岐阜県立岐阜高等学校

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岐阜県立岐阜高等学校
正門から見た岐阜高校新校舎
過去の名称 遷喬館
岐阜県第一中学校
国公私立の別 公立高校
設置者 岐阜県
学区 岐阜学区
併合学校 岐阜県岐阜第一高等学校
岐阜県岐阜女子高等学校
校訓 百折不撓・自彊不息
設立年月日 1873年11月4日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 21101A
所在地 500-8889
岐阜県岐阜市大縄場三丁目1番地
外部リンク 公式サイト
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岐阜県立岐阜高等学校(ぎふけんりつ ぎふこうとうがっこう)は、岐阜県岐阜市大縄場三丁目に所在する県立高等学校。通称は「岐高」(ぎこう)。

概要[編集]

1873年11月4日開校。 通称は岐高、読み方は“ぎこう”である。 創立以来、自主・自律を旨とし、文武両道を目標としている。

  • 校訓
    • 百折不撓(幾度失敗しても志をまげないこと)
    • 自彊不息(自ら努め励んでやまないこと)
  • 校章
    • の花と「髙」(高の旧字体)の文字を組み合わせたデザインである。昭和23年に現在の校章となった。
  • 制服
    • 男子は詰襟学生服、女子はブレザーが指定されている。

沿革[編集]

岐阜中学校[編集]

  • 1873年2月 - 岐阜米屋町尾張藩支庁跡に創立して仮中学と称し、11月4日に開校式を挙行。
  • 1874年5月30日 - 遷喬館と改称し、9月7日に開校。
  • 1878年5月11日 - 岐阜県第一中学校と改称。今泉村に移転。
  • 1891年10月29日 - 濃尾地震で校舎5棟倒壊。
  • 1899年4月1日 - 中学校令の改正にともない、岐阜県岐阜中学校と改称し、分校であった斐太大垣東濃の3つの中学校が独立。
  • 1912年2月 - 校歌完成
  • 1938年4月14日 - 大縄場現在地に移転。
  • 1945年7月9日 - 岐阜空襲により校舎の大半を消失。
  • 1946年10月25日 - 昭和天皇が行幸する(戦災状況及び勉学状況視察のため)。
  • 1948年4月1日 - 新学制実施により岐阜県岐阜第一高等学校となり、女子の入学可に。

岐阜高等女学校[編集]

  • 1900年4月 - 岐阜市立高等女学校が認可され、本科と技芸専修科を設置。5月15日に開校式。
  • 1903年4月1日 - 岐阜県立岐阜高等女学校に変わり開校。6月25日に開校式。
  • 1942年3月15日 - 岐阜市雲雀ヵ丘校舎に移転。
  • 1945年7月9日 - 岐阜空襲により記念館以外の全校舎を消失。
  • 1947年4月1日 - 学制改革により中学校を併設。
  • 1948年4月1日 - 新学制実施により岐阜県岐阜女子高等学校となる。

岐阜高等学校[編集]

特色[編集]

学区[編集]

岐阜県では岐阜、西濃、東濃、美濃、飛騨、可茂の6地区に学区が分けられており岐阜高校は岐阜学区に属す。岐阜学区は各務原市、岐阜市、笠松町岐南町羽島市瑞穂市北方町本巣市山県市から成っている。受験に関しては学区内からが原則であるが、岐阜学区と隣接する学区(西濃学区・美濃学区・可茂学区)からの受験も認められている。

また、2013年の入試から定員の3%(2014年は12名)について野球特別枠が設けられている。学力テストや調査書、面接に加え、野球歴を判断材料にして合格者を決める。

教育面の特色[編集]

岐阜県の高校では一般的な二期制を実施しており、また2002年からは授業時間確保のため65分×5限の授業が行われている。一般的な進学校に見られる授業時間外に全員参加で行う補習や課外などは一切なく、朝や放課後はもちろんのこと土曜日や長期休暇なども完全な休日となっている(但し、年に3回以上休日に学年単位で全員参加の校外模試で登校することがある)。一方、意欲のある者には放課後の課題講座が開講されていたり、「朝の読書」の実施(2014年度より一定期間のみとなった)、「総合的な学習」の時間(校内ではFuture Planning Time、略してFPTと称す)に大学研究やフィールドワーク・小論文学習の実施などが行われている。夏季休業中の課題講座は高校で行われ、各科目ごとの講座のほか、センター試験対策や東大攻略、京大攻略、名大攻略といった大学別の講座も開かれており、これらの講座は個人で自由に受講できるシステムになっている。

学校設備[編集]

長良川左岸堤防より
  • 第一期鉄筋コンクリート製校舎(使用時期 : 1966年[3] - 2012年)

2005年から2006年にかけて、耐震強度についての検査を行ったところ基準に満たなかった為に耐震工事を行った。2005年に一部の教室にエアコンが取り付けられた。2006年には、体育館にアスベスト(石綿)の使用が確認され除去工事が行われた。

  • 第二期鉄筋コンクリート製校舎(使用時期 : 2009年[4] - 現在)

2008年から2012年にかけて、40年以上経ち老朽化の進んだ校舎[5]や体育館の解体、そして新校舎の建設が行われた。2013年にはグラウンドの水捌けの悪さを改善する為、グラウンド改修が行われれ、その際にテニス場やバレーボール場も新装された。

  • その他

林間学舎(正式な愛称は「友學館[6])を北アルプス山麓に保有しており、1年生の夏期休業時に3日間ほどの日程で林間学舎活動が行われる。

学校行事[編集]

4月に対面式、5月・2月に年2回の球技大会が行われる。岐高祭と呼ばれる学校祭は9月上旬に、生徒会を中心に行われる。日程としては2日間の文化祭、その翌日に体育大会が催されている。文化祭の前1週間は午前授業となり、午後からを文化祭準備にあてているほど、一年で最大のイベントとして位置づけられている。特別行事としては、各学年とも4月に遠足(行き先は生徒の投票により決定)があり、1年生時には、夏季休業期間に入って間もなく(7月下旬に)、焼岳山麓の林間学舎へ宿泊研修を行う。また2年次には、修学旅行があり、行き先は長崎や福岡となっている。

部活動[編集]

クイズ研究部は第24回全国高等学校クイズ選手権で優勝している。

囲碁将棋部は第21回全国高等学校将棋選手権大会で団体優勝している。

硬式野球部は戦後まもなくの第31回全国高等学校野球選手権大会で準優勝の経験があるほか、昭和53年の第50回選抜高等学校野球大会に出場し、2回戦まで進んでいる。常設の応援団(正式名は應援團)を持ち、野球の応援や壮行会、岐高祭などで代々続く応援をしている。部ではないが、応援団とは別にチアリーディングも持っており、野球や岐高祭の応援をしている。

音楽部は第52回全日本合唱コンクール全国大会(1999年)に中部代表として初出場で金賞を受賞して以来、2002年を除いて毎年全国大会に出場している。第57回大会(2004年)において金賞および文部科学大臣奨励賞を受賞しており、第59回大会(2006年)、第60回大会(2007年)においても再び金賞・文部科学大臣賞を受賞した。さらに第76回NHK全国学校音楽コンクール(2009年)においても全国大会出場を果たしている。

運動系部活動
  • 硬式野球部
  • 軟式野球部
  • 卓球部
  • サッカー部
  • ソフトテニス部
  • バドミントン部
  • 剣道部
  • 柔道部
  • 陸上競技部
  • バスケットボール部
  • テニス部
  • 水泳競技部
  • バレーボール部
  • ハンドボール部
  • 体操部(2003年に廃部)
文化系部活動
  • クイズ研究部
  • 茶道部
  • 華道部
  • 演劇部
  • 写真部
  • 調理部
  • 美術部
  • 音楽部
  • 吹奏楽部
  • 囲碁・将棋部
  • 文芸部
  • 書道部
  • 自然科学部(化学班、生物班、物理班)
  • ディベート・ESS部
  • 図書局
  • 放送局
その他
  • ホームページ制作委員会
  • 應援團
  • 家庭クラブ

著名な卒業生[編集]

政治家[編集]

行政[編集]

法曹[編集]

経済界[編集]

学者[編集]

心理学者[編集]

  • 信田さよ子 - 原宿カウンセリングセンター所長。東京大学ハラスメント防止委員会委員。

文化人[編集]

芸能[編集]

マスコミ[編集]

スポーツ[編集]

その他[編集]

進路状況[編集]

  • 公式サイトを参照[8]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 新校舎のご案内
  2. ^ [1]
  3. ^ 旧校舎のご紹介
  4. ^ 新校舎のご案内
  5. ^ 旧校舎のご紹介
  6. ^ 林間学舎
  7. ^ 林詩遥子
  8. ^ 進路状況

関連項目[編集]

リンク[編集]