ソウル特別市長(ソウルとくべつしちょう)では、大韓民国の首都であるソウル特別市が発足してから今日に至るまでの特別市の歴代市長を紹介する。
歴代市長一覧 [編集]
特別市の市長は当初、政府による任命制となっていた。第二共和国時代に地方自治が導入され、1960年12月19日に行われたソウル特別市市長選挙で金相敦が当選するものの、5・16軍事クーデターで解任されて再度任命制に戻っている。1987年の民主化宣言以降の流れから金泳三政権下で地方自治が復活し、1995年の第30代から民選の市長となった。
なお、市長の任についた後に大統領に就任したのは、尹潽善と李明博の2人。国務総理に就任したのは、許政・高建の2人。
任命職市長
| 代 |
氏名 |
在任期間 |
施策 |
| 漢字 |
ハングル |
| 1 |
金烔敏 |
김형민キム・ヒョンミン |
1946年9月28日~1948年12月14日 |
|
| 2 |
尹潽善 |
윤보선ユン・ボソン |
1948年12月15日~1949年6月5日 |
|
| 3 |
李起鵬 |
이기붕イ・ギブン |
1949年6月6日~8月14日 |
|
| 4 |
1949年8月15日~1951年5月8日 |
|
| 5 |
金泰善 |
김태선キム・テソン |
1951年6月27日~1952年7月24日 |
|
| 6 |
金泰善 |
김태선キム・テソン |
1952年8月29日~1956年7月5日 |
|
| 7 |
高在鳳 |
고재봉コ・ジェボン |
1956年7月6日~1957年12月13日 |
|
| 8 |
許政 |
허정ホ・ジョン |
1957年12月14日~1959年6月11日 |
|
| 9 |
任興淳 |
임흥순イム・フンスン |
1959年6月12日~1960年4月30日 |
|
| 10 |
張基永 |
장기영チャン・ギヨン |
1960年5月2日~1960年6月30日 |
|
| 職務代理 |
鄭鍾哲 |
정종철チョン・ジョンチョル |
1960年6月~10月 |
|
| 職務代理 |
金柱興 |
김주흥キム・ジュフン |
1960年10月~12月 |
|
民選市長
| 代 |
氏名 |
在任期間 |
施策 |
| 漢字 |
ハングル |
| 11 |
金相敦 |
김상돈キム・サンドン |
1960年12月30日~1961年5月16日 |
- ソウル市最初の民選市長
- 健全財政確立、公職綱紀の確率
- 都心交通量の分散、各種工場や倉庫などの郊外移転の推進
|
任命職市長
| 代 |
氏名 |
在任期間 |
施策 |
| 漢字 |
ハングル |
| 12 |
尹泰日 |
윤태일ユン・テイル |
1961年5月20日~1963年12月16日 |
- ソウル特別市行政に関する特別措置法(1962年2月)の施行による行政機構の大規模改編を実施
- 人口500万人を記述とする都市計画の策定
- 郊外地域の発展に重点を置き、上下水道の整備など社会基盤整備施設拡充
|
| 13 |
尹致暎 |
윤치영ユン・チヨン |
1963年12月17日~1966年3月30日 |
- 九老崇仁、恩平トゥクソムなど4地区4千万坪のための都市計画
- 第2漢江橋竣工(1965年1月25日)、第3漢江橋着工
- ソウル市で初めてとなる長期計画(市政10カ年計画)の作成
|
| 14 |
金玄玉 |
김현옥キム・ヒョノク |
1966年3月31日~1970年4月15日 |
- 世宗路や明洞など地下道開設、自動車専用立体高架道路建設や主要道路の拡張舗装
- 世運商店街、パコダアーケード、楽園商店街など都心再開発事業推進
- 漢江開発事業、南山1,2号トンネルの開通、400棟の市民アパート建設
- 大規模区画事業の推進
|
| 15 |
梁鐸植 |
양택식ヤン・テクシク |
1970年4月16日~1974年9月1日 |
- 都市基本計画の策定、計画区域内6カ所の地域内における建築制限を定めるなど長期計画を策定
- 永同地区区画整理事業の基本計画策定
- 無許可建築物整理10カ年計画と人口分散計画
|
| 16 |
具滋春 |
구자춘ク・ジャチュン |
1974年9月2日~1978年12月21日 |
- 都市セマウル運動の推進と共に庶民住宅の建設、庶民生活保護など庶民生活を保護するための施策推進
- 都市建設の充実化するための都市インフラを整備
- 各種生活環境施設の拡充と不良地区の再開発推進
|
| 17 |
鄭相千 |
정상천チョン・サンチョン |
1978年12月22日~1980年9月1日 |
- 都市機能施設を配置し、能率を高め、水平方向の構造物を整備
- 清掃行政の推進、都市ガス施設拡充や医療保険拡大など庶民生活安定総合対策推進
- 零細民就業のための職業安定センターの運営、エネルギー10%節約運動推進で第2次オイルショックに対応
|
| 18 |
朴英秀 |
박영수パク・ヨンス |
1980年9月2日~1982年4月27日 |
- オリンピック誘致団長としてバーデンバーデンIOC総会に参席、88ソウルオリンピック誘致に成功
- 1千万本の木を植樹する緑のソウル作り事業推進
|
| 19 |
金聖培 |
김성배キム・ソンベ |
1982年4月28日~1983年10月14日 |
|
| 20 |
廉普鉉 |
염보현ヨム・ボヒョン |
1983年10月15日~1987年12月29日 |
- 地下鉄2号線、3号線、4号線の完成。漢江総合開発推進、可楽洞農水産物市場開場、木洞新市街地の建設。
- アジア競技大会の開催。ソウルオリンピックの開催準備
- 慶熙宮、ポラメ、宗廟公園、石村湖水公園計画の策定推進
|
| 21 |
金庸来 |
김용래キム・ヨンネ |
1987年12月30日~1988年12月4日 |
- ソウルオリンピック開催
- 水道水供給、清掃、住宅供給、福祉施設拡充など庶民生活保護対策の推進
- ブルーソウルづくり第2次5カ年計画策定と推進
|
| 22 |
高建 |
고건コ・ゴン |
1988年12月5日~1990年12月26日 |
- 施政方針を市民のための「生活行政」、市民と共に歩む「参与行政」、きれいな「公開行政」に定め、市政推進
- 第2期地下鉄建設の推進および内部循環と北部幹線道路など都市高速道路の建設に着工
- 雨水貯水場拡張整備と堤防の築造など恒久的水防対策の推進
|
| 23 |
朴世直 |
박세직パク・セジク |
1990年12月27日~1991年2月18日 |
|
| 24 |
李海元 |
이해원イ・ヘウォン |
1991年2月19日~1992年6月25日 |
- 都市地下道路建設を含めた中長期の交通対策推進
- 飲料水源である漢江の管理を効率的にするため漢江管理庁新設を推進
- 初めてとなるゴミ焼却処理方式導入
|
| 25 |
李相培 |
이상배イ・サンベ |
1992年6月24日~1993年2月25日 |
- 住居環境改善と文化活動に対する支援に重点を置いて推進
- 慶煕宮、夢村土城など歴史的建造物の復元事業推進
- 不良住宅再開発事業活性化のための住民同意率を90%から67%に下降修正
|
| 26 |
金尚哲 |
김상철キム・サンチョル |
1993年2月26日~1993年3月4日 |
|
| 27 |
李元鐘 |
이원종イ・ウォンジョン |
1993年3月8日~1994年10月21日 |
- 各種規制制度、法令、運用方法などを再検討し、市民主体の刷新方案を準備
- 第2期地下鉄、都市高速道路建設を推進。第3期地下鉄計画の確定
- ソウル定都600周年事業推進
|
| 28 |
禹命奎 |
우명규ウ・ミョンギュ |
1994年10月22日~1994年11月2日 |
|
| 29 |
崔秉烈 |
최병열チェ・ビョンヨル |
1994年11月3日~1995年6月30日 |
- 各種施設の安全確保と不良工事対策を積極的に推進
- 交通問題解決のための交通特別対策確立を推進
|
民選市長
| 代 |
氏名 |
在任期間 |
施策 |
| 漢字 |
ハングル |
| 30 |
趙淳 |
조순チョ・スン |
1995年7月1日~1997年9月9日 |
- 市政を市民中心に転換、市政運営3ヵ年計画と部門別の中長期計画の策定推進
- 唐山鉄橋再工事など、様々な都市施設の安全点検や補修推進
- 環境基本条例と環境憲章の制定。ソウルアジェンダ21など環境政策の積極的推進
- 全国初の社会福祉調査を実施、市民福祉5ヵ年計画の策定
|
| 職務代理 |
姜徳基 |
강덕기カン・トクキ |
1997年9月10日~1998年6月30日 |
|
| 31 |
高建 |
고건コ・ゴン |
1998年7月1日~2002年6月30日 |
- ガラス張りの行政推進。反腐敗の施策推進
- 1000万本植栽、ワールドカップ公園整備など緑のソウル作り
- 2期地下鉄任期内完成
- 2002年ワールドカップの推進
|
| 32 |
李明博 |
이명박イ・ミョンバク |
2002年7月1日~2006年6月30日 |
- (企業)経営の考えを取り入れた市政の推進。負債の削減。
- 地域の均衝発展のためのニュータウン基盤整備
- 清渓川の生態系復元、ソウルの森作りなど環境にやさしい市政推進
- 公共交通システムの全面改編
- 自動車中心から人中心に市政をパラダイム転換
|
| 33 |
呉世勲 |
오세훈オ・セフン |
2006年7月1日~2010年6月30日 |
|
| 34 |
2010年7月1日~2011年8月26日 |
- 漢江ルネサンスプロジェクトや東大門デザインプラザ&パークなどデザインソウル政策を推進
- 全面的ではない、段階的な給食無償化を主張
|
| 職務代理 |
権寧奎[1] |
권영규クォン・ヨンギュ |
2011年8月27日~2011年10月26日 |
|
| 35 |
朴元淳[2] |
박원순パク・ウォンスン |
2011年10月27日~ |
|
- 出典:“歴代ソウル市長”(ソウル特別市日本語版ホームページ)と“역대 서울시장”(ソウル特別市韓国語ホームページ)。なお、漢字名については前述のホームページに掲載されていないため、東亜日報の『한국의 窓 2009』(韓国の窓 2009)の別冊「인명록」(人名録)の지방자치단체장(地方自治團體長)を参照した(1214頁)。
脚注 [編集]
- ^ “呉世勲市長が辞任、6ヵ月早まった「選挙台風」” (日本語). 東亜日報. (2011年8月27日). http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2011082742258 2011年8月27日閲覧。
- ^ “野党系の朴氏が勝利=無党派動く、政界再編も-ソウル市長選”. 時事通信. (2011年10月27日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&rel=j7&k=2011102600492 2011年10月27日閲覧。
関連項目 [編集]