中山国
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| 中山 | |
|---|---|
| 国姓 | 姫 |
| 爵位 | 不明 前325年に王を称す |
| 国都 | 霊寿 (河北省平山県三汲郷) |
| 分封者 | 威烈王 |
| 始祖 | 中山武公 |
| 存在時期 | 紀元前414年 - 前296年 |
| 滅亡原因 | 趙により滅ぼされた |
| 史書の記載 | 『史記』巻43 趙世家 |
中山国(ちゅうざんこく)は、戦国時代の中国で、現在の河北省中南部を中心とする一帯を領土とした国である。中山と改名する前は春秋時代以来の中原の北部にいた白狄が建国した都市国家で「鮮虞」という名で知られていた。当初は太行山脈の西側にあったが、紀元前414年に武公が衆を率いて太行山脈を越え、現在の河北省中部に中山国を建国した(ただし必ずしも旧領のすべてを放棄したわけではない)。武公は周の定王の孫であり、そのため異民族の国でありながら周王朝と同姓の「姫姓」の国であった。
当初は弱小国であり、紀元前407年には魏の楽羊が率いる軍勢に都を落とされた。しかし、大山の中に逃れた桓公が20年にわたって抗戦を続け、国を復興した。これ以後、富国強兵に努めて領土を拡張したが、紀元前296年に趙の攻撃によって滅亡した。
他の諸侯国のように都市国家に出自するのでなく、中原においては少々異質な、遊牧民的要素を持つといわれる狄の勢力が起こした国であるため、史料が少なく、「神秘の王国」と呼ばれる。1970年代から1980年代にかけて石家荘付近の平山県で、その都城である霊寿古城や王陵が発掘された。金・銀・銅・玉・陶器などの豪華華麗な文物とともに、遊牧民的な文化を髣髴とさせる豪奢な天幕の支柱などが多数出土し、河北省博物館に保管されている。特に、遺物の中から古代の酒がそのまま発見されたことは話題を呼んだ。
[編集] 歴代君主
- 文公 (?年 - 紀元前415年)
- 武公 (紀元前414年 - 紀元前406年)
- 桓公 (紀元前388年 - 紀元前340年)
- 成公 (紀元前340年 - 紀元前328年)
- 王(黌-黄+昔) (紀元前327年 - 紀元前313年)
- 王(次/虫) (紀元前312年 - 紀元前299年)
- 王尚 (紀元前298年 - 紀元前296年)