サイモン・コーウェル
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| サイモン・コーウェル | |
ロイヤル・アルバート・ホールにて |
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| 本名 | サイモン・コーウェル |
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| 生年月日 | 1959年10月7日(49歳) |
| 出生地 | |
| 国籍 | |
| 職業 | A&R社の重役とプロデューサー |
サイモン・コーウェル(Simon Philip Cowell、1959年10月7日 - )はイギリスのソニーBMG・ミュージックエンタテインメントの音楽プロデューサーだが、オーディション番組『ポップ・アイドル』『アメリカン・アイドル』『The X Factor』などの審査員でよく知られている。出場者を酷評することで有名。他の番組『America's Got Talent』『American Inventor』『Celebrity Duets』などにも関わっている。コーウェルは音楽界とテレビ界の両方で働いており、パワーレンジャーなどの音楽もプロデュースした。
目次 |
[編集] 経歴
サイモン・コーウェルはブライトンで生まれ、ハートフォードシャー州エルストリーで育つ。父親は不動産開発業や音楽界で働いていた。17歳で学校を辞め、いくつかの仕事を経験するがいずれも同僚や上司とそりが合わなくて長続きしなかった。最終的に父親が重役として働いていたEMI Music Publishingの郵便仕分け室で働くようになる。1980年代にはレコード・プロデューサーとして働くようになる。
[編集] プロデューサーとして
2003年6月、コーウェルは自身の持っていたS Recordsのシェアを4200万ドルでBMGに売却、億万長者となった。
2006年、コーウェルは二つの大きな契約を結んだ。アメリカでは更に5年の間アメリカン・アイドルの審査員として留まる契約を交わし、1シーズンごとに2000万ポンド(4000万ドル)を受け取ることになった。イギリスではITVとは3年間の契約を交わし、『The X Factor』の放映権、またウエスト・エンドで上演されるミュージカル『グリース』に出演するスターを探す番組『Greese Is The Word』に関して1300万ドルを受け取ったと言われている。
[編集] オーディション番組
2001年、『ポップ・アイドル』の審査員となり、2001年にはアメリカ版とも言える『アメリカン・アイドル』でも審査員を務めた。出場者に対する彼の厳しい批判はこれらの番組を有名にする理由の一つとなり、コーウェルは"nasty guy Simon"として一躍有名になる。
彼のよく言うフレーズには"I don't mean to be rude, but …"(この題名で自伝も出版している)があるが、その後には出場者に対して中傷とも取られかねない手厳しい批判(パーソナリティから外見まで)が続くことが多い。
2004年にはイギリスでオーディション番組『The X Factor』を制作、シャロン・オズボーンやルイ・ウォルシュと共に審査員も務めた。2005年、この番組が『ポップ・アイドル』にあまりに似ているとして「ポップ・アイドル」のプロデューサーから訴えられてしまうが後に和解している。『The X Factor』はこれまで5シーズン制作されている。
[編集] プロデュースしたアーティスト
Syco所属アーティスト
[編集] ゲスト出演
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