東長寺
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| 東長寺 | |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県福岡市博多区御供所2-4 |
| 位置 | 北緯33度35分42.38秒 東経130度24分50.80秒 |
| 山号 | 南岳山 |
| 宗派 | 真言宗九州教団 |
| 寺格 | 別格本山 |
| 本尊 | 千手観音(重要文化財・秘仏)・弘法大師(秘仏)・不動明王 |
| 創建年 | (伝)大同元年(806年) |
| 開基 | (伝)空海 |
| 正式名 | 南岳山 東長密寺 |
| 札所等 | 九州88ヶ所1番 九州36不動36番 九州24地蔵22番 |
| 文化財 | 千手観音立像(国の重要文化財) 六角堂、福岡藩主黒田家墓所(市文化財) |
東長寺(とうちょうじ)は、福岡県福岡市博多区にある真言宗の寺院。九州における真言宗九州教団の拠点寺院(別格本山)である。 九州八十八カ所第一番霊場・九州三十六不動尊結願霊場・九州二十四地蔵尊第二十二番霊場。山号は南岳山。
目次 |
歴史 [編集]
寺伝では大同元年(806年)、空海(弘法大師)が唐での修業ののち帰国し、博多滞在の折に密教東漸を祈願して建立したと伝える。ただし、初期の伽藍は大水道(呉服町)にありそこでの寺運は盛んだったという。
その後永禄・天正の兵火に焼け荒廃していたところを近世に福岡藩2代目藩主の黒田忠之が寺禄300石と山林15万坪(約50万km²)を寄せ、寺基を現在地に移して諸堂宇を再興させ菩提所とした。墓所の入り口にある六角堂は江戸時代に太田万歳楼が建てたもので、扉には聖福寺の僧仙厓和尚を始めとした有名人の自筆書画が刻まれてある。
伽藍 [編集]
本堂、六角堂、大仏殿、五重塔などがある。
- 大仏殿 - ここに安置する福岡大仏は平成4年(1992年)に完成した高さ10.8メートル、重さ30トンの檜造の釈迦如来坐像。膝上で両手を組む法界定印(ほっかいじょういん)を結ぶ。像高10.8メートルは、人間の煩悩の数(百八とされる)にちなむものである。
- 五重塔 - 平成23年(2011年)春に完成。総檜造。高さ23メートル。
文化財 [編集]
重要文化財(国指定) [編集]
福岡市指定文化財 [編集]
- 東長寺六角堂 附仏龕1基及ぴ卓1脚(建造物)
- 江戸時代後期の天保13年(1842年)博多商人の豊後屋栄蔵が名古屋以西の商人に浄財を募り、名古屋の堂宮大工・伊藤平左衛門を招いて建造した。昭和63年(1988年)3月31日指定。
- 福岡藩主黒田家墓所(史跡)
- 2代藩主・忠之、3代藩主・光之、8代藩主・治高が埋葬されている。全て花崗岩製の五輪塔で、治高の墓石は怡土郡徳永山(現・福岡市西区)から切り出された。忠之の墓前には殉死した家臣の墓5基が並ぶ。大半の藩主墓所は崇福寺にある。平成7年(1995年)3月31日指定。
その他 [編集]
- 弘法大師坐像 - 本堂内、千手観音像の向かって右の厨子内に安置。秘仏。
- 不動明王立像 - 本堂内、千手観音像の向かって左に安置。
- 千字文 平安時代。伝・空海作
- 五鈷 鎌倉時代
- 独鈷 平安時代
参考文献 [編集]
- 真言宗別格本山南岳山東長寺パンフレット
- 現地案内板(福岡市教育委員会/1998年3月 設置)