熊野本宮大社
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| 熊野本宮大社 | |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県田辺市本宮町本宮1100 |
| 位置 | 北緯33度50分26.345秒 東経135度46分24.429秒 |
| 主祭神 | 家都美御子大神 |
| 社格等 | 官幣大社、別表神社 |
| 創建 | 伝崇神天皇65年 |
| 本殿の様式 | 切妻造向拝付 |
| 例祭 | 4月15日(渡御祭) |
熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)は和歌山県田辺市本宮町にある神社。熊野三山の一つ。家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、別名:熊野坐大神(くまぬにますおおかみ)、熊野加武呂乃命(くまぬかむろのみこと))を主祭神とする。
1871年に熊野坐神社として国幣中社に列格し、1915年に官幣大社に昇格した。
目次 |
[編集] 概要
現在の本殿には上四社(上記参照)の4柱が祀られている。中四社と下四社の神は旧社地である大斎原(おおゆのはら)に小さな祠が建てられて祀られている。
現在の社地は山の上にあるが、1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、社地は熊野川の中州にあった。社地は創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流されることはなかったが、明治以後、山林の伐採が急激に行われたため、山林の保水力が失われ、大規模な洪水を引き起こしたと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っている。なお、その時の大洪水で被災した上流の十津川村集落の住民の一部が移住した先で開墾したのが北海道の新十津川村である。
伝説によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされている。熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、その素性は不明である。太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがある。
- 創建:不明(伝崇神天皇代、B.C.33年?)
- 旧社格:式内社(名神大)、官幣大社(現、神社本庁の別表神社)
- 本殿の建築様式:第一・二殿は入母屋造、第三・四殿は正面切妻造向拝付、背面入母屋造
- 祭事:
- 摂末社:功霊社、祓戸神社、満山社、東石祠など
- その他施設:宝物殿
[編集] 祭神
括弧内は本地仏
- 上四社
- 中四社
- 下四社
※なお神域内の上四社・大斎原とも撮影には事前申し込みが必要となっている。
[編集] 文化財
- 重要文化財
- 熊野本宮大社第一殿・第二殿(西御前・中御前)
- 熊野本宮大社第三殿(証誠殿)
- 熊野本宮大社第四殿(若一王子)
- 木造 家津御子大神坐像、速玉大神坐像 、夫須美大神坐像(附 木造天照大神坐像)
- 鉄湯釜
- 史跡(国指定)
- 熊野三山」(大斎原)
[編集] 交通
- バス
- 駐車場あり
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
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