al.ni.co

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al.ni.co
基本情報
出身地 日本
ジャンル グランジ
オルタナティブ・ロック
活動期間 1997年 - 2001年
レーベル UNIVERSAL
メンバー
上杉昇ボーカル
柴崎浩ギター
  

al.ni.co(アルニコ、1997年 - 2001年)は、WANDSを脱退した上杉昇(ボーカル)、柴崎浩(ギター)により結成された音楽グループ。2001年に解散。

目次

[編集] メンバー

[編集] 来歴

1997年11月、音楽性の相違を理由にWANDSを脱退[1]した上杉昇と柴崎浩により結成されたユニット。WANDS時代は織田哲郎など音楽プロデューサーの作曲した楽曲を主にリリースしてきたが、このユニットでは、ほぼすべての楽曲において作詞・作曲を上杉昇が、サウンドプロデュースを柴崎浩が担当している。[2]

元々上杉はWANDSを一人で脱退しソロ活動を開始する予定だったが、上杉のいないWANDSに興味を示さなくなった柴崎も脱退を決意し、二人でal.ni.coを結成することとなった。

al.ni.coの楽曲を作る際上杉は、周りの人達や聴いてくれる人が離れたとしても自分のやりたいことを貫くかその逆かを悩んだが、WANDSをやめた理由が自分が表現したいことができなかったからなので前者を選んだ[3]。また、WANDSで自分のやりたい音楽を表現できたのならWANDSで活動を続けていたかもしれないということも発言している[4]

名前の由来は諸説唱えられており、「アルコールニコチン」説、「アルバイト気分でニコニコしながらやろう」説、などが存在する。これらは、上杉・柴崎の両人がラジオや雑誌などのインタビューで行った発言に起因するものであるが、大半が彼らなりのジョークというべきもので、実際のところは、エレキギターのピックアップに主に用いられるアルニコ磁石から取ったものである。アルニコというなじみの無い斬新な響きに音楽性が象徴されていることから、その名がつけられたようである[5]。また、al.ni.coのロゴマークは「@」。

1998年3月に1stシングル『TOY$!』でデビュー。1998年後半から1999年にかけてシングル『晴れた終わり』『カナリア』、アルバム『セイレン』をリリースし、ライヴツアー「al.ni.co LIVE 1999 #1」(全国6ヵ所8公演)を実施するなど、活動が本格化するかに思われたが、その後は沈黙状態が続いた。

2001年、「自分の音楽をやりたい」という柴崎の言葉を受けた上杉は、WANDS脱退を決意した過去の不自由な自分の姿を重ね、解散を決断したという。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. TOY$! (1998年3月21日)
    オリコン初登場15位
  2. 晴れた終わり (1998年11月11日)
    オリコン初登場15位
  3. カナリア (1999年1月21日)
    オリコン初登場19位
    ミズノ「INTERNATIONAL' 99」CMソング

[編集] アルバム

  1. セイレン (1999年3月3日)

[編集] ライヴ

[編集] al.ni.co LIVE 1999 #1

  • 1999年2月17日 渋谷クラブクアトロ
  • 1999年3月21日 札幌ペニーレーン24
  • 1999年3月31日 福岡ドラムロゴス
  • 1999年4月2日 名古屋クラブクアトロ
  • 1999年4月9日・10日 梅田ヒートビート (4月9日は上杉が体調不良で4月30日に公演延期)
  • 1999年4月16日・17日 赤坂BLITZ
  • 1999年4月30日 梅田ヒートビート (4月9日の振替公演)

[編集] 出典

  1. ^ al.ni.coとして出演した「真夜中の王国」では、一般の人が持つWANDSというイメージと自分達が志すWANDSにギャップが生じ、ファンに対しても自分に対しても、お互いがフェアなのが脱退だと決め、脱退を決断したと語っている。
  2. ^ アルバム、カップリングで作曲を多数手掛けてきたWANDS時代の柴崎とは違い、al.ni.coでは作曲作品は1つのみで、上杉の志す音楽の補助的な役割だった
  3. ^ オフィシャルファンクラブ「Flower Company」会報#4
  4. ^ NHK-BS「真夜中の王国」にて
  5. ^ 朝日新聞(1999年)掲載のインタビュー

[編集] 関連項目