藤あや子

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藤 あや子
基本情報
出生名 藤村 真奈美
別名 村勢 真奈美(旧芸名)
小野 彩(ペンネーム)
出生 1961年5月10日(50歳)
血液型 B型
学歴 秋田県立角館南高等学校卒業
出身地 秋田県仙北郡角館町(現・仙北市
ジャンル 演歌
職業 歌手
活動期間 1987年昭和62年) -
レーベル ソニー・ミュージックダイレクト
事務所 バーニングプロダクション
公式サイト Gallery 彩 あや子日記
藤あや子|Sony Music

藤 あや子(ふじ あやこ、1961年5月10日 - )は、日本演歌歌手である。バーニングプロダクション所属。

目次

[編集] 人物

[編集] 生い立ち

1961年昭和36年)、秋田県角館町(現在の仙北市)に生まれた。小学4年生の時から民謡を習い、高校卒業後には就職したものの、職を変えながら民謡歌手としてとして地元で活動していた。また、秋田県が主催したミスコンテスト 『ミス花嫁コンテスト』で優勝した[いつ?]

1985年昭和60年)には、テレビ番組 『勝ち抜き歌謡天国』(NHK)に出演して優勝している。

[編集] 演歌歌手デビュー

1987年(昭和62年)6月21日CBSソニーから村勢真奈美の芸名で、「ふたり川」(作詞: 石本美由起、作曲:船村徹)でテビューした。

[編集] 再デビューから人気歌手に

1989年平成元年)9月21日藤あや子に芸名を変え、「おんな」(作詞: 荒川利夫、作曲: 叶弦大)で再デビュー

1992年(平成4年)、「こころ酒」が大ヒットし、第25回日本有線大賞を受賞。また同年の第43回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。同曲から1994年(平成6年)発売の「女泣川(おなきがわ)」まで3作連続オリコンシングルチャートTOP10入りを記録した(女性演歌歌手として平成初の記録。その後、水森かおりが記録更新)。

1994年(平成6年)、「花のワルツ」で2度目の日本有線大賞を受賞。

2010年(平成22年)5月11日、秋田県から「食彩あきた応援大使」を委嘱された[1]。同年6月から、突発性難聴のため4ヶ月の休養[2]を経て、同年10月5日放送の[3]「NHK歌謡コンサート」で復帰を果たした。

[編集] 私生活

20歳であった1981年昭和56年)、2歳年上の男性と結婚し、同年に女児を出産した。男性とは翌年に離婚したが、その後男性は自殺したという。

娘は2007年平成19年)1月15日に結婚したが、その際に提出した婚姻届の証人欄には王貞治野田秀樹に署名をもらった。王とは行きつけの寿司店でよく顔を合わせる飲み仲間であり、その縁から証人となったという[4]。長女は翌2008年平成20年)5月、藤にとっては初孫となる女児を出産した。

交友関係では、同じく女性演歌歌手である伍代夏子坂本冬美とは公私共に仲が良い。

[編集] エピソード

女性演歌歌手としては珍しく、自ら作詞・作曲も行う。その際は、小野彩(このさい)というペンネームを使っており、自身の作詞・作曲の作品も多い。

かなりのロック好きで、ボン・ジョヴィエアロスミスの日本公演では度々藤あや子の目撃情報が音楽雑誌等に寄せられることもあり、音楽評論家で元BURRN!誌編集長の酒井康との対談で「自分の葬式には是非スティーヴン・タイラーに『アヴェ・マリア』を歌ってほしい!」と発言したこともある。

また意外にも抜けている性格だという。仕事の移動で飛行機に乗った際に着陸した後、ベルトを外した時に誤って私服のズボンのベルトも外し、そのまま歩いて降りようとした事がある。その時に一緒に搭乗していた坂本冬美が慌てて、バッグで隠したというが、本人は全く気づかなかった[5]

着物メーカーのキャラクターをつとめることも多いが、プライベートでは専らジャージ姿で過ごしている事が多く、家用のジャージとお出かけ用のジャージがあるとのこと。

[編集] ディスコグラフィ

  1. おんな(1989年9月21日)
  2. 雨夜酒(1991年3月21日)
  3. こころ酒(1992年9月1日) - オリコン6位
  4. むらさき雨情(1993年4月1日) - オリコン8位
  5. 女泣川(おなきがわ)(1994年4月1日) - オリコン10位
  6. 花のワルツ(1994年7月21日)
  7. み・れ・ん(1995年5月21日)
  8. おばこ巡礼歌(1996年5月22日)
  9. 紅(1996年8月21日)
  10. うたかたの恋(1997年3月31日)
  11. 雪 深深(1998年2月25日)
  12. 薄幸花(1998年7月15日)
  13. 女のまごころ(1999年2月17日)
  14. くちづけ(2000年2月23日)
  15. ふたり花(2000年8月30日)
  16. かげろう(2001年3月14日)
  17. ふたりの絆(2001年8月29日)
  18. 恋酔酒(2002年5月22日)
  19. 流氷恋唄(2002年8月28日)
  20. 寄りそい橋(2003年3月26日)
  21. 曼珠沙華(2003年9月18日) - 山口百恵のカバー
  22. 花びら慕情(2004年2月18日)
  23. 雪荒野(2004年9月29日)
  24. 港子守歌(2005年5月18日)
  25. 宵待草(2006年3月1日)
  26. 無情の酒(2007年3月21日)
  27. 紅い糸(2007年9月19日)
  28. 夾竹桃(2008年5月21日)
  29. 心の襞(2009年1月28日)
  30. 忘却の雨(2009年9月2日)
  31. まごころの花(2010年5月12日)
  32. 泣き鏡(2011年2月16日)

[編集] 出演

[編集] NHK紅白歌合戦出場歴

1992年に「こころ酒」で初出場以来、2006年まで15年連続15回出場。2007年に落選したが、2008年に返り咲きを果たした。その後2009年2010年は再度落選していたが、2011年には再び返り咲きで再出場が決定した。

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1992年(平成4年)/第43回 こころ酒 11/28 嘉門達夫
1993年(平成5年)/第44回 2 むらさき雨情 22/26 さだまさし
1994年(平成6年)/第45回 3 花のワルツ 17/25 沢田研二
1995年(平成7年)/第46回 4 み・れ・ん 13/25 谷村新司
1996年(平成8年)/第47回 5 22/25 谷村新司(2)
1997年(平成9年)/第48回 6 うたかたの恋 19/25 吉幾三
1998年(平成10年)/第49回 7 雪 深深 22/25 森進一
1999年(平成11年)/第50回 8 女のまごころ 13/27 前川清 第1部トリ
2000年(平成12年)/第51回 9 ふたり花 08/28 山本譲二
2001年(平成13年)/第52回 10 ふたりの絆 05/27 山本譲二(2)
2002年(平成14年)/第53回 11 流氷恋唄 05/27 堀内孝雄
2003年(平成15年)/第54回 12 曼珠沙華 22/30 平井堅
2004年(平成16年)/第55回 13 雪荒野 19/28 (※)[6]
2005年(平成17年)/第56回 14 むらさき雨情(2回目) 08/29 森山直太朗
2006年(平成18年)/第57回 15 雪 深深(2回目) 06/27 細川たかし
2008年(平成20年)/第59回 16 紅い糸 09/26 WaT
2011年(平成23年)/第62回 17 あや子のお国自慢だよ 〜がんばろな東北!!紅白スペシャル〜 06/25 細川たかし(2)

(注意点)

  • 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ番組

  • 歌謡&スポーツ(1995年4月 - 1996年3月、文化放送) - 週替わりパーソナリティ
  • 艶歌繚乱歌くらべ(1996年4月 - 9月、文化放送)
  • 藤あや子 うたかたの恋語り(1997年 - 1998年、文化放送)
  • 藤あや子 でも…今も好き(1998年 - 2002年、文化放送)

[編集] CM

  • 資生堂シャンプー tiara(ティアラ)

[編集] 脚注

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  1. ^ 食彩あきた応援大使の委嘱(秋田県 2010年6月4日)
  2. ^ 歌手生命の危機…藤あや子“突発性難聴”仕事すべてキャンセル 夕刊フジ 2010年6月15日
  3. ^ NHK歌謡コンサート(NHKホール生放送)
  4. ^ 2007年9月21日放送、『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ)
  5. ^ 2008年12月9日放送、『ぴったんこカン・カン』で坂本冬美が発言。
  6. ^ 2004年の紅白では4曲が1つのコーナーとして集約され、藤あや子→長山洋子→鳥羽一郎→細川たかしの順で登場した為、対戦相手の欄は空欄とする。

[編集] 外部リンク

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