夜明駅
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| 夜明駅 | |
|---|---|
駅舎
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| よあけ - Yoake | |
| 所在地 | 大分県日田市大字夜明1802 |
| 所属事業者 | 九州旅客鉄道(JR九州) |
| 電報略号 | ヨア |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
49人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1932年(昭和7年)3月12日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | 久大本線 |
| キロ程 | 39.1km(久留米起点) |
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◄筑後大石 (6.1km)
(6.1km) 光岡►
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| 所属路線 | 日田彦山線 |
| キロ程 | 68.7km(城野起点) |
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◄今山 (3.3km)
(-km) (光岡)*►
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| 備考 | 無人駅 |
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* 全列車が日田駅まで乗り入れ。
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夜明駅(よあけえき)は、大分県日田市大字夜明にある、九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。
久大本線を所属線[1]とし、日田彦山線を加えた2路線が乗り入れる。日田彦山線は当駅が線路名称上の終点であるが、列車はすべて久大本線経由で日田駅まで乗り入れる。
目次 |
駅構造 [編集]
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。
駅へは少し階段を上がる。古い木造駅舎があったが2010年(平成22年)2月9日から解体工事が始まり、木造の新駅舎は3月下旬に完成した。
2009年(平成21年)6月30日までは、駅前の商店で乗車券を発売する簡易委託駅であったが、現在は完全な無人駅となり、商店も廃業している。
ホームは1番線が久大本線上り、2番線が久大本線下り、3番線が日田彦山線(上下線共用)。
利用状況 [編集]
- 2011年度の1日平均乗車人員は49人(前年度比±0人)である。
| 乗車人員推移 | |
|---|---|
| 年度 | 1日平均人数 |
| 2000 | 94 |
| 2001 | 84 |
| 2002 | 78 |
| 2003 | 76 |
| 2004 | 52 |
| 2005 | 73 |
| 2006 | 66 |
| 2007 | 66 |
| 2008 | 59 |
| 2009 | 49 |
| 2010 | 49 |
| 2011 | 49 |
駅周辺 [編集]
日田市西端部の山間部に位置する。駅前を国道386号および筑後川(当地域での通称は三隈川)が久大本線に並行する形で通っており、筑後川を挟んだ対岸には国道210号が通る。また当駅の約300m北西から国道211号と大肥川が日田彦山線に並行する形で通っている。
駅付近は崖が連続し、降雨時は危険なため降雨計が設置されている。
駅名は当駅開設当時に存在した日田郡夜明村(1955年(昭和30年)に日田市に編入)にちなむ。「夜明」の地名は、焼畑開墾地であることから最初は夜焼(よやけ)と付けられたが、「焼」の発音を嫌って夜開(よあけ)、夜明(よあけ)の順で改字されたことによる。
歴史 [編集]
- 1932年(昭和7年)3月12日 - 鉄道省(国有鉄道)の駅として開業。
- 1937年(昭和12年)8月22日 - 彦山線の当駅 - 宝珠山間が開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
- 2010年(平成22年)1月8日 - 駅舎改築工事着工。
- 2010年(平成22年)3月 - 新駅舎完成。
- 2012年(平成24年)7月14日 - 平成24年7月九州北部豪雨の影響で休止。
- 2012年(平成24年)7月16日 - 筑後吉井駅 - 日田駅間にて、代行バスの運行開始。
- 2012年(平成24年)7月27日 - 日田彦山線の運行再開。日田彦山線直通列車のみ停車。久大本線の筑後吉井駅 - 日田駅間は、引き続き代行バスにて運行。
- 2012年(平成24年)8月25日 - 久大本線の筑後吉井駅 - 日田駅間の運行を再開。
その他 [編集]
- 日田彦山線は隣の今山駅以北の全駅が福岡近郊区間に入っている。当駅はわずか一駅ではあるが同区間外のため、久大本線はもちろん日田彦山線に乗車しても実際の乗車経路で運賃計算される。
- 1998年(平成10年)春、種村直樹がこの駅を起点として北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の日ノ出駅を終点とする7泊8日の旅を行った。
- 男はつらいよ 寅次郎紙風船でのロケに使われた
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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