得てアドバイスを受ける。南カリフォルニア大学の夜間部に通い、映画技術を学ぶ。その後、ジョージ・パルのスタジオで「パペトーン」のアニメーション・スタッフとなる。兵役時代には陸軍の映画撮影班に属し、映画技術の基礎を習得した。ストップモーション・アニメーションの技術を用いた「戦場での架橋工程を示した軍用教育映画」など当時の作品が残っている。

本格的なデビュー作となったのは、『原子怪獣現わる』(1953年)である。SF作家レイ・ブラッドベリ(ハリーハウゼンとは高校時代からの親友であった)の短編『霧笛』を原作としている。水爆実験でよみがえった怪獣がニューヨークを破壊するというこの作品は、日本の特撮映画『ゴジラ』(1954年)にも大きな影響を与えた。

水爆と深海の怪物』(1955年)は、ゴールデン・ゲート・ブリッジを巨大なが破壊するというストーリーであったが、予算不足から巨大蛸の触腕は6本となっている。本作では「橋の強度に対して不安感を与える」との理由からロサンゼルス市当局の撮影許可が下りず、ゲリラ的な撮影が敢行された。

世紀の謎 空飛ぶ円盤地球を襲撃す』(1956年)では、UFOの特撮に挑戦している。この映画では崩れ落ちるビルの瓦礫までもモデルアニメで処理されたが、実は予算の関係でミニチュア爆破のような大規模な特撮が出来なかったため、この方式がとられている。ティム・バートンの『マーズ・アタック』(1996年)に登場するUFOはこの作品のパロディである。

地球へ2千万マイル』 (1957年)では、初めてヨーロッパロケを行っている。この作品では古代ローマの遺跡コロッセオ金星の生物「イミーア(Ymir)」が暴れまわる。人間によって地球に連れて来られ、モンスターとして人間によって殺されてしまうイミーアは『キング・コング』へのオマージュでもある。

シンドバッド七回目の冒険』(1958年、公開当時の題名は「シンバッド7回目の航海」)は、ハリーハウゼンの初のカラー作品となった。1つ目巨人のサイクロプスや、双頭の巨大鷲のロック鳥、ドラゴンなど様々な怪物が登場する。中でも骸骨戦士との剣戟シーンは有名である。

アルゴ探検隊の大冒険』(1963年)では、7体の骸骨戦士との集団剣戟や、空を飛び回る怪鳥ハーピー、重厚な動きを見せる青銅の巨人タロスなど、さらに磨きのかかった特撮技術が見られる。特に、7首の竜ヒドラの登場シーンでは、それぞれの首が自然で滑らかな動作をしているように見せるため大変な苦労をした、と後にハリーハウゼンは語っている。

シンドバッドの15年ぶりの続編『シンドバッド黄金の航海』(1973年)では、6本腕の陰母神カーリー像のダンスとシンドバッド達との剣戟が有名。このカーリー像をハリーハウゼン作品のベストに挙げる人も少なくない。他に空を飛ぶ小悪魔のようなホムンクルス、動き出す船首女神像、1つ目のケンタウロスとグリフォンの死闘などの特撮も見られる。続く『シンドバッド虎の目大冒険』(1977年)は、1本角の原始人やサーベルタイガー、巨大セイウチ、ミノタウロスなどが登場するシンドバッドシリーズ最終作となり、3つでシンドバッド3部作と呼ばれる。

最後の作品となっている『タイタンの戦い』(1981年)では、円熟した特撮技術が見られる。実際のに対する綿密な観察に基づき造形された天馬ペガサスは、大変リアルな動きを見せる。海の巨大怪物クラーケンや、獣人カリボス、双頭犬ディオスキロス、大サソリなども登場し、特に蛇女メドゥーサの下半身が蛇の胴体で悪魔的な恐ろしい独自の造形は、ハリーハウゼンの創造したモンスターの中でも高い評価を得ている。

永年の功績により1992年アカデミー賞特別賞を受賞した。授賞式では、高校時代からの盟友であるレイ・ブラッドベリの手からオスカー像が手渡された。晩年は妻と共にロンドンに在住していた。2013年5月7日、92歳で死去した。

20世紀の特撮映画界を創造・牽引してきた巨匠ハリーハウゼンの映画は、前述の『ゴジラ』や、ジョージ・ルーカスピクサーなど後の特撮映画の巨匠達にも多くの影響を与えた。ピクサーが製作した『モンスターズ・インク』及び『メーターの東京レース』には、「ハリーハウゼン」という名前の寿司屋が登場する。訃報を受けたルーカスは「僕達のほとんどが子供の頃から彼(ハリーハウゼン)の影響を受けてきた。その存在なくして『スター・ウォーズ』は生まれなかった」とコメントした。[2]

主な映画作品[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]