前衛党
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批評
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前衛党(ぜんえいとう)とは、前衛となる政党のこと。マルクス・レーニン主義の立場では、プロレタリアートや大衆運動、革命などを指導する政党。
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概要[編集]
「前衛党」の概念は、共産主義者や時代により異なっている。
ウラジーミル・レーニンは前衛党は職業革命家により構成されるべきと主張した。
ヨシフ・スターリンとコミンテルンは「マルクス・レーニン主義」を定式化し、「一国一前衛党論」を主張した。
レーニン[編集]
レーニン主義では前衛党は職業革命家により構成される党とされ、一般の労働者は入党できない。その任務は以下の通りである。
また民主集中制を主張し、分派を否定した。
これに対して、ローザ・ルクセンブルクは前衛党論を批判し、革命は外部から注入するのではなく、自然発生させるべきものである、と主張した。またカール・カウツキーは、革命の外部注入性は認めたが、複数政党制を維持し、民主主義による社会主義の実現を主張した。
スターリン[編集]
ヨシフ・スターリンは、一つの国には一つしか前衛党はあってはならないという原則を作成した(一国一前衛党論)。これは、前衛党が複数存在すると指揮系統が混乱するという理由であった。この影響として、世界的には権威であるコミンテルンが認める集団のみがその国で「共産党」と認められるようになり、また各国内では「共産党」以外の共産主義者や社会主義者を「トロツキスト」とレッテル貼りするセクト主義も発生した(スターリン主義)。なおスターリン主義を激しき批判したレフ・トロツキーも、前衛党の建設なくして社会主義革命はあり得ないとしたため、既存の共産主義組織への加入戦術を推進した。
各国[編集]
コミンテルン配下の各国共産党の多くも「前衛党」規定を採用したが、1950年代以降のスターリン批判、プラハの春、1980年代以降の東欧革命とソ連崩壊などの影響もあり、「前衛党」規定を削除する動きも拡大した。
- ドイツ社会主義統一党(ドイツ社会統一党)は「ドイツ労働者階級とドイツのあらゆる勤労者の前衛党」を掲げていた[1]。
- イタリア共産党は「労働者階級の前衛部隊」を掲げていた[2]が、1970年代にこの規定を削除した。
- フランス共産党は「フランス労働者階級の前衛部隊」を掲げていた[3]。
- 中国共産党は2012年改正の党規約でも「中国共産党は中国労働者階級の前衛部隊であると同時に、中国人民と中華民族の前衛部隊」と明記している[4]
- ベトナム共産党(ベトナム労働党)は「ヴェトナム労働者階級およびすべての勤労者の前衛」を掲げている[5]。
- 日本共産党は1958年の党規約より「日本共産党は、日本の労働者階級の前衛部隊であり、労働者階級のいろいろな組織のなかで最高の階級的組織である」[6]、1994年より「日本共産党は、日本の労働者階級の前衛政党であり、労働者階級のいろいろな組織のなかでもっとも先進的な組織である」と明記していた。警察白書はこの記載を「革命勢力としての基本的性格」と記載した[7](敵の出方論も参照)。日本共産党は2000年の改正で当規定を削除した[8]。