聖福寺 (福岡市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 聖福寺 | |
|---|---|
| 所在地 | 福岡市博多区御供所町6-1 |
| 位置 | 北緯33度35分49.29秒 東経130度24分50.82秒 |
| 山号 | 安国山 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
| 創建年 | 建久6年(1195年) |
| 開基 | 栄西 |
| 別称 | 扶桑最初禅窟 |
聖福寺(しょうふくじ)は福岡県福岡市博多区にある臨済宗妙心寺派の寺院である。栄西創建で、日本最初の禅寺として有名である。境内は国の史跡に指定されており、山門や仏殿などがある。山号は安国山(通称は安山)
目次 |
[編集] 歴史
建久6年(1195年)に日本の臨済宗開祖の栄西(ようさい)が南宋より帰国後に、宋の人が建立した博多の百堂の跡に寺院を創建した。これが日本最初の禅寺であり、禅道場である。山門には元久元年(1204年)後鳥羽天皇により贈られた「扶桑最初禅窟」の額がある。
室町時代末期に兵火を受けたが永禄11年(1568年)、耳峰が入山して再興する。天正15年(1587年)には領主小早川隆景が寺領300石を寄進、仏殿、総門などの諸堂宇を修営した。他文禄4年(1595年)に豊臣秀吉より200石、慶長5年(1600年)に黒田長政より200石など、寺領の寄進が伝えられている。当初は臨済宗単独寺院であったが、建仁寺派となり、現在は妙心寺派となっている。
江戸時代の文化・文政期には、禅画で名高い仙厓義梵がこの寺の住職を務め、文人の間に当寺の知名度を上げた。
[編集] 伽藍
禅寺の典型的な伽藍形式。日本最初の禅道場として、塔頭も含め全域が国の史跡指定。 通常は一般公開を行っていない。行事等がある時に公開される場所がある。
- 勅使門
- 山門
- 仏殿
- 方丈
- 庫裏
- 禅堂
- 開山堂
- 総門
- 経蔵
他、広田弘毅・緒方竹虎・玄洋社初代社長の平岡浩太郎の墓もある。
[編集] 塔頭
塔頭寺院には、円覚寺、広福庵、節信院、瑞応庵、護聖院、幻住庵、西光寺などがある。
[編集] 文化財
[編集] 史跡
- 聖福寺境内
[編集] 重要文化財
- 絹本著色大鑑禅師像 慶元戊午華蔵宗演の題記あり
- 絹本著色高峰断崖中峰和尚像 比丘文康の賛あり
- 銅鐘 - 朝鮮鐘、高麗時代
- 有柄細型銅剣1口・内行花文鏡1面 糸島郡怡土村大字三雲(前原市三雲)出土
[編集] その他
- 梵鐘 福岡県指定有形文化財
- 銅製雲版 福岡県指定有形文化財
- 仙厓関係資料15点 福岡県指定有形文化財
- 輪蔵附経蔵 福岡県指定有形民俗文化財
- 木造十六羅漢像附石膏型 福岡市指定有形文化財
- 聖福寺古図 福岡市指定有形文化財
- 安山借屋牒 福岡市指定有形文化財
[編集] 所在地
福岡県福岡市博多区御供所町6-1