麒麟

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頤和園にある麒麟像
麒麟の香炉(清時代)
三才図会に描かれた麒麟(明時代・1609年)

麒麟(きりん、拼音: qílín チーリン)は中国神話に現れる伝説上の霊獣である。

獣類の長とされ、これは鳥類の長たる鳳凰と比せられ、しばしば対に扱われる[1]。ただし『淮南子』によれば、麒麟は諸獣を生んだのに対し、鳳凰は鸞鳥を生み鸞鳥が諸鳥を生んだとされており、麒麟と対応するのは正確には鳳凰より生まれた鸞鳥となっている[2]

日本韓国ではこの想像上の動物に似た、クジラ偶蹄目の1種の名前になっている。

外見[編集]

形は鹿に似て大きく背丈は5mあり、顔は龍に似て、牛の尾と馬の蹄をもち、麒角、中の一角生肉。背毛は五色に彩られ、毛は黄色い。もしくは角が無い姿で描かれる例もある。

性質[編集]

普段の性質は非常に穏やかで優しく、足元の虫や植物を踏むことさえ恐れるほど殺生を嫌う。

神聖な幻の動物と考えられており、1000年を生き、その鳴声は音階に一致し、歩いた跡は正確なになり、曲がる時は直角に曲がるという。また、動物を捕らえるための罠にかけることはできない。麒麟を傷つけたり、死骸に出くわしたりするのは、不吉なこととされる。

また、『礼記』によれば、王がのある政治を行うときに現れる神聖な生き物「瑞獣」とされ、鳳凰霊亀応龍と共に「四霊」と総称されている。このことから、幼少から秀でた才を示す子どものことを、「麒麟児」「天上の石麒麟」などと称する。

孔子によって纏められたとされる古代中国歴史書春秋』では、誤って麒麟が捕えられ、恐れおののいた人々によって捨てられてしまうという、いわゆる「獲麟」の記事をもって記述が打ち切られている。

用字[編集]

詩経』以来の古文献では、「麟」の1字で表されることが多かったが、「麒」も稀に使われた[1]

説文解字』により、オスを「麒」、メスを「麟」と呼ぶようになった[1]。ただし、この雌雄を逆にしている資料もある。

種類[編集]

麒麟にはいくつか種類があると言われ、青い物を聳弧(ショウコ)、赤い物を炎駒(えんく)、白い物を索冥(さくめい)、黒い物を角端(かくたん)、黄色い物を麒麟と言う。

麒麟とキリン[編集]

鄭和艦隊が持ち帰ったキリン

鄭和による南海遠征により、分遣隊が到達したアフリカ東岸諸国から実在動物のキリンをはじめ、ライオンヒョウダチョウシマウマサイなどを帰国時の1419年に運び、永楽帝に献上した。永楽帝はとくにキリンを気に入り、伝説上の動物「麒麟」に姿が似ていたこと、また現地のソマリ語で「首の長い草食動物」を意味する「ゲリ」[要検証 ]の音に似ていたこともあり、“実在の麒麟”として珍重したと言われる。

そしてこの故事がキリンの日本名の起源となった。また韓国でも同じく「기린(キリン)」と呼ばれているが、伝説発祥の地・中国で現在は、キリンは「麒麟」ではなく「長頸鹿(长颈鹿)」と呼ばれている。

騏驎[編集]

麒麟のように足の速い馬のこともキリンというが、この場合、漢字で書くときは(へん)を鹿から馬に変えて『騏驎』と書くことがある。騏驎は、故事では一日に千里も走るすばらしい馬とされる。

ことわざ「騏驎も老いては駑馬(どば)に劣る」(たとえ優れた人物でも老いて衰えると能力的に凡人にも敵わなくなることの例え)は、中国戦国時代の書物「戦国策」・斉策・斉五の「騏驥之衰也 駑馬先之 孟賁之倦也 女子勝之」(騏驎の衰うるや、駑馬これに先んじ、孟賁の疲るるや、女子これに優る)が語源。

出典[編集]

  1. ^ a b c 中野美代子『中国の妖怪』, 岩波新書, 1983, p.121
  2. ^ Wikisource reference  淮南子/墜形訓. - ウィキソース. 

関連項目[編集]