WANDS

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WANDS
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ポップ・ロック[1]
J-POP[1]
活動期間 1991年 - 2000年
レーベル 東芝EMI
(1991年 - 1993年
B-Gram RECORDS
(1993年 - 2000年)
事務所 ADING(1991年 - 1993年)
U.S.K.(1993年 - 1996年
SEAS1997年 - 2000年)
メンバー
和久二郎ボーカル
杉元一生ギター
木村真也キーボード
旧メンバー
上杉昇(ボーカル)
柴崎浩(ギター)
大島康祐(キーボード)

WANDS(ワンズ)は、日本ロックバンド。90年代初頭から中頃にかけてビーイングの核となっていたバンドの一つ。 1991年にシングル「寂しさは秋の色」でデビュー。2度のメンバーチェンジを経て、2000年に解散(『解体』と表現)した。

メンバー[編集]

大島康祐 1期キーボード(1991年-1992年)、作曲編曲
現在は作曲・編曲家として活動。
上杉昇 1・2期ヴォーカル(1991年-1996年)、作詞、作曲、編曲
ソロ活動の他、バンド猫騙のメンバーとしても活動中。
柴崎浩 1・2期ギター(1991年-1996年)、作曲、編曲
楽曲提供・プロデューサーの他、abingdon boys schoolのメンバーとしても活動。
木村真也 2・3期キーボード(1992年-2000年)、作詞、作曲、編曲
現在は作曲・編曲家として活動。
和久二郎 3期ヴォーカル(1997年-2000年)、作詞、編曲
一度引退はしたが、現在は、本名:『松元治郎』名義でソロシンガーとして活動。
杉元一生 3期ギター(1997年-2000年)、作詞、作曲、編曲
現在は『安保"Suginho"一生』名義で作曲・編曲家・プロデューサー、LIT-HUMとして活動。

来歴[編集]

1991年夏頃、ビーイングの音楽プロデューサー長戸大幸を介し、ビーイングが主催している音楽振興会在籍の上杉と、BADオーディションで最終選考に残っていた柴崎により、二人組ユニットとして結成された。そこに大島を加え、同年12月にシングル「寂しさは秋の色」でデビュー。

1992年7月、3枚目のシングル「もっと強く抱きしめたなら」を発表。この作品を最後に、大島が自身のユニットSO-FIを結成するために脱退。後任として、柴崎のYAMAHA音楽院時代の知人であった木村が加入した。10月、中山美穂とのコラボレーション作品として、中山美穂 & WANDS名義で発表したシングル「世界中の誰よりきっと」がミリオンセラーの大ヒットを記録。「もっと強く抱きしめたなら」も、オリコンチャート登場29週目にして1位となりミリオンセラーを記録する。

1993年2月、4枚目のシングル「時の扉」を発表。4月にはシングルと同タイトルの2枚目のアルバム『時の扉』を発表。いずれもオリコンチャート1位、ミリオンセラー記録の大ヒットとなり、日本の音楽界においてトップアーティストとしての地位を確立する。1993年度は、シングル4,112,008枚・アルバム3,187,564枚の売り上げを記録し、第8回日本ゴールドディスク大賞を受賞した。以降1995年まで、シングル「愛を語るより口づけを交わそう」「世界が終るまでは…」、アルバム『Little Bit…』『PIECE OF MY SOUL』が、それぞれミリオンセラーを記録。シングル「恋せよ乙女」「Secret Night 〜It's My Treat〜」もオリコンチャート1位獲得のヒットとなった。

1995年12月、10枚目のシングル「Same Side」を発表。セカンドシングル以来のメンバーのみの手によるシングル曲で、上杉が志向する欧米的な流れであるニルヴァーナオルタナティブのサウンドを如実に示すものであったが、当時の日本での売れ筋J-POP路線とは一線を画していたため前作から売上を落とす結果となった。現在ファンの間では再評価され、上杉自身も「この曲が今の自分の音楽の原点となった。」と発言している。

1996年2月、11枚目のシングル「WORST CRIME 〜About a rock star who was a swindler〜/Blind To My Heart」を発表後、音楽性の違いを理由に上杉昇と柴崎浩が脱退(後に2人はal.ni.coを結成)し、活動を休止。ビーイングが「WANDS」の名前を商標登録していた為、残った木村真也はボーカルに和久二郎、ギターに杉元一生を迎え、第3期WANDSとして活動を再開する。

1997年9月、当時デビュー直後であった小松未歩の楽曲提供により、12枚目のシングル「錆び付いたマシンガンで今を撃ち抜こう」を発表。シングル4枚、オリジナルアルバム1枚を発表したが、2000年3月、公式サイト上で「解体」(解散)を表明。

解体後のメンバーの共演[編集]

2006年T.M.Revolutionのアルバム「UNDER:COVER」に柴崎と大島がレコーディング参加。以前からT.M.Revolutionのライブにサポートメンバーとして参加していた柴崎の仲介で大島を起用できたと西川貴教がインタビューで語っている。2011年4月2日に行われた西川主催のチャリティーライブ「STAND UP! JAPAN 中央共同募金会」では前述のアルバムで大島が編曲とキーボード、柴崎がギターを手掛けた「HEART OF SWORD 〜夜明け前〜」を大島、柴崎を含むメンバーでライブ演奏している。2人のライブでの共演はWANDS時代を含め初めてであった。イベント終了後、2人が「WANDSとしてサインした」という大島がWANDS時代に使用していたシンセサイザー、YAMAHA DX7II-FDがチャリティーオークションに出品された。

2011年3月28日、杉元(現・安保)が出演したライブに、和久が、本名:"松元治郎"名義でゲストボーカルとして参加[2]尾崎豊の「僕が僕であるために」を歌唱している。2人のライブでの共演はWANDS時代を含め初めてであった。その後、2012年に松元は安保の支援を受けて音楽活動を再開[3]。同年10月にリリースされた松元の初ソロアルバム『Reverb』は、安保がプロデューサーを務めており、収録曲『Journey』は、作詞:松元治郎・作曲:木村真也・編曲:安保一生と、第三期メンバーの並びとなった[4]2012年12月2日に開催された初ワンマンライブ「松元治郎 1st LIVE」で、松元と安保が再び共演した[5]

名前の由来[編集]

プロデューサーである長戸の意向で、タロットカードの魔法の杖(WAND)の複数形であるWANDSをバンド名にした為、メンバーは命名に関わってはいない。オフィシャルサイトの大島康祐によると、WANDSの名は、タロットカードの用語であるワンド(wand/wands:「理想」「情熱に向かって進む」という意味を持つ)から取って名づけられたものである。大島が述べた事と同じ内容を第3期時に木村もファンクラブ会報で述べている。

上記とは別の説で一般的に知られるものとして、上杉(Uesugi→Wesugi)と柴崎(Shibasaki)の頭文字をとって“Wesugi AND Shibasaki”を意味するというものもある。上杉はインターネットラジオ[6]において、一期での上杉の苗字のスペルが『Uesugi』になっていたが、「ゴロ合わせが好きなプロデューサーだったので、UじゃなくてWの方が見てくれもかっこいい、ということから始まった」と発言している。また、この時「実はWesugi AND Shibasakiじゃなくて“Wesugi AND Show”なんですよ」という発言もしている。また、WANDS第二期の人気絶頂時に、TBS『突然バラエティー速報!!COUNT DOWN100』に上杉が生出演しているが、司会の山田邦子からWANDSの命名の由来を話題に挙げられ、その際は、上杉(Wesugi)と柴崎(Shibasaki)説を説明している。なお、第3期メンバーである和久(Waku)と杉元(Sugimoto)も、芸名の頭文字がWとSとなるように意図的に命名されている。

ライブ[編集]

WANDSがライブ活動をしたのは第2期の1993 - 1995年のみ。

日程 ライヴタイトル 開催場所
1993年12月8日 VIDEO SHOOTING 渋谷 ON AIR EAST
1994年4月25日 - 4月26日 LIVE-JUNK #0 渋谷 ON AIR WEST
1994年6月22日 - 6月24日 LIVE-JUNK #1 KEEP MY ROCK'N ROAD 22日 - 渋谷公会堂
24日 - 中野サンプラザ
1995年4月14日5月25日 LIVE-JUNK #2 PIECE OF MY SOUL 4月14日 - 北海道厚生年金会館
17日、18日- 大阪厚生年金会館
24日 - 宮城県民会館
5月1日、2日 - 中野サンプラザ
8日 - 福岡サンパレス
9日 - 広島厚生年金会館
11日 - 名古屋センチュリーホール
24日、25日 - 中野サンプラザ

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル 楽曲制作 最高位
第1期 1st 1991年12月4日 寂しさは秋の色 作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:明石昌夫
63位
2nd 1992年5月13日 ふりむいて抱きしめて 作詞:上杉昇
作曲:大島康祐
編曲:大島康祐
80位
3rd 1992年7月1日 もっと強く抱きしめたなら 作詞:上杉昇・魚住勉
作曲:多々納好夫
編曲:葉山たけし
1位
第2期 4th 1993年2月26日 時の扉 作詞:上杉昇
作曲:大島康祐
編曲:明石昌夫
1位
5th 1993年4月17日 愛を語るより口づけをかわそう 作詞:上杉昇
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
1位
6th 1993年7月7日 恋せよ乙女 作詞:上杉昇
作曲:大島康祐
編曲:葉山たけし
1位
7th 1993年11月17日 Jumpin' Jack Boy 作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:葉山たけし
2位
8th 1994年6月8日 世界が終るまでは… 作詞:上杉昇
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
1位
9th 1995年2月13日 Secret Night 〜It's My Treat〜 作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:池田大介
1位
10th 1995年12月4日 Same Side 作詞:上杉昇
作曲:上杉昇・柴崎浩
編曲:WANDS
2位
11th 1996年2月26日 WORST CRIME / Blind To My Heart 作詞:上杉昇
作曲:柴崎浩
編曲:柴崎浩
9位
第3期 12th 1997年9月3日 錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう 作詞:小松未歩
作曲:小松未歩
編曲:池田大介
4位
13th 1998年2月11日 Brand New Love 作詞:坂井泉水
作曲:綿貫正顕
編曲:WANDS
17位
14th 1998年6月10日 明日もし君が壊れても 作詞:坂井泉水
作曲:大野愛果
編曲:WANDS
8位
15th 1999年3月31日 「今日、ナニカノハズミデ生きている」 作詞:AZUKI七
作曲:三好誠
編曲:WANDS
32位

コラボレートシングル[編集]

発売日 タイトル 名義
1992年10月28日 世界中の誰よりきっと 中山美穂 & WANDS
1993年6月9日 果てしない夢を ZYYG, REV, ZARD & WANDS featuring 長嶋茂雄

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高位
第1期 1st 1992年6月17日 WANDS 10位
第2期 2nd 1993年4月17日 時の扉 1位
3rd 1993年10月6日 Little Bit… 2位
4th 1995年4月24日 PIECE OF MY SOUL 1位
第3期 5th 1999年10月27日 AWAKE 18位

ベストアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高位
第2期 1st 1996年3月16日 SINGLES COLLECTION+6 1位
第3期 2nd 1997年11月6日 WANDS BEST 〜HISTORICAL BEST ALBUM〜 1位
3rd 2000年6月9日 BEST OF WANDS HISTORY 17位
解散後 4th 2002年8月25日 complete of WANDS at the BEING studio 47位
5th 2007年12月12日 BEST OF BEST 1000 WANDS 52位
6th 2008年5月27日 WANDS BEST HITS

オムニバス[編集]

※◆トラックは「WANDS」名義のCDには未収録。

発売日 タイトル WANDSの楽曲
1991/11/21 TVドラマ サウンドトラック
ホテルウーマン オリジナルサウンドトラック
寂しさは秋の色(シングルとは別バージョン)◆
1993/1/20 Dramatic Songs/(中山美穂) 世界中の誰よりきっと<PartⅡ>(アコースティック・バージョン)◆
1995/3/20 TVアニメ サウンドトラック スラムダンク
オリジナルサウンドトラック Special TV Version
世界が終るまでは…(TVサイズ)◆
1996/3/20 スラムダンク テーマソング集 世界が終るまでは…
2003/7/21 THE BEST OF TV ANIMATION SLAM DUNK〜Single Collection〜
2009/08/19 クライマックス 90's ファンタスティック・ソングス
2003/4/25 vocal compilation 90's hits Vol.1〜male〜 at the BEING studio ふりむいて抱きしめて
天使になんてなれなかった
ささやかな愛情◆
2004/10/27 IT'S TV SHOW! Secret Night
2005/11[7] COUNTDOWN BEING 恋せよ乙女
世界中の誰よりきっと 〜Album Version〜
時の扉
愛を語るより口づけをかわそう
世界が終るまでは…
もっと強く抱きしめたなら
2006/3/1 FUN〜Greatest Hits of 90's〜 もっと強く抱きしめたなら
世界が終るまでは…
時の扉
愛を語るより口づけをかわそう
世界中の誰よりきっと 〜Album Version〜
2008/07/09 スプラッシュ !! 愛を語るより口づけをかわそう
2008/08/20 クライマックス ロマンティック・ソングス もっと強く抱きしめたなら
2008/10/22 Eternal -the best love songs of male-
2009/10/07 オーライ! 元気になれるうた 時の扉
2009/12/- BEST HIT BEING 恋せよ乙女
世界が終るまでは…
世界中の誰よりきっと 〜Album Version〜
Jumpin' Jack Boy

DVD・VHS[編集]

発売日 タイトル 備考
2000/6/9(VHS)
2000/8/1(DVD)
BEST OF WANDS VIDEO HISTORY
2012/8/8 WANDS BEST LIVE & CLIPS (2枚組)
2012/8/8 LEGEND of 90's J-ROCK「LIVE BEST & CLIPS」 オムニバス

ネット配信[編集]

  • 90´s J-POP ARCHIVE -WANDS- 2008/11/1
Musingで配信されているLIVE-JUNK #2(1995年5月25日 中野サンプラザ)のライブ映像集。
2006年11月にMusic Japan TVにて放送された同名の番組と同様の内容である。

未発表アルバム[編集]

バラード・ベストアルバム(仮)[8]
当時、1998年3月18日(DEENの「SINGLES+1」と同時発売)発売予定と公表されていたが、延期になり、発売中止となった。詳細等は不明。品番JBCJ-1019。予価1998円。
「ありふれた言葉で」「Little Bit...」「このまま君だけを奪い去りたい」「DON'T CRY」など全11曲収録予定だった。

出典[編集]

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  1. ^ a b キューブミュージック
  2. ^ Suginho Session お写真Suginho Session お写真 2 - Issei Ambo "Private Management"にて、ライブの模様がアップされている。
  3. ^ 松元治郎 始動♪ - Issei Ambo "Private Management"より
  4. ^ 松元治郎『Journey』動画 公開♪ - Issei Ambo "Private Management"より
  5. ^ 松元治郎公式サイトのライブ情報の『BAND MEMBER』参照。『Brand New Love』を提供した綿貫正顕も、ゲストで参加した。
  6. ^ V-net LUNCH BARKS 第452回
  7. ^ 通信販売限定商品
  8. ^ [1]

共演した歌手[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]