山梨県立甲府第一高等学校
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| 国公私立の別 | 公立学校 |
|---|---|
| 設置者 | 山梨県 |
| 校訓 | (校是)Boys be ambitious ほか多数 |
| 設立年月日 | 1880年10月23日 |
| 共学・別学 | 男女共学(1950年~) |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科、英語科 |
| 高校コード | 19106A |
| 所在地 | 〒400-0007 |
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山梨県甲府市美咲2-13-44
北緯35度40分36.5秒東経138度33分49.1秒 |
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| 外部リンク | 公式サイト |
山梨県立甲府第一高等学校(やまなしけんりつこうふだいいちこうとうがっこう)は、山梨県甲府市に所在する高等学校である。通称「一高(いちこう)」。
目次 |
[編集] 特色
- 旧制甲府中学の伝統を継ぐ学校であり、さらに江戸時代の甲府学問所・徽典館にルーツがあるなど非常に長い歴史を持つ山梨県一の伝統校である。地元では「一高」(いちこう)と略称される。普通科のほかに英語科も並置。
- 伝統行事として10月初旬に行われる「強行遠足」が有名。また、入学者を対象として、4月中旬に「応援練習」を実施する。
- 1929年落成の旧本館は1992年に取り壊されたが、1993年完成の新本館にもその面影が残されている。
- 新本館中庭には、1926年に江口俊博校長が鋳造した「日新鐘」を設置。鐘の名は校是にちなむ(校是については後述)。
- 本校OBによって結成された「鶴城クラブ」が、J2ヴァンフォーレ甲府の前身である。
- スーパーイングリッシュランゲージハイスクール(SELHi)指定校 (2004年度~2006年度)。
[編集] 沿革
- 寛政年間 - 甲府城の南に設置された甲府学問所・徽典館(きてんかん)を淵源とする。
- 1948年4月 - 学制改革により、山梨県立甲府第一高等学校に改称。
- 1949年3月 - 併設中学校を廃止する。
- 1950年4月 - 男女共学を実施する。
- 1968年3月 - 甲府学区普通科(甲府一高と甲府南高)での総合選抜を実施。
- 1974年3月 - 定時制・通信制課程を廃止する。
- 1975年 - 甲府二高(現在の甲府西高)、甲府南高との3校間で総合選抜を実施。
- 1977年 - 甲府西高、甲府南高、甲府東高との4校間で総合選抜を実施。
- 1980年10月 - 創立100周年記念式典を挙行する。
- 1984年 - 甲府西高、甲府南高、甲府東高、甲府昭和高との5校間で総合選抜を実施。
- 1991年4月 - 英語科(全県一区)を設置。
- 1998年 - 普通科・英語科に推薦入試制度が導入される。
- 2006年4月 - 3学期制から2学期制へと移行。
- 2007年 - 総合選抜から全県一区入試へと移行。本年度より、45分7時間授業を実施。
[編集] 設置学科
- 普通科
豊かな教養と将来への展望を持ち、社会をリードできる人材の育成を目指す。
- 英語科
国際社会の発展に寄与できる有為な人材の育成を目指す
[編集] 校是
- Boys be ambitious(少年よ大志を抱け)
大島正健校長が提唱。札幌農学校を去るクラーク博士から、大島校長が直接聞いた言葉である。これを受けて設定された教育目標が、「1. 高遠な理想のもとに、平常の実践に努める」ことである。
- 賛天地之化育(天地之化育を賛く)
江口俊博校長が提唱し、そのレリーフが本館の正面玄関に掲げられた。出典は『中庸』。「天地万物の生み育てる力を賛助する。」の意。これを受けて設定された教育目標が、「2. 自然の法に遵い、人間愛に生きる」ことである。
- 苟日新 日日新 又日新(苟に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなり)
江口俊博校長が提唱。出典は『大学』。殷の湯王が用いた盤(洗面器)の銘文である。日々の努力を怠らぬように戒めたもの。これを受けて設定された教育目標が、「3. 日に新たに、真理を探究する」ことである。
- Be Gentleman(紳士たれ)
大島正健校長が提唱。本来は、クラーク博士が設けた札幌農学校唯一の校則。
[編集] 強行遠足
特徴
沿革
- 1924年に、時の文部省より明治節(11月3日)前後を「全国体育週間」と定め、学校では体育行事を実施せよとの通達があった。そこで、甲府中学の江口俊博校長は差出磯・金桜神社・新府城・東京方面の各コースを設けた「遠足運動」を企画し、11月4日にこれを開催したのである。
- 2年目からは松本方面へコースが変更され、「強遠足」と称した。「強行遠足」と呼ばれるようになるのは第3回からである。
- 1929年の第6回からは信濃大町方面コースが定着。制限時間は24時間である。最高記録は1957年の甲府-簗場間(167.1km)。
- その後、信濃大町方面コースが交通過多となり、1962年から佐久往還(甲府-小諸間)を約22時間(103km~105km、コースは毎年微妙に変化)以内に歩く終点地制がとられるようになった。女子は、須玉~小海間の約40kmコースである。
- 2002年、小海検印所手前で暴走車の輪禍によって女子生徒1名が亡くなった。その結果、翌2003年度からは距離、所要時間ともに短縮。
- 2007年までは男子が甲府-野辺山間を11時間(55.4km)で、女子が須玉-野辺山間を7時間30分(30~31km)で歩く暫定的なコースが採用されている。
- 2008年より男子のみ甲府 - 小海町間の75.3kmに再延長。6年ぶりにコースが変更されるとともに、午後10時出発の夜間歩行も再開。
名物
- 野辺山検印所では「シジミ汁」が振舞われる。
- 女子生徒が男子生徒の出発前に手作りのお守りを渡すという伝統がある。お守りの中身は飴玉、絆創膏などで、加えて小さな紙に「小諸到着」と101回(当時甲府-小諸間が101kmだったことを反映している)書いたものである。女子生徒が男子生徒に好意を持っている場合は「到着」が「必着」に変わる。男子生徒はお守りを荷物に携えて出発する。
- かつて臼田検印所を好意で開放してくれた農家(臼田のおばさん)から無償で「臼田のりんご」(この農家でとれたりんご)が配られ、「小諸必着」お守りのお返しとして、好意のある女子生徒にこのりんご(1人1個限定)を送るという習慣もあった。
[編集] 部活動
アマチュア無線呼出符号JA1YHQが存在した。(H20年現在、免許切れ)
[編集] 著名な出身者
- 山梨県立甲府第一高等学校人物一覧を参照。