マーケットタウン

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マーケットタウン もしくはマーケットライト(市場権、市場開催権)とは、中世から市場を開催する権利を持つヨーロッパ人居住地において、都市と村を区別するために用いた法律用語である。たとえ市場を保有していない町でも、今は保有していないマーケットタウンとして扱われた。


イングランドとウェールズ[編集]

19世紀以前のイングランドウェールズ(13世紀のノルマン人支配時から、イギリスの主な法律と同様の対象であった。)では、その人口の大部分は農業と牧畜に従事し、都市に住む者はごく少数であった。そのため、農民は礼拝後に教会の敷地内で開催された非公式の市場で自らの農産物を販売した。このようにマーケットタウンは、地元の活動として育まれ、地域の中心的な活動となっていった。

これらのマーケットの名残は、街の名前としても残っている。Market Harborough, Market Deeping, Market Weightonや、「買うために」という意味を持つサクソン語の動詞チッピング(chipping)から付いたChipping Ongar、 Chipping Sodbury等がそれである。

マーケットタウンは、その多くは治安などの保護を享受するため要塞などの近くで開催された。サフォークのFramlinghamなどが好例である。また、交通の要衝としての岐路や川の浅瀬近くでもマーケットタウンは開催され、ヴェール・オブ・グラモーガンのCowbridgeがその例である。鉄道が発展した際には、流通の要衝であったマーケットタウンとの接続は最優先とされた。

当時の英国君主[誰?]は、既存のマーケットタウンの一定範囲内に新しいマーケットタウンを開催しないよう法律を策定した[いつ?]。この範囲とは、マーケットタウンから一日に移動できる距離として、それ以上の距離でなら新しいマーケットタウンを開いても良いとしていた。この距離の規定は現在のイギリスの法律にも規定が残っている。例外として、勅許をもってる町ではマーケットを開催できるとしている。

また、マーケットタウンは「タウン」を定義する法的根拠である自治権限を持っていない場合がある。一般的には、市場開催権が与えられた時点で付随して自治権限が与えられている。

サウスヨークシャーバーンズリーにあるNational Market Traders Federationには32000名のメンバーがおり、 欧州全体の市場トレーダー連盟と密接なつながりを持っている[1]イギリス国立公文書館のGazetter of Markets and Fairs in England and Walesによると1516件のマーケットタウンのリストが記載されている[2]

ドイツ語圏[編集]

中世から市場開催権(ドイツ語:Marktrecht)を保有するオーストリアドイツの町は、接頭語にMarkt(マルクト)がついている場合が多い。(Markt Berolzheim や Marktbergelなど )また、同様の称号に、Flecken(フレッケン)、Wigbold、Freiheitなどがある。

マルクト[編集]

バイエルン州内でマルクトの称号を持つバイエルンの都市リスト(ドイツ語)によると(2009年現在) 386都市確認されている。

フレッケン[編集]

現在では意味のないものとなっている。ドイツ北部で使われていた称号で、ニーダーザクセン州では53自治体確認されている。ザクセン=アンハルト州では4自治体、ヘッセン州で4自治体存在する。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州では1934年に廃止された。

Wigbold[編集]

Freiheit[編集]

オーストリア[編集]

オーストリアでは、Marktgemeindeという法律用語が使われ、ニーダーエスターライヒ州においては700以上の自治体が存在する。

歴史[編集]

市場開催権はカロリング朝以前に発行されている。800年に、カール大帝エスリンゲンにマーケットタウンの称号を授与している。フリードリヒ1世が国会でドイツ都市法(ドイツ語:Stadtrecht)のマーケットタウンを対象とする権限について語られ、ドイツの都市法の基礎として王子や公爵に渡された。

チェコ[編集]

チェコでは、メステス(チェコ語:Městys)と称されている。1954年に一度廃止されたが、2006年に再導入され、2009年現在Městysを授与された都市数は192とされている。

ノルウェー[編集]

ノルウェー語 kaupstaðrから来た「 kjøpstad 」と称するマーケットタウンが12世紀以降授与されている。このマーケットタウンは防衛戦略の要衝地における要塞建設と人口を増やし経済基盤とするのに大いに役立った。また指定地域以外でのハンザ同盟の商人を制限するのにも役立った。

そういったマーケットタウン以外にもノルウェー語で「小さな港」を意味する「lossested」もしくは「ladested」という離島地域と独占的に輸出入を行うマーケットタウンが整備された。それによって港ごとの商人を必ず通ることになり、地元商人を優遇した事によって密輸を抑制し、港の税収入における関税収入の割合が1600年の30%から1700年には50%に増加することとなった。

1800年代に、すべてのマーケットタウンが自由市場に置き換わったが、それぞれの街ではマーケットタウンであった事がステータスとなっている。

参考文献[編集]

  1. ^ National Market Traders' Federation”. Rosiewinterton.co.uk. 2011年1月3日閲覧。
  2. ^ Markets and Fairs”. イギリス国立公文書館. 2012年7月9日閲覧。
  • A Revolution from Above; The Power State of 16th and 17th Century Scandinavia; Editor: Leon Jesperson; Odense University Press; Denmark; 2000


関連項目[編集]

外部リンク[編集]