トレイシー・ローズ

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とれいしー・ろーず
Traci Lords
Traci Lords 2011.jpg
Traci Lords
プロフィール
別名 クリスティ・エリザベス・ナーズマン、トレイシー・エリザベス・ローズ、ノラ・クズマ
生年月日 1968年5月7日
現年齢 45歳
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国オハイオ州ステューベンビル
瞳の色 青色
毛髪の色 茶色/金色/赤色
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 170 cm / 52 kg
BMI 18
スリーサイズ 91 - 63 - 91 cm
カップサイズ D
外部リンク
データベース IMDb
モデル: テンプレート - カテゴリ

トレイシー・ローズ(出生名はノラ・ルイーズ・クズマ(Nora Louise Kuzma)[1]1968年5月7日 - )は、アメリカ合衆国ポルノ女優映画プロデューサー映画監督作家歌手である。別名トレイシー・エリザベス・ローズ(Traci Elizabeth Lords)、トレイシー・ローズ(Tracy Lords)。彼女はポルノ映画と雑誌『ペントハウス』の未成年での出演で悪評をとり[2]、後にテレビドラマとB級映画に出演する女優になった。

来歴・人物[編集]

高校1年生当時のノラ・クズマ。1983年撮影。

オハイオ川に面したオハイオ州東部の小都市ステューベンビル(Steubenville)に生まれた。10歳のとき年の離れたボーイフレンドにレイプされ、義父からは度重なる性的虐待とポルノ雑誌へのモデル仕事を斡旋されるなど、重度の性的倒錯のトラウマを抱えたまま、麻薬漬けの日々を送り、15歳のときにはペントハウス誌のセンターフォールドを飾るなど1980年代中盤にアメリカのポルノ業界で一世を風靡した。1984年、15歳のうちにポルノ・ムービー・オブ・ザ・イヤーに輝いた名作『アナザー・プッシュ/人魚交愛/ Talk Dirty to Me 3 (Talk Dirty To Me Part III)』を初め、多くの作品に出演したが、18歳のときに年齢詐称が露見して業界を引退した[3]。未成年なのでベビーフェイスは当たり前なのだが、顔に似合わずエグイ絡みと共演した男優が「よかった」と口を揃える具合のよさ(名器)で『ポルノ・クイーン』として業界における有名人となる。話題性も手伝って引退後も沢山の編集モノが発売された。アメリカ本国では18歳の誕生日後に製作された『Traci, I Love You』以外はすべて非合法作品となって処分を余儀なくされた上、『Traci, I Love You』の権利は彼女自身が保持し彼女だけが訴追も免れたため、業界では当局に年齢詐称を通報したのは彼女自身だと信じられていると言われる。年齢を偽って出演していたが、ギャラを渡してもらえなかった義父が怒って本当の年齢をバラしたために追放になったともされる。

未成年だと発覚した際、当の本人は逮捕されずに彼女の作品の制作者達が逮捕され、ポルノ業界関係者は彼女を未だに恨んでいるとされるが、彼女は義父と、2回り以上も年上で恋人だった(と彼女は信じていた)ポルノディレクターに事態の深刻さを全く知らされず、言われるがままポルノに出演していた為、その後何年も警察やFBI、マスコミに召喚され続ける日々の辛さは、不当と言われるにはあまりに壮絶である。

その後、ポルノ・クイーンの汚名を濯ぐべく、真剣に演劇を学び、一般公募のオーディションで本名のノラ・クズマの名で参加したところ「我々を騙すつもりなのか」と門前払いされたことから、「この名前から逃げない」と決意し、本名をトレイシー・エリザベス・ローズと改名。『美女とエイリアン』などの一般映画に多く出演し、『クライ・ベイビー』ではジョニー・デップの初主演で共演している。

1992年マニック・ストリート・プリーチャーズの「リトル・ベイビー・ナッシング」に歌手として参加。

自伝本『トレイシー・ローズ 15歳の少女が、いかにして一夜のうちにポルノスターになったのか?』(野沢敦子訳、WAVE出版、2005年、ISBN 4-872-90213-0)を出版し、近年は施設の運営などをしているそうである。

なお、『トレイシー・テイクス・トーキョー』(Traci Takes Tokyo)は日本で撮影され、愛染恭子と共演している[3]

日本のロックバンド横道坊主のプロモーションビデオ撮影の為に来日したことがある。ライブにも飛び入り参加した。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

先代:
Debbie Tays
ペントハウス・ペット
1984年9月
次代:
Marie Ehlman