福岡女学院中学校・高等学校
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| 福岡女学院中学校・高等学校 | |
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| 過去の名称 | 英和女学校 福岡女学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人福岡女学院 |
| 設立年月日 | 1885年(明治18年) |
| 創立記念日 | 5月18日 |
| 創立者 | ジェニー・ギール |
| 共学・別学 | 男女別学(女子校) |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 音楽科 |
| 高校コード | 40539G |
| 所在地 | 〒811-1313 |
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福岡県福岡市南区曰佐3丁目42番1号
北緯33度31分56.6秒東経130度26分30.1秒 |
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| 外部リンク | 福岡女学院高等学校・中学校facebook |
福岡女学院中学校・高等学校(ふくおかじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、福岡県福岡市南区に位置するキリスト教系の私立女子高等学校である。
1885年の創立以来受け継がれてきた学院聖句「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」にあるように、「生かされる」視点を大切に、「神と隣人へとの愛に生きることを要とする、聖く、正しく、賢く、美しく、強い主体的人格」の育成を目標にしている。そして進みゆくグローバル化社会を担えるような、豊かな知性と感性を兼ね備えた「人間力」を培う教育を目指している。
2008年現在、SELHi(スーパーイングリッシュランゲージハイスクール)指定校。
目次 |
[編集] 沿革
- 1885年 - 福岡区因幡町(現・福岡市中央区天神)に開校。当初の校名は英和女学校。
- 1888年 - 天神町(現・中央区天神)に新校舎を建築。
- 1919年 - 平尾地区(現・中央区平尾)に移転し、福岡女学校に改称。
- 1937年 - 5月28日、ヘレン・ケラーが訪問。
- 1947年 - 学制改革により、福岡女学院中学校が発足。
- 1948年 - 学制改革により、福岡女学院高等学校が発足。
- 1960年 - 曰佐地区(現在地)に移転。
- 1963年 - 音楽科を新設。
[編集] 教育組織
高等学校には次の教育組織がある。
- 普通科
- 高大コース
- 英語強化コース
- 数学強化コース
- 音楽科
[編集] 学校行事
- 5月 - 創立記念日 メイクィーン メイポールダンス(5月18日)
中学体育祭
- 6月 - 中学1年サマースクール
- 8月 - 海外研修旅行(希望者)
- 9月 - 女学院祭(9月3日)
- 10月 - 高校1年修学旅行(京都・奈良)
- 11月 - キリスト教教育強調日 音2年生修学旅行(東京方面)
- 12月 - マラソン大会 クリスマス礼拝 ヘンデルメサイヤクリスマスコンサート(12月23日)
- 2月 - 中学2年スキー自然教室(新潟・東京)
[編集] 制服
大正時代の生徒。福岡女学校(当時)は日本で最初期にセーラー服を制服とした学校の一つとされる。
1921年、当時の校長エリザベス・リーの発案により、欧米で高級子供服として流行していたセーラー服を制服として制定。現在でも当時のデザインを基本的には踏襲している。
- 冬服
- 濃紺サージ地のセーラー服。袖口と襟に3本の濃いエンジ色のラインが入る。ネクタイの素材は絹でラインと同色。胸当てに白い錨の刺繍が入る。1921年制定。
- 夏服
- 空色ギンガム地のセーラー服。袖口と襟に3本の白色のラインが入る。ネクタイの素材は絹で黒色。1923年制定。
[編集] 交通アクセス
- 生徒の主な通学手段
[編集] 主な出身者(高等学校)
- 梓みちよ - 歌手 ※中退
- 藤間紀子 - 九代目松本幸四郎の妻、松本紀保・七代目市川染五郎・松たか子の母
- 伊佐山ひろ子 - 女優
- ひびき美都 - 元宝塚歌劇団花組娘役トップスター
- 藤吉久美子 - 女優
- 広瀬香美 - シンガーソングライター
- 大神いずみ - アナウンサー(日本テレビ→フリー)
- 牧瀬里穂 - 女優 ※2年次まで在籍
- 吉竹史 - アナウンサー(毎日放送)
- 渡辺祥子 - イラストレーター JAふくれん 「めし丸くん」
- 小倉真知子 - 芸術家、デザイナー
- 猶本光 - サッカー選手
[編集] 関連項目
- 福岡県高等学校一覧
- 福岡県中学校一覧
- 日本の音楽科設置高等学校一覧
- 福岡Jアンクラス - 日本女子サッカーリーグのチーム、福岡女学院がスポンサー
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