神農
神農(しんのう)は古代中国の伝説に登場する皇帝。三皇五帝の三皇の一人。姓は姜姓。炎帝と称した。百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという。農業と薬において甚大な貢献をしたため、中国では“神農大帝”と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。
神農は紀元前2740年ころの古代中国の王で、120歳まで生きたといわれている。世界最古の本草書『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう)に名を残している。
伝説によれば、神農の体は脳と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見えたと言う。神農は百草を嘗めて、毒か薬かを調べ、毒があれば内臓が黒くなり、これで毒の有無および影響を与える部位を見極めたという。
その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まり、そのせいで最終的に亡くなったという。
淮南子に、「古代の人は、(手当たり次第に)野草、水、木の実、ドブガイ・タニシなど貝類を摂ったので、時に病気になったり毒に当ったりと多く苦しめられた。このため神農は、民衆に五穀の栽培することや適切な土地を判断すること(農耕)、あらゆる植物を吟味して民衆に食用と毒草の違い(医療)を教えた。このとき多くの植物をたべたので神農は1日に70回も中毒した。」とある。[1]
神農氏は中国における初めての部落連盟の名前ともなり、その首領は“炎帝”と呼ばれた。神農部族の最後の炎帝は黄帝と連合し、華夏族(漢族の主体)を成した。
湯島聖堂・神農廟 (東京都文京区湯島)湯島聖堂内の神農廟に祀られ、毎年11月23日に「神農祭」が行われる。
薬祖神社 (堺市戎之町)堺天神菅原神社の摂社として少彦名命とともに祀られ毎年11月23日に「薬祖祭」が斎行される。
少彦名神社(大阪市中央区)には少彦名命とともに奉られ、毎年11月22日・23日に「神農祭」が行われる。
神農はまた「神農皇帝」の名称で的屋の守護神として崇敬されており、儀式では祭壇中央に掛け軸が祀られるほか、博徒の「任侠道」に相当するモラルを「神農道」と称する。
[編集] 脚注
- ^ 淮南子・脩務訓 「古者,民茹草飲水,采樹木之實,食蠃蠬之肉。時多疾病毒傷之害,於是神農乃始教民播種五穀,相土地宜,燥濕肥墝高下,嘗百草之滋味,水泉之甘苦,令民知所辟就。當此之時,一日而遇七十毒。」
