キム・ギドク

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キム・ギドク
김기덕
김기덕
生年月日 1960年12月20日(53歳)
出生地 韓国の旗 韓国 慶尚北道奉化郡
国籍 韓国の旗 韓国
職業 映画監督
脚本家
映画プロデューサー
活動期間 1996年 -
キム・ギドク
各種表記
ハングル 김기덕
漢字 金基德[1]
発音: キム・ギドク
ローマ字 Kim Ki-dŏk
英語表記: Kim Ki-duk[1]
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キム・ギドク金 基德김기덕1960年12月20日[2] - )は、大韓民国出身の映画監督脚本家映画プロデューサーである。慶尚北道(キョンサンブクト)奉化(ポンファ)郡生まれ[2]

略歴[編集]

17歳から工場で働き始め、20歳で海兵隊に志願、5年間を軍隊で過ごす。“軍人体質”と周囲から言われるほど軍隊生活に適応していた。1990年、絵画の勉強のため、フランスへ渡る[3]パリで観た「羊たちの沈黙」「ポンヌフの恋人」に感銘を受け、映像表現を志す[3]。帰国後、脚本執筆に没頭し、1996年、低予算映画『鰐〜ワニ〜』で監督デビューする。

2000年の『魚と寝る女』、2001年の『受取人不明』がヴェネツィア国際映画祭に正式出品され、ヨーロッパを中心に海外での評価が高まっていく。2002年の『悪い男』はソウルだけで30万人を動員する異例のヒットを記録したほか、ベルリン国際映画祭に正式出品された。同年、『悪い男』に触発されたチャン・ドンゴンが自ら出演を希望した『コースト・ガード』を撮影。2003年の『春夏秋冬そして春』は、韓国映画界最高の栄誉大鐘賞青龍賞の最優秀作品賞を受賞。全米では韓国映画史上最大のヒット作となった。

2004年には『サマリア』でベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)[3]、『うつせみ』でヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)[3]2011年アリラン』でカンヌ国際映画祭ある視点」賞、2012年嘆きのピエタ』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した[3]

監督作[編集]

原案・製作[編集]

受賞歴[編集]

  • 『魚と寝る女』
2001年 ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭金の大鴉賞
2001年 ポルト国際映画祭審査員特別賞
2000年 ヴェネツィア国際映画祭NETPAC賞選外佳作
  • 『受取人不明』
2001年 映画評論家協会賞(韓国)脚本賞
  • 『悪い男』
2002年 シッチェス・カタロニア国際映画祭オリエント急行賞(アジア作品賞)
2001年 福岡アジア映画祭グランプリ
  • 『コーストガード』
2003年 カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭FIPRESCI賞、NETPAC賞、タウン賞
  • 『春夏秋冬そして春』
2003年 ロカルノ国際映画祭ドン・キホーテ賞、NETPAC賞、青年審査員賞、CICAE賞
2003年 ドノスティア=サン・セバスティアン国際映画祭観客賞
2003年 青龍賞(韓国)最優秀作品賞
2004年 青大鐘賞(韓国)最優秀作品賞
2004年 ヨーロッパ映画賞非ヨーロッパ作品賞 ノミネート
2005年 アルゼンチン映画批評家協会賞外国作品賞
  • 『サマリア』
2004年 ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)
  • 『うつせみ』
2004年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)FIPRESCI賞
2004年 バリャドリッド国際映画祭金のスパイク賞
2004年 映画評論家協会賞(韓国)脚本賞
2005年 FIPRESCI年間最優秀賞
  • 『弓』
2005年カンヌ国際映画祭ある視点賞 ノミネート
  • 『ビューティフル』(監督:チョン・ジェホン、原作:キム・ギドク)
2008年 ベルリン国際映画祭出品
2008年 福岡アジア映画祭 グランプリ
  • 『ブレス』
2007年 カンヌ国際映画祭パルム・ドールノミネート
  • 『アリラン』
2011年 カンヌ国際映画祭ある視点賞
  • 『嘆きのピエタ』
2012年 ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞
  • 『レッド・ファミリー』
2014年 第26回東京国際映画祭コンペティション観客賞

脚注[編集]

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  1. ^ a b 김기덕 (キム・ギドク) KMDb 2011年8月22日閲覧。
  2. ^ a b 인물정보(人物情報)”. NAVER. 2011年8月22日閲覧閲覧。
  3. ^ a b c d e 「嘆きのピエタ」キム・ギドク監督 「社会にはびこる暴力と戦う」 贖罪の物語”. 産経新聞社 (2013年6月14日). 2013年7月23日閲覧。

外部リンク[編集]