沙里院市

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座標: 北緯38度30分14秒 東経125度45分32秒 / 北緯38.50389度 東経125.75889度 / 38.50389; 125.75889

沙里院市
位置
DPRK2006 Hwangbuk-Sariwon.PNG
各種表記
ハングル 사리원시
漢字 沙里院市
発音 サリウォン=シ
日本語読み: しゃりいんし[1]、さりいんし[2]
ローマ字転写 Sariwŏn-si
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沙里院市(サリウォンし)は、朝鮮民主主義人民共和国黄海北道の西部にある都市で、同道の道都。朝鮮第二の平野である載寧平野の中心である。無煙炭などの資源が豊富で、工業都市でもある。面積推定58km²[3]、人口推定302,679人(1991年)[4]

地理[編集]

黄海北道の西部に位置する。北と東を鳳山郡に囲まれ、南で銀波郡と接する。西には載寧江を隔てて黄海南道載寧郡がある。

地勢[編集]

海抜500m以下の低い山と平野が広がる。北部には漢鉄山(ハンチョルサン / 한철산、458m)、発陽山(パリャンサン / 발양산、440m)、南部には嵋峨山(ミアサン / 미아산、125m)、市の中央に景岩山(キョンアムサン / 경암산、139m)がある。

市域の西部には大同江の支流・載寧江(チェリョンガン / 재령강)が流れている。市内には漢鉄山・発陽山に源を発する正方川(チョンバンチョン / 정방천)、サンメ川(상매천)が流れている。市内には、瑞興江(ソフンガン / 서흥강)を堰きとめて建設された運河が流れており、載寧江とを結んでいる。市の中央部・景岩山の麓にキョンアム湖がある。

地質[編集]

基盤岩は石灰岩粘板岩頁岩石英斑岩。土壌は褐色森林土が大部分を占める。地下資源としては褐炭がある。山林が市面積の21%を占め、アカマツナラアカシアネズなどが育っている。

気候[編集]

年平均気温は10.1℃内外。1月の平均気温は-6.8℃内外、8月の平均気温は24.0℃内外。年平均降水量は924.4mm程度である。

歴史[編集]

日本統治下の沙里院

朝鮮王朝時代には黄海道鳳山郡の一部で、京義街道に沿って発達した集落である。もともとは沙里(サリ / 사리)という地名であった。朝鮮王朝時代に公認の旅舎が所在する土地を院と称するようになったため、沙里院あるいは沙里院坊(サリウォンバン / 사리원방)と呼ばれるようになった。

日露戦争中の1905年3月、軍用鉄道として京義線(現:平釜線)が開通し、1908年4月[5]沙里院駅が開業すると、都市の機能と役割は大きくなった。1910年に黄海道鳳山郡の郡庁が沙里院に移転した。1920年12月には載寧へ向かう長淵線が開通し、長淵線から分岐する西鮮殖産鉄道によって港湾都市である道都海州と結ばれるようになると(沙里院-海州を一路線としたものが現在の黄海青年線[6]、交通・産業の中心地としてさらに発展することになった。

行政区画としては、1921年に沙里院面が新設され、1931年に昇格した。1945年8月の解放当時は12里からなっていた。

第二次世界大戦後の1947年、沙里院市となった。1954年10月に黄海北道が新設されると、道所在地(道都)となった。

年表[編集]

  • 1910年12月 - 鳳山郡の郡庁が置かれる。
  • 1921年12月 - 鳳山郡の面里を合併して沙里院面ができる。
  • 1931年 - 沙里院面が沙里院邑に昇格。
  • 1947年 - 沙里院市となる。

社会[編集]

産業[編集]

嵋谷(ミゴク)協同農場

代表的な工業都市であり、現代的な産業施設がある。沙里院紡織工場をはじめとする織物・被服工場、沙里院総合機械工場・テソン(대성)機械工場のほか、精密機械・自動車修理・トラクター修理・鋳物・電器・テレビ組み立て・鉱山機械・タイヤ・圧延・セメント・ゴムなどの各種工場がある。

近郊農業が発達している。小規模な耕地にイネコムギオオムギが栽培されており、野菜の生産が活発である。「勝利ブドウ」(승리포도)は1958年から栽培されたといわれ、セリとともに当地の特産物である。また、勝利ブドウで醸造したワインでも知られている。

教育[編集]

市内の公園

以下の大学がある[7]

  • 李ケスン大学(이계순대학、旧称:沙里院第一師範大学。李ケスン沙里院第一師範大学とも[8]
  • 沙里院大学(旧称:沙里院第二師範大学)
  • トンソン大学(동선대학、旧称:沙里院教員大学)
  • 健康大学(旧称:沙里院医学大学)
  • 桂応祥大学(旧称:沙里院農業大学)
  • 沙里院共産大学
  • 沙里院東薬単科大学(沙里院高麗薬学大学とも[8]
  • 沙里院探査単科大学(沙里院地質大学とも[8]
  • 沙里院電子自動化専門学校(沙里院電子自動化単科大学、沙里院工業大学とも[8]

このほか、サンハ(상하)・ウンドク(은덕)・ウナ(은하)・クチョン(구천)の高等中学校が知られている。そのほか、託児所・幼稚園・群衆文化会館・映画館・図書館などがある。

交通[編集]

平壌開城を結ぶ交通の要衝である。

鉄道[編集]

道路[編集]

水路[編集]

載寧江運河が連結されており、松林市南浦市平壌市へは水上交通が便利である。

文化・観光・施設[編集]

成仏寺
  • 景岩山
沙里院市内にある唯一の山。山全体が公園になっている。景岩山の麓には景岩楼がある。景岩楼は李氏朝鮮時代の1436年に建てられた楼亭で、1817年に鳳山郡から現在の位置に移設された。景岩楼周辺は市民公園として整備されており、サンメ山公園とともに沙里院市の名所となっている。
  • 正方山
沙里院市から北へ8kmの地点にある名所。険しい山勢を持ち、峰の頂を結ぶとちょうど正方形を成すことからこの名がある。
  • 正方山城
正方山の中腹にある。高麗時代に築かれ、1632年~1635年に修築された。山城には4つの城門がある。このうち最大のものは17世紀に修築された南門である。
  • 成仏寺(ソンプルサ / 성불사
正方山城にある寺。新羅末期の898年に、道銑国師によって創建した成仏寺がある。幾度も修復されている。

姉妹都市[編集]

出身者[編集]

参考文献[編集]

[編集]

  1. ^ 日本統治時代の地図帳(『増訂改版新選詳図 帝国之部』、帝国書院、1934年)において「沙里院」には「シャリイン」と読みが振られている。また「沙里院」駅は「しゃりいん」駅と読まれていた(『日本鉄道旅行地図帳 朝鮮・台湾』、新潮社、2009年)。
  2. ^ 『朝鮮を知る事典』(平凡社、1996年)では「さりいん」を見出しに立項されている。
  3. ^ 面積は『グローバル世界大百科事典』所載の数値。『斗山世界大百科事典』は187.91km²の数字を挙げる。
  4. ^ 人口は『グローバル世界大百科事典』所載の数値。算出機関不明。
  5. ^ 『日本鉄道旅行地図帳 朝鮮・台湾』(新潮社、2009年)所収の「駅名一覧」
  6. ^ 『日本鉄道旅行地図帳 朝鮮・台湾』(新潮社、2009年)による。西鮮殖産鉄道は1923年に朝鮮鉄道黄海線、1944年に朝鮮総督府鉄道沙海線となる
  7. ^ グローバル世界大百科事典「沙里院市」の記述をもとにする。
  8. ^ a b c d 『斗山世界大百科事典』による

外部リンク[編集]

この記述には、ダウムからGFDLまたはCC-SAで公開される百科事典『グローバル世界大百科事典』をもとに作成した内容が含まれています。