八戸市

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八戸市
はちのへし
日章旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
団体コード 02203-9
面積 305.19km²
総人口 238,654
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 782人/km²
隣接自治体 青森県
三戸郡階上町五戸町南部町
上北郡おいらせ町
岩手県
九戸郡軽米町
市の木 イチイ(オンコ)
市の花
市の鳥
市の歌
ウミネコ
新八戸市民の歌~新しい風
八戸市役所
所在地 〒031-8686 青森県
八戸市内丸一丁目1番1号
電話番号 0178-43-2111(代表)
外部リンク 青森県八戸市

八戸市位置図(青森県)

:市 / :町・村
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八戸市(はちのへし)は、青森県東南部に位置し、太平洋に面する特例市で、県下第二の都市である。

目次

[編集] 概要

八戸市は南部地方の中心都市であり、八戸都市圏は約33万人の人口を擁する。また商圏は隣接する岩手県北東部に及び、商圏人口は東北地方有数の約60万人を誇る。

伝統芸能であるえんぶり(朳)及び八戸三社大祭騎馬打毬は共に国の重要無形民俗文化財に指定されている。

伝統工芸品 「八幡馬」「八戸焼」「南部姫毬」など

2002年12月に東北新幹線八戸駅まで延伸開業し、東京駅まで最短2時間56分で結ばれた。

『氷都八戸』八戸市はスケートアイスホッケーが盛んで実業団体やジュニアチーム、女子チーム、素人アイスホッケーを含めると40チームにものぼる。

[編集] 地理

[編集] 歴史

[編集] 古代

縄文時代の遺跡として是川遺跡風張遺跡がある。風張遺跡からは縄文時代後期の米粒[1]が出土している。また、是川遺跡からは数々の工芸品が出土している。その後南部氏が治めるようになるまで蝦夷の土地であり、律令制の及ばない地であった。

[編集] 中世

建久2年(1191年)、甲斐国南部氏北東北一帯を源頼朝から賜ったとされているが、南部氏が実際に北東北に移ってきたのは南北朝時代である。建武元年(1334年)、南部氏分家の南部師行が根城を築き、根城南部氏の祖となった。根城南部氏は寛永4年(1627年)、本家盛岡南部氏の命により遠野に居城を移した。寛文4年(1664年)、南部重直が世継ぎを決めずに亡くなったため南部藩は御家断絶となる。幕府は南部藩10万石を八戸2万石と盛岡8万石に分け、八戸藩を南部直房に与え八戸城が築かれた。これが八戸藩の始まりである。なお、八戸藩の領地と現在の八戸市の領域にはかなり違いがあり、久慈市あたりまでが八戸藩であった。

八戸城は現在の三八城公園にあった。城下町には三日町、十三日町など市の立つ日を名前とした街が並んでおり、現在も市の中心地となっている。

[編集] 近代

港町である八戸市は、港湾と共に発展してきた。八戸藩誕生のころ、八戸の港は鮫浦と呼ばれる漁港であった。また、新井田川河口は湊川口と呼ばれ、こちらも漁港および商港として重要な拠点であった。大正4年(1915年)、鮫浦港修築工事が開始され、昭和4年(1929年)に商港に指定されると鮫浦と湊川口を合わせて八戸港と呼ぶようになった。また、大正13年(1924年)の八戸大火により、中心街の町並みが大きく変貌を遂げた。

[編集] 現代

また、八戸市には馬淵川と新井田川という二本の河川が流れているが、特に馬淵川は蛇行が激しく流量も多いため、水害の多い河川であった。特に河口部分で馬淵川が大きく曲がって新井田川と合流するような形で太平洋に注ぎ込んでいた。昭和12年(1937年)、馬淵川の改修工事(河口付近の直線化)が開始されたが難航し、戦争のために中断された。昭和24年(1949年)に工事が軌道に乗り、昭和36年(1961年)に完成した。これにより水害がなくなり、臨海地域を工業地帯として利用可能となった。

昭和36年に新産業都市に指定されると臨海部に火力発電所、製紙業、非鉄金属工業などの工場が相次いで進出し、工業港としての整備が本格化した。

[編集] 沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制により三戸郡八戸町となる
  • 1901年(明治34年)7月1日 - 三戸郡長者村を合併
  • 1929年(昭和4年)5月1日 - 三戸郡八戸町・小中野町・湊町・鮫村が合併し、八戸市誕生。
  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 三戸郡下長苗代村を編入。
  • 1954年(昭和29年)12月1日 - 三戸郡是川村を編入。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 三戸郡館村、上長苗代村、市川村を編入。
  • 1955年(昭和30年)10月20日 - 三戸郡豊崎村を編入。
  • 1958年(昭和33年)9月10日 - 三戸郡大館村を編入。
  • 2005年(平成17年)3月31日 - 三戸郡南郷村を編入。
(南郷村の村域は地域自治区南郷区」となる。地域自治区が導入されたのは上越市に次いで2例目)

[編集] 脚注

  1. ^ 炭素14年代でおよそ3000年前、竪穴住居の土間(床面)から炭化米粒7粒が見いだされた。八戸教育委員会が発掘調査、北海道大学の吉崎昌一のグループが明らかにした。縄文後期に属することが確実であれば、日本最古の米である。佐原真「米と日本文化」金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店 2005年

[編集] 気候

太平洋側気候であるが、夏は偏東風(やませ)の影響で冷涼であり、度々冷害が発生する。冬は北東北にありながら降雪量が少なく乾燥し、晴天が多いため日照時間も長い。

[編集] 経済

[編集] 産業

[編集] 工業

[編集] 漁業

  • 八戸漁港
  • 白浜漁港
  • 深久保漁港
  • 種差漁港
  • 大久喜漁港
  • 金浜漁港

[編集] 鉱業

[編集] 情報通信・ソフトウェア業

[編集] 主な百貨店・商業施設

※:最近までイオングループのショッピングセンターが市内において計画されていたが、2005年の八戸市長選挙において、計画に中立を公約に掲げていた小林眞が建設反対派である前職市長を破って当選したものの、後に進出に容認しないことを表明したことにより、それ以降に新たなショッピングセンターの計画が不可能となっている。

[編集] 金融機関

※:「支店名」表記のあるものは市内に1店舗のみ置いている金融機関である。
八戸市の指定金融機関でもある。
同行が青森県内で営業を展開しているのは八戸市のみで、市内に2店舗を構える。
八戸市内に唯一本店を構える金融機関
(ただし同店舗では現金などの直接取扱いやセブン銀行ATMの設置は行われていない)
(ただし、同センターはコールセンター業務(電話取引など)のみの扱いであり、実店舗(窓口業務)は無い)
青森県内で直営店舗が置かれるのは八戸市と青森市青森中央郵便局内)のみである。

[編集] その他ATMのみ設置

[編集] かつて市内にあった金融機関
  • 北海道銀行 - 1999年頃に同行仙台支店・青森銀行八戸支店に分割して統合・事業譲渡。
店舗設置当時、青森銀行八戸支店とは道路を隔てて向かい合わせの位置関係にあった。

[編集] マスメディア

土曜夕方に独自の編成を組んでおり三八上北地方に向けたラジオ番組「ふれあい八戸土曜スタジオ」を八戸市から放送している。
かつては本社を八戸市に置いていたが、2006年7月1日付けで放送センター(演奏所)のある青森市に移し、同局は八戸支社になった。
※:IBC・TVI・mitは本来岩手県内のテレビ局であるが、岩手県北部の沿岸地方(久慈市)と内陸地方(二戸市)の双方に交通の便が良い八戸市に取材拠点としての支社を置いている。そのため、八戸支社は報道局の下部組織であって、営業局のそれではない。ただし、八戸周辺では越境電波でこれらの局の放送が視聴できる。

[編集] インターネットサービス・プロバイダ

[編集] 行政

八戸市庁 本館(2007年7月)
(隣の「別館」が完成する前は「新館」と呼称していた。)
八戸市庁 別館(2007年7月)
1994年12月に発生した三陸はるか沖地震の際、当時同地にあった市庁「旧館」が壊滅的な被害を受け使用不能となったことから、それを教訓に免震構造によって建て替えられたものである。
南郷区役所(2007年5月撮影)
2005年3月31日に市町村合併 によって設置された地域自治区「南郷区」の区役所庁舎(旧南郷村役場)

[編集] 歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日
1 近藤喜衛 1929年9月22日 1930年5月19日
2-4 神田重雄 1930年8月18日 1942年8月17日
5 山内亮 1942年10月1日 1946年5月17日
6-7 夏堀悌二郎 1946年7月20日 1951年4月4日
8 村井倉松 1951年4月25日 1953年10月23日
9-11 岩岡徳兵衛 1853年12月8日 1965年11月16日
12 中村拓道 1965年11月17日 1969年11月16日
13-17 秋山皐二郎 1969年11月16日 1989年11月16日
18-20 中里信男 1989年11月17日 2001年11月16日
21 中村寿文 2001年11月17日 2005年11月16日
22 小林眞 2005年11月17日 現職

[編集] 市議会

  • 定数 36人。なお、人口から求められる議員数は38人だが、条例により定数36人としている。
  • 議長:吉田博司
会派名
36
自由民主クラブ 16
政風クラブ 11
社民党・市民連合 3
公明党 2
日本共産党議員団 2
諸派 2
(欠員) -
(任期満了日:2011年5月1日

[編集] 庁舎・支所など

  • 市庁本庁舎(本館・別館)
※:八戸市の場合、公式には「八戸市役所」ではなく「八戸市庁」と呼称する。
ただし、読みが「八戸市長」と同じであるため混同されることも多いことから、「八戸市役所」と呼称することもある。
  • 市川支所
  • 大館支所
  • 是川支所
  • 下長支所
  • 館支所
  • 豊崎支所
  • 八戸駅市民サービスセンター
  • 南浜支所
  • 南郷区役所(旧南郷村役場)
  • 島守支所

[編集] 環境への取組み

[編集] 姉妹都市・提携など

[編集] 海外

[編集] 人口

八戸市と全国の年齢別人口分布図(比較) 八戸市の年齢・男女別人口分布図
紫色は八戸市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 245,617人
1985年 248,691人
1990年 247,983人
1995年 249,358人
2000年 248,608人
2005年 244,700人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 地域

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

私立(アイウエオ順)

[編集] 高等専門学校

国立・独立行政法人

[編集] 高等学校

県立(アイウエオ順)
私立(アイウエオ順)


[編集] 中学校

市立(アイウエオ順)


八戸市・階上町学校組合立

[編集] 小学校

市立(アイウエオ順)


八戸市・階上町学校組合立

[編集] 特別支援校

県立(アイウエオ順)

[編集] 図書館

[編集] 所管警察署

[編集] 郵便

[編集] 集配拠点

[編集] 郵便局

  • 八戸郵便局(84006)
  • 八戸鮫郵便局(84053)
  • 八戸西郵便局(84060)
  • 八戸小中野郵便局(84074)
  • 南郷郵便局(84087)
  • 八戸常泉下郵便局(84110)
  • 島守郵便局(84129)
  • 豊崎郵便局(84144)
  • 八戸中央通郵便局(84158)
  • 八戸新井田郵便局(84160)
  • 館郵便局(84163)
  • 八戸湊郵便局(84165)
  • 八戸荒町郵便局(84185)
  • 市川郵便局(84197)
  • 本八戸駅内郵便局(84198)
  • 八戸白銀郵便局(84200)
  • 種差郵便局(84209)
  • 是川郵便局(84218)
  • 桔梗野郵便局(84210)
  • 八戸吹揚郵便局(84224)
  • 八戸江陽郵便局(84237)
  • 八戸根城郵便局(84244)
  • 八戸大町郵便局(84246)
  • 日計郵便局(84251)
  • 八戸旭ヶ丘郵便局(84255)
  • 八戸大杉平郵便局(24259)
  • 多賀台郵便局(84262)
  • 八戸白銀台郵便局(84263)
  • 八戸類家郵便局(84267)
  • 八戸中居林郵便局(84269)
  • 八戸河原木郵便局(84272)
  • 八戸湊台郵便局(84278)
  • 八戸田面木郵便局(84282)
  • 八戸湊高台郵便局(84284)
  • 八戸ニュータウン郵便局(84287)
  • 八戸駅前郵便局(84288)
  • 高岩簡易郵便局(84707)
  • 八戸下長簡易郵便局(84733)
    ※:2007年8月1日付けで一時閉鎖
  • 三條簡易郵便局(84782)
  • 東前田簡易郵便局(84784)
  • 八戸卸センター郵便局(84795)

[編集] 健康

[編集] 主な公共医療機関

[編集] 交通

[編集] 鉄道

なお、市の中心部への最寄り駅は本八戸駅となる。

[編集] かつて存在した鉄道

  • 南部鉄道:尻内駅(現:八戸駅) - 張田駅 - 正法寺駅 - 七崎駅 - 豊崎駅

[編集] 路線バス

[編集] 高速バス

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 高速自動車国道

[編集] 高規格幹線道路(一般国道自動車専用道路
一般国道45号八戸南環状道路 : (八戸JCT) - 八戸是川IC - 八戸南IC (八戸JCT~八戸是川IC間は建設中)

[編集] 高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路

[編集] 一般国道

[編集] 県道

[編集] 主要地方道


[編集] 一般県道


[編集] 港湾

[編集] 空港

現在、定期航空路線を持つ空港はない。

[編集] 名所・旧跡・観光

  • 長七谷地貝塚〔市川町字長七谷地吹上〕:縄文時代早期。国の史跡[1]
  • 是川遺跡〔是川〕国の史跡[2]
縄文遺跡。出土品等は八戸市縄文学習館で展示している。出土品は国の重要文化財に指定[3]
  • 八戸市縄文学習館(是川考古館)〔是川〕[4]
  • 長七谷地貝塚 〔市川町字長七谷地吹上〕国史跡。縄文時代早期の貝塚及び集落遺跡。[5]
  • 丹後平古墳群〔根城字丹後平〕100基前後と推定。国の史跡。[6]
  • 蕪島〔鮫町字鮫〕
日本の音風景100選ウミネコ繁殖地。国の天然記念物[7]
国の名勝
  • 舘鼻公園
展望台のグレットタワーがある
  • 大須賀海岸
鳴り砂の海岸
前述の八戸市博物館と隣接。「史跡 根城の広場」として公開している。
本殿ほか:国の重要文化財[11]
工芸品:国宝赤糸威鎧兜白糸威褄取鎧兜)、重要文化財紫糸威肩白浅黄鎧兜唐櫃入白糸威肩赤胴丸兜兜浅黄威肩赤大袖二枚付
  • 八戸城角御殿表門 〔内丸〕県重宝[12]、八戸城下の名残をとどめる唯一の遺構。
  • 餓死萬霊等供養塔及び戒壇石 〔新井田字寺ノ上〕県史跡[13]、天明の飢饉の餓死者供養。
  • 一里塚(県史跡)
〔十日市天摩〕[14]、〔南郷区頃巻沢字長久保〕[15]、〔南郷区市野沢字新田、中野字大久保〕[16]、〔南郷区大森字砂子崎、字林崎〕[17]、慶長年間。

[編集] スケート・アイスホッケー

『氷都八戸』の歴史は1947年(昭22)の第1回冬季国体から始またとされている。以来、冬季国体は2004年のはやて国体まで過去10回八戸で行われた。又、アイスホッケー1932年(昭7)の第3回全日本アイスホッケー選手権大会(長根リンク)から始まり過去4回八戸で開催。60年ぶりの八戸開催となった2007年(平19)の第74回全日本アイスホッケー選手権大会は(八戸新井田インドアリンク)(三沢市アイスアリーナ)など各地で行われた。1948年(昭23)の第16回全日本アイスホッケー選手権大会(盛岡)では八戸ホワイトベアが優勝の美を飾った。アジアリーグアイスホッケーHC日光アイスバックス西武プリンスラビッツなどにはゆかりの選手も多い。 八戸付近には5ヶ所のリンク場があり市民の憩いの場所になっている。

  • (主なスケートリンク場)
  • 長根スケートリンク、 南部山アイスアリーナ、 新井田インドアリンク、 東アイスアリーナ(休業中)、 ふくちアイスアリーナ、 三沢アイスアリーナ
  • (主なジュニアホッケーチーム)
  • 八戸ホワイトベアJr、 八戸北Jr、 八戸南Jr、 八戸東Jr、 八戸パイレーツJr、 ふくちJr、 三沢Jr
  • (主なホッケー実業団)
  • 八戸市庁、 八戸信用金庫、 YSアイスホッケー(吉田産業)、 小中野フェニックス

[編集] 出身有名人

[編集] 関連項目

「~戸」の由来は諸説あるが、牧場にふられた番号であるとも、軍の駐屯地の番号であるとも言われている

※参考「糠部郡」(四戸、十戸について)

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
マルチメディア
八戸市に関連するマルチメディアがあります。


百石
(南西)
百石
(南東)
八戸西部
(北西)
八戸西部
(北東)
八戸東部
(北西)
八戸東部
(北東)
五戸
(南東)
八戸西部
(南西)
八戸西部
(南東)
八戸東部
(南西)
八戸東部
(南東)
剣吉
(北東)
苫米地
(北西)
苫米地
(北東)
新井田
(北西)
新井田
(北東)
角浜
(北西)
剣吉
(南東)
苫米地
(南西)
苫米地
(南東)
新井田
(南西)
新井田
(南東)
三戸
(北東)
市野沢
(北西)
市野沢
(北東)
階上岳
(北西)
階上岳
(北東)
三戸
(南東)
市野沢
(南西)
市野沢
(南東)
階上岳
(南西)
先代:
開催前につき無し
B-1グランプリ開催地
第1回(2006年)
次代:
富士宮市
静岡県