戦国策
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『戦国策』(せんごくさく)は、戦国時代の遊説の士の言説、国策、献策、その他の逸話を国別に編集し、まとめ上げた書物。もともと『国策』『国事』『事語』『短長』『長書』『修書』といった書物があったが、これを前漢の劉向(紀元前77年~紀元前6年)が33篇の一つの書にまとめた。「戦国時代」という語はこの書に由来する。
宋代には一部散逸し、曾鞏が訂補を作った。注には漢の高誘の旧注があったが散逸した。宋の鮑彪は原書の順序も改訂し新注を作った。
長沙の馬王堆漢墓から出土した帛書には戦国策と類似したものがあり、『戦国縦横家書』と名付けられた。
背景 [編集]
春秋時代を経て戦国時代に入ると、周の封建制度が瓦解し、小国は大国に吸収、併呑され各国が領土の獲得に狂奔し、いたるところで侵略戦争が行われていた。しかし、各国は武力での侵略を極力回避した。なぜなら、武力による侵略では勝敗にかかわらず国力の疲労をもたらし、他国に乗ずる隙を与えるからで、西周、宋、衛などの小国はもとより、秦、斉、楚などの大国も、極力、平和的外交手段により打開しようとした。その一方で様々な思想が生まれ、法家の商鞅や儒家の孔子などの学者、思想家や、また諸国を遊説し外交を論じる縦横家(または遊説家)などに活躍の場を与えた。 『戦国策』中で活躍しているのは、概ねこの縦横家(説客)である。
内容 [編集]
この『戦国策』の記事は、衛の悼公の起こった周の元年(前476)から秦の始皇帝215年(前222)に六国が滅亡するまでの250余年にわたる、戦国遊説の士の策謀の辞である。
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