伊丹城

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伊丹城(有岡城)
兵庫県
伊丹城(有岡城)跡
伊丹城(有岡城)跡
城郭構造 平城
天守構造 不明
築城主 伊丹氏
築城年 南北朝時代
主な改修者 荒木村重
主な城主 伊丹氏、荒木村重、池田之助
廃城年 天正11年(1583年
遺構 石垣、土塁、堀跡
指定文化財 史跡(国指定)
位置 北緯34度46分52.66秒
東経135度25分15.21秒

伊丹城(いたみじょう)は、有岡城(ありおかじょう)ともいう兵庫県伊丹市にある日本の城跡。国の史跡に指定されている。

概要[編集]

南北朝時代摂津国人伊丹氏によって建築され、文明4年(1472年)には改築され、それまでの伊丹城が日本最古の天守台を持つ平城となった。

しかし、天正2年11月5日1574年11月18日)、荒木村重によって攻め落とされ、のちに伊丹氏の伊丹城を大改修し、有岡城に改称した。

荒木村重は後に謀反を起こし、有岡城は織田信長に攻められて落城することになる。

この時の詳しい戦いの様子は有岡城の戦いを参照。

大坂城江戸城などにもあった惣構えの最古(2005年現在)の遺構が発掘された。城の東側を流れる伊丹川との間は崖になっており、さらにその東側には駄六川と猪名川が流れており、これらの河川が天然の要害となっていた。

伊丹城・有岡城の略史[編集]

その後史跡公園として整備され、現在に至る。

現在確認可能な残存遺構[編集]

伊丹城井戸跡
有岡城石碑
  • 石垣
  • 土塁
  • 井戸跡
  • 堀跡

など。

その他[編集]

  • 黒田如水は当城内にあった牢内に幽閉されていた時期があった。
  • 信長に反旗を翻し城に籠もっていた城主の村重は、家宝の茶壺である兵庫壺を背負い、名「立桐筒」を腰に結わえ、少数の家臣と共に尼崎城に移ったという。逃亡という説もあるが、その後有岡城が直ぐに落城しなかったところから、同盟を結んでいた毛利と連絡を図るためとの説がある。残された家臣は堅城を恃みによく戦ったがついには内応により落城する。
  • 猪名野神社の紋章は村重を従えていた織田家の家紋(織田木瓜)である。
  • 城跡南東には「荒村寺」と言う村重の由来を感じさせる寺があり、伊丹城・有岡城で亡くなった人達の慰霊碑がある。
  • 城跡南西には「墨染寺」と言う寺があり、謀反後に処刑された荒木家由来の人々の墓がある。

所在地[編集]

  • 本丸跡  
    • 兵庫県伊丹市伊丹2丁目(JR伊丹駅西側。有岡公園内)
  • 岸の砦跡(北曲輪の跡) 

など。その他市内各地に遺構がある。

関連作品[編集]

小説[編集]

豊臣秀吉の片腕として活躍した如水の半生を描く。村重によって伊丹城に幽閉された前後を著している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]