ウエストライフ
| ウエストライフ | |
|---|---|
Westlife in a concert performing in 2006
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ポップ、バラッド、ダンス、ジャズ、ビッグバンド、アダルト・コンテンポラリー、ポップ・ロック |
| 活動期間 | 1998年 - |
| レーベル | ソニーBMG、RCA、サイコ・ミュージック、アリスタ |
| 公式サイト | Official Westlife Website |
| メンバー | |
| ニッキー・バーン キーアン・イーガン マーク・フィーリー シェーン・フィラン |
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| 旧メンバー | |
| ブライアン・マックファーデン | |
ウエストライフ(Westlife)は、1998年に結成された5人組アイリッシュ・ボーイズグループ。
目次 |
[編集] メンバー
- キーアン・イーガン
- シェーン・フィラン
- ニッキー・バーン
- ブライアン・マックファーデン(脱退。現在はソロ活動中)
- マーク・フィーリー
[編集] 概要
ウエストライフのファンは国際的で、アイルランド、イギリス、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、アジア、アフリカ、ラテンアメリカで絶大な人気を誇る。また、イラクでも市場を展開している。
1999年から2007年の間に14曲ものUKナンバー1シングルをリリースしており、これはエルビス・プレスリー、ビートルズにつぐ3番目の記録である。UK音楽史上7曲連続で1位を獲得したのはウエストライフだけで、UKでレコード・オブ・ザ・イヤーに4度輝き、またイギリスで唯一「レコード・オブ・ザ・イヤー」に4度輝いている。イギリスの有名なコンサート会場、ウェンブリー・アリーナで2006年に23回目のライブをしたのも新記録である。
たくさんのビッグ・アーティスト(マライア・キャリー、ダイアナ・ロス、ドニー・オズモンド、ルル、ドナ・サマー)とデュエットをしている。しかしながら、ウエストライフはアメリカ市場では成功をおさめていない。2000年に『Swear It Again』がリリースされ、MTVでも紹介されたが、ビルボード・チャート20位に終わる。アメリカで一番良く知られているのはUSチャート10位を記録した『Flying Without Wings』。この曲はアメリカン・アイドル・セカンドシーズンの勝者、ルーベン・スタッダードのアルバムに収録されており、USチャート2位を記録した。ITVのレコード・オブ・ザ・イヤーに4度(Flying Without Wings:1999年、My love:2000年 Mandy:2003年、You Raise Me Up:2005年)輝き、ブリット・アウォーズは2度受賞している。
ニッキーは2003年7月に幼いときから付き合っていたアイルランドの首相の娘、ジョージナ・アハーンと結婚。'07年に双子の男の子の父になった。シェーンは、キーアンの従姉妹と2003年12月28日に結婚。2005年には父親になった。キーアンは元歌手のジョディ・アルバートと交際中。マークは2005年8月19日に自分がゲイであることをUKタブロイド、サン紙にて公にした。すでに解散しているボーイズグループ「V」のケヴィン・マックデイドと交際中である。
[編集] 来歴
[編集] 結成
ウエストライフは1998年7月にアイルランドのスライゴ出身のキーアン・イーガン、シェーン・フィラン、マーク・フィリーと、アイルランドのダブリン出身のニッキー・バーン、ブライアン・マックファーデンによって結成された。
当初、キーアン、シェーン、マークの3人はIOUという6人組グループに属しており、この3人はバンドメンバーを探してダブリンで行われたオーディションでリクルート活動をするチャンスを与えられた。そこでニッキー、ブライアンと知り合う。最初は5人でウェストサイド(WESTSIDE)というバンド名で活動したが、アメリカに同じ名前のグループがいたため、新しいグループ名、ウエストライフ(Westlife)に改名した。(IOUというバンド名はすでに使われていた)。ボーイゾーンのローナン・キーティングとルイ・ウォルシュがマネージャーとして迎えられ、シェーン、ブライアン、マークがリードボーカルを担当。キーアンとブライアンがピアノ、ギターを弾け、またメンバー全員が作詞をできる。(しかし、ほとんどのヒット曲がメンバー以外の作詞家によって作られている。)この年にはバックストリート・ボーイズの前座としてダブリンでライブをする。
[編集] デビュー
1999年4月、ウエストライフのファースト・シングル「愛の誓い〜スウェアー・イット・アゲイン」がUKでリリースされ、チャート1位を獲得する。8月には「イフ・アイ・レット・ユー・ゴー」が、10月には『フライング・ウィズアウト・ウィングス』がそれぞれ1位を獲得する。11月にはファースト・アルバム「ウエストライフ」がリリースされ、UKアルバム・チャート2位を記録した。
[編集] コースト・トゥ・コースト
2000年3月にデビュー・アルバムから最後のシングル『フール・アゲイン』がリリースされ、4月にはUKチャート1位を記録する。11月には早くも2ndアルバム『コースト・トゥ・コースト』がリリースされ、UK音楽史上4番目の売り上げを記録した。このアルバムからはフィル・コリンズのカバー曲『見つめて欲しい』と『マイ・ラヴ』をシングルとしてリリースする。「見つめて欲しい」はマライア・キャリーとのデュエットでUKチャート1位を、バラード調の「マイ・ラブ」も大ヒットしUKチャート1位を記録した。だが、8枚目のシングル「ホワット・メイクス・ア・マン」はBBCの子供向け教育番組『ボブとはたらくブーブーズ』のテーマ曲『Can We Fix It?』に阻まれUKチャート1位を逃したため、ギネス記録はストップした。
[編集] ワールド・オブ・アワ・オウン
初めてツアーを回るようになる。また2002年12月には3rdアルバム「ワールド・オブ・アワ・オウン」がリリースされる。このアルバムにはウエストライフのメンバー自身が書いた曲が8曲収録されており、その中の『クイーン・オブ・マイ・ハート』と『ワールド・オブ・アワ・オウン』はUKチャート1位を記録した。
[編集] ベスト盤
2002年12月に解散が噂される中、ベスト盤「グレイテスト・ヒッツ~アンブレイカブル 」をリリース。UKアルバムチャート1位を記録する。
[編集] ターンアラウンド
約1年ぶりに4thアルバム「ターンアラウンド」がリリースされる。このアルバムもUKチャート1位を記録し、4年で4枚のUKチャート1位を記録した。また、このアルバムからのシングル「哀しみのマンディ」はUKチャート1位を記録した。(この曲はバリー・マニロウのカバー曲。)また、この年には3度目となるUKレコード・オブ・ザ・イヤーを受賞する。(5年で3度受賞したことになる)
[編集] 5人から4人へ
2004年3月9日にメンバーのブライアン・マックファーデンが脱退する。理由は、家族との時間が欲しいとのこと。ブライアンはアトミック・キトゥンのケリー・カトーナと結婚していて、2人子供がいる。しかし、9月には離婚。離婚の後、すぐにソロとしてのキャリアをスタートさせ、自分のウエストライフ時代の思いをつづった「リアル・トゥ・ミー」はUKチャート1位を記録した。また脱退する際の記者会見で「(メンバーの)シェーンとマークの歌唱力にはかなわない。」とコメントしたことから、メイン・ヴォーカルを務めたかったのではないか、という理由もあげられている。(しかし、実際はブライアンもメインを務めることが多かった。)現在はオーストラリア出身の歌手、デルタ・グッドレムと交際している。詳しくはブライアン・マックファーデンを参照のこと。本来、メンバーを失うとグループは解散する傾向にあるが、ウエストライフは違った。ブライアン脱退後、4つのアリーナツアーを成功させ、またこの年の暮れにはフランク・シナトラ、ボビー・ダーリンなどの曲をカバーしたスタンダード・アルバム「アラウ・アス・トゥ・ビー・フランク」をリリース。
[編集] フェイス・トゥ・フェイス
4ヶ月の休養の後、新曲を発表。シークレット・ガーデンのカバー『You Raise Me Up』とアルバム「フェイス・トゥ・フェイス」がリリースされ、このシングルとアルバム両方が12月6日にUKチャート1位を記録した。シングル、アルバムが同じ週に両方とも1位を記録するのは初めての出来事であった。ウエストライフはそれでも続く解散の噂を笑い飛ばし続け、最低でも20曲、UKチャート1位を記録する曲を歌いたいとコメントを残した。
[編集] ラヴ・アルバム
初のアジア・ツアーを9月4日から開始。フィリピン、韓国、シンガポール、香港、台湾、インドネシアで行われた。11月20日にはニューアルバム「ラブ・アルバム」をリリース。アルバム・チャートでは、ウエストライフのアルバムがオアシス、ビートルズ、U2らの強豪を破り1位に輝いた。4アーティストのアルバムが同じ日にリリースされ、熾烈な争いが注目されたその週のチャート。結果は、ウエストライフ1位、オアシスの『Stop The Clocks』(2位)、ビートルズの『Love』(3位)、U2の『U218 Singles』(4位)の順に終わった。このアルバムからのシングル「ローズ」はウエストライフの14度目のUKチャート1位を獲得。クリフ・リチャードと同数で、上には偉大なエルビス・プレスリーとビートルズだけとなった。
[編集] バック・ホーム
メンバーはロサンゼルスに滞在し、マイケル・ブーブレのカバーをレコーディングとプロモーションビデオの撮影をした。このカバー曲、「ホーム」はUKで2007年10月29日に発売される前の10月初旬には彼らの公式ホームページで公開された。結果、同曲はUKチャート3位に終わる。オリジナルソング9曲、カバーソング3曲を含めた8枚目のスタジオアルバム、「バック・ホーム」は同年11月5日にリリースされ、UKアルバムチャートで1位を獲得。また、この日は再結成したスパイス・ガールズのベスト盤、「グレイテスト・ヒッツ」のリリース日であったが、スパイス・ガールズはウエストライフとの勝負を避け、リリース日を1週間遅らせた。ちなみに過去には会社側がスパイス・ガールズとアルバムの発売日を同じに設定し、マスコミもこれを大きく取り上げ壮絶な戦いとなったが、ウエストライフが圧勝した。
2枚目のシングルとして「アス・アゲインスト・ザ・ワールドを2008年3月3日リリースし、UKチャート8位を記録した。このリリースの前の2月25日からは「バック・ホームツアー」と題したツアーを始め、UKのみならず初めてニュージーランドでツアーを行い成功をおさめた。なお、ヨーロッパとアジアの一部の国では「サムシング・ライト」が2枚目のシングルとしてリリースされ、前述の「アス・アゲインスト・ザ・ワールド」は3枚目としてリリースされた。
[編集] ホエア・ウィー・アー
2009年7月1日から10枚目のニューアルバムにむけてレコーディング活動を再開。メンバーのニッキーはこれまでとは違ったプロデューサーや作詞家と共にアルバムを制作をしていくことを発表。ウエストライフの大ファンであることが分かったコールドプレイのクリス・マーティンやワンリパブリックのライアン・テダー、ダレン・ヘイズ、イン・シンクのJCシャゼイ、再結成したA1のベン・アダムスなどがその例である。
2009年11月30日にアルバム、「ホエア・ウィー・アー」が発売され、UKアルバムチャート2位を記録。また同アルバムからのシングル、「ホワット・アバウト・ナウ 」は10月23日にリリースされ、UKチャート2位を記録した。また、2010年のハイチ大地震におけるチャリティソング、「エブリバディ・ハーツ」のレコーディングに参加し、同曲はUKチャート1位を記録した。
[編集] グラビティ
11枚目のアルバムはグラミー賞受賞者であるジョン・シャンクスのもとロサンジェルスで制作され、2010年11月14日にリリースされたシングル「セーフ」はUKシングルチャートで10位を記録。25回目のトップ10入りとなった。また、アルバム「グラビティ」はUKチャート3位、アイルランドチャート1位を記録した。
[編集] 結成10周年
約10年活動を続けているウエストライフは解散する予定もなく、2008年6月1日には"10 Years of Westlife"と題したウエストライフ史上最大規模のライブを行った。ダブリンのクローク・パークで行われた同ライブはゲストにシェーン・ワードを迎え、収容人数は8万2300人の同スタジアムは満員となった。
2008年11月24日にはこのライブのDVDが発売され、UK、アイルランド、南アフリカ、香港、ニュージーランドのDVDチャートで1位を記録した。
"Back Home Tour"終了後、マネージャーであるルイ・ウォルシュから2009年7月1日までの1年間の休養宣言が公表された。しかし2008年12月13日にオーディション番組、Xファクターでパフォーマンスをしボーイゾーンのスティーヴン・ゲイトリーと共にテレビ出演を果たしている。この休養期間中、メンバーのシェーンはインタビューですでに次のアルバムに収録される6曲は仕上がっていると発言し、またニッキーは2009年3月にはレコーディング活動を始める予定であると発言した。また、レオナ・ルイス、ブリトニー・スピアーズとコラボレーションをする噂もある。
マネージャーのルイ・ウォルシュとサイモン・コーウェルは2009年あるいは2010年にはアメリカ市場を狙ったプロモーション活動をすることを公にした。
[編集] 世界記録
7曲連続でUKチャート1位
2000年12月にリリースされた8曲目のシングル、"What Makes A Man"が2位にとどまり記録が止まる。
UKチャート1位最多獲得数
1999年5月から2006年11月にかけてウエストライフは14曲チャート1位を獲得。
デビューシングルからチャート1位最多連続獲得
デビューシングル、Swear It AgainからMy Loveにかけて7曲連続UKチャートで1位。
UKチャートトップ5にランクイン連続最多記録
1999年の"Swear It Again"から2007年の"Home"にかけて、9年間かけて22曲連続でトップ5にランクイン
1枚のアルバムで5曲のチャート1位シングル曲
デビューアルバム、"Westlife"から5曲、UKチャート1位を記録した。
[編集] ライブ活動
- Where Dreams Come True Tour(2001年)
- World Of Our Own Tour(2002年)(イギリス本土のみ)
- The Greatest Hits Tour(2003年)
- Turnaroud Tour(2004年)
- The No1's Tour(2005年)
- Face To Face Tour(2006年)
- The Love World Tour(2007年)
- Back Home Tour (2008年)
- Where We Are Tour (2010年)
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- 1999年11月1日 : ウエストライフ #2 UK
- 2000年11月6日 : コースト・トゥ・コースト #1 UK
- 2001年11月12日 : ワールド・オブ・アワ・オウン #1 UK
- 2002年11月11日 : グレイテスト・ヒッツ~アンブレイカブル #1 UK
- 2003年11月24日 : ターンアラウンド #1 UK
- 2004年11月8日 : アラウ・アス・トゥー・ビー・フランク #3 UK
- 2005年10月31日 : フェイス・トゥ・フェイス #1 UK
- 2006年11月20日 : ラブ・アルバム #1 UK
- 2007年11月5日 : バック・ホーム #1 UK
- 2009年11月30日 : ホエア・ウィー・アー #2 UK
[編集] ナンバー1シングル
| 数 | リリース日 | タイトル | アルバム名 | 週 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1999年4月12日 | "愛の誓い〜スウェアー・イット・アゲイン" | ウエストライフ | 2 |
| 2 | 1999年8月9日 | "イフ・アイ・レット・ユー・ゴー" | ウエストライフ | 1 |
| 3 | 1999年10月18日 | "フライング・ウィズアウト・ウィングス" | ウエストライフ | 1 |
| 4 | 1999年12月6日 | "アイ・ハヴ・ア・ドリーム / そよ風のバラード" | ウエストライフ | 4 |
| 5 | 2000年3月17日 | "フール・アゲイン" | ウエストライフ | 1 |
| 6 | 2000年9月18日 | "見つめて欲しい"(with マライア・キャリー) | コースト・トゥ・コースト | 2 |
| 7 | 2000年10月31日 | "マイ・ラヴ" | コースト・トゥ・コースト | 1 |
| 8 | 2001年2月26日 | "アップタウン・ガール" | コースト・トゥ・コースト | 1 |
| 9 | 2001年11月5日 | "クイーン・オブ・マイ・ハート" | ワールド・オブ・アワ・オウン | 1 |
| 10 | 2002年2月18日 | "ワールド・オブ・アワ・オウン" | ワールド・オブ・アワ・オウン | 1 |
| 11 | 2002年10月28日 | "アンブレイカブル" | グレイテスト・ヒッツ〜アンブレイカブル | 1 |
| 12 | 2003年11月10日 | "哀しみのマンディ" | ターンアラウンド | 1 |
| 13 | 2005年10月24日 | "ユー・レイズ・ミー・アップ" | フェイス・トゥ・フェイス | 2 |
| 14 | 2006年11月6日 | "ローズ" | ラヴ・アルバム | 1 |